第三章第31話 エルフと人間

「シエラがご迷惑をおかけして申し訳ございません」


シエラさんに連れられて戻ってきたシグリーズィアさんに謝罪されてしまった。


「いえ、迷惑だなんてとんでもないです。私が何か変なことをしてしまったようですみません」

「とんでもございません。ビッグボアーのお肉を譲っていただけるとのこと、大変感謝しておりますわ。実は、シエラはこの里では一番若い女性でございまして、若い女性ばかりのフィーネ様がたにはなるべく年の近い者が良いかと思ったのですが、荷が重かったのかもしれません。今からでも別の者を――」

「あ、大丈夫です。折角ですし、シエラさんもきっと慣れれば大丈夫だと思いますからこのままでお願いします」


ここで外された、なんて話になったらこのドジっ娘シエラさんの将来が心配だものね。


「お心遣い、痛み入りますわ」

「ああ、ありがとうございましゅっんがっ!]


また噛んだ。ほんとに大丈夫かな?


やや不安は残るが、足りないところは自分でやればいいだろう。別に私たちは生活力皆無のお貴族様なわけではないのだから。


「はい、それでですね。お肉をどこにお出しすれば良いかな、と思いまして」

「まあ、【収納魔法】をお持ちでらっしゃいますのね? 恵みの花乙女様でありなおかつ今代聖女様に選ばれるだけはございますわ。収納を維持し続けるのも大変でしょうからすぐにでもご用意いたします」

「え? 維持するのが大変? どういうことですか?」

「え? フィーネ様は【収納魔法】をお使いになってらっしゃるのですよね?」

「ええと、そのつもりですけど……」

「【収納魔法】というのはかなり負担のあるスキルだと伺っておりますが、そうではないのでしょうか?」


どういう事だろうか? 負担だなどと思ったことは一度もない。


「わたくしは【収納魔法】を使えませんのでどういった感覚なのかを存じ上げておりません。ですが、800 年ほど前に使い手と話しをしたことがございます。その者は、【収納魔法】は常に魔力を注ぎ続けて荷物を収納するもので、荷物を収納し続けることは魔法を使い続けているようなものなので非常に疲れる、と申しておりましたわ」


なるほど。そんな感覚だと確かに疲れそうだ。


「うーん? 私にそんな感覚はないですね。たくさん入るポケットみたいなものがあって、その中に出し入れするときだけ魔力を使っている感覚です」

「するとそれは世間で知られている【収納魔法】とは違うものなのかもしれませんな。本来、【収納魔法】は行商人の職を得た者が使うスキルでございますので」

「え? その【収納魔法】ってスキルの名前だったんですか?」

「はい。左様でございます。ということは、フィーネ様のものは別のスキルでらっしゃいますのね?」

「そうです。【次元収納】というユニークスキルです」

「【次元収納】でございますか。わたくしもそのようなユニークスキルは初耳でございます。ですが負担なく【収納魔法】が使えるとなると、人間どもの中には悪用しようとする者も出てくることでしょう。その事は内密になさった方がよろしいかと存じます。シエラも、わかりましたね?」

「は、はひ!」


シエラさんは緊張でカチカチの様子だ。シグリーズィアさんの言葉にほぼそのまま条件反射していそうだ。


だが、私としてはシグリーズィアさんの口ぶりのほうが気になった。


「あの、つかぬことをお伺いしますが、その、シグリーズィアさんは人間に対してあまり良い印象をお持ちではないのですか?」


シグリーズィアさんが少し眉をひそめ、そして逡巡したのちに口を開いた。


「そうですわね。正直に申し上げまして悪い印象のほうが強いです。ご存じの通り、エルフ族を奴隷として攫う者も後を絶ちませんし、僅かな間の安寧を得るために魔物に生贄を捧げるような愚か者もおります。それに魔物の脅威が消えればすぐに人間同士で争いを始め森を破壊します。そのような者たちの集団に良い印象を持てようはずもありませんわ。もちろん、個人として尊敬できるお方がいることは認めておりますが、全体としてはそのような印象でございます」

「そう、ですか……」


私はちらりとクリスさんとシズクさんを見遣る。


クリスさんは神妙な面持ちで聞いており、シズクさんは悲しそうに目を伏せていた。


「そもそも、これほど厳重に里を守っているのは人間どもによるエルフ狩りから里に住むエルフたちを守るためなのです。このシルツァの里を迷いの森で囲い外界との交流を閉ざしたのはおよそ 700 年ほど前、人間どもに攻め込まれたことが直接の原因でございます」

「そんなことが……」

「ですので、今代の聖女様が人間ではなくエルフに連なるフィーネ様でらしてわたくしはとても嬉しく思っておりますわ。だって、いかに愚かな人間どもとて、聖女様の同族を奴隷にしようなど、そのような恐れ多いことを考える愚か者の数は減ってくれるでしょうから」


うーん、どうしよう。エルフの血は一滴も入っていないわけなのだが、こう言われると言い出しづらい。


「シズク・ミエシロ様、クリスティーナ様、ご気分を害されたのでしたら申し訳ございません。フィーネ様の守護をされておられるお二人につきましては例外としてわたくしどもは歓迎させていただきますわ。この里に集団としての人間と、個人としてのお二人を区別できない馬鹿者はおりませんので安心してご滞在くださいませ。このシグリーズィアの名に懸けて、皆様の安全と快適なご滞在を保障いたしますわ」


二人は神妙な面持ちで頷く。


「さあ、暗い話は終わりにいたしましょう。明日はぜひシルツァの里の由来ともなっているシルツァ湖群へと足をお運びくださいませ。それと、ビッグボアーの肉は明日のご出発の際に案内の者の指定する場所にお届けくださいませ。お戻りになる頃には料理が出来上がっていると思いますわ」

「わかりました。色々とありがとうございます」


シグリーズィアさんは優雅に礼を取ると立ち去って行った。

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