第二章第12話 歓迎! 聖女様ご一行(後編)

「おはようございます。聖女様と従者の皆様。本日はこのアビーが皆様をご案内させていただきます。僭越ながら、A 級ツアーガイドを拝命しております。どうぞよろしくお願いいたします」


翌朝朝食をとり終えてロビーに出ると、アビーという女性が待っていて、私たちを案内してくれるという。私たちは促されて用意された豪華馬車でまずはヒュッテンホルン中央教会に向かう。観光ガイドブックに書いてあった場所だ。


アビーさんのガイドで外周の彫刻や歴史の意味を説明してもらい、ステンドグラスを一つ一つ説明してもらい、そして昨日の夕食会でお話した神父さんと少しお話して教会を後にした。確かに、観光ガイドブックでおススメする理由が分かる見事なものだった。ちなみに、この教会は築 500 年以上経過しており、町の歴史的建造物でもあるそうだ。


続いて私たちは中央広場で噴水と石像を見学。市民の憩いの場所だが、私たちが来るということで衛兵によって交通規制が行われていた。周囲には見物人が山ほど集まっている。


「聖女様~!」

「フィーネ様~!」


あちこちから声がかけられる。ホワイトムーン王国の国旗を持って振っている人までいる。


──── あの、私はホワイトムーン王国の王族じゃないんですけど……?


その後は馬車でレストランへ移動した。ここも観光ガイドブックでおススメされているお店だ。なんと貸し切りになっている。


「フィーネ様、この書物によりますと、ここは豚肉と山菜の香草焼きが有名だそうですよ」

「はい。聖騎士様の仰る通り、豚肉と山菜の香草焼きがもっとも有名でございます。それ以外にも、牛肉の赤ワイン煮込み、豚ひき肉のキャベツ包みヨーグルトソースもおススメでございます」


クリスさんがガイドブックを見ながら話をすれば、アビーさんが他のおススメを教えてくれる。


「私はせっかくなので豚肉と山菜の香草焼きにします。ええと、ルーちゃんは……」


キラキラした目で私を見てている。イルミシティでは色々あったが、旅を続ける間に随分と元気になってくれて、最近は少しずつ素を見せてくれるようになってきた。それでわかったのだが、ルーちゃん、小柄なくせにかなりの大食いだ。


「ルーちゃん、お金は大丈夫だから好きなだけ食べて良いですよ」

「やった! 姉さま、ありがとうございます! じゃあ、あたしは、この香草焼きと赤ワイン煮込みとキャベツ包みと、後こっちのトマト煮込みと……」


一体あの華奢な小さい体にどうやって入っているのか知りたいレベルでよく食べる。ルーちゃんが食べているの見るとテレビの大食い選手権を生で見ている気分になる。


そして大量の料理が目の前に運ばれてきた。見ているだけで胸焼けしそうだ。


「「神よ。お与え頂いた恵みに感謝いたします」」

「いただきます」

「……」


三者、いや四者三様のなんともカオスな食前の祈りとともに食事が始まる。クリスさんとアビーさんは神殿の信徒だから神様にお祈り、私は日本人なのでいただきます、そしてルーちゃんのエルフ族は特に食前の祈りはないらしいので何事もなくそのまま食べ始める。


豚肉の香草焼きは、何の変哲もない普通に香草焼きだった。ちょっとお肉が固い気もするけれど、こっちの世界のお肉は大体こんなものだ。


自分でいうのも何だが、ナイフとフォークを使ってのお上品な食べ方も大分様になってきたと思う。最初のうちはクリスさんに結構指摘されていたけれど、何だかんだと視線に晒される機会が多いおかげで身についてきた。


そして、ルーちゃんがすごい勢いで食べ物を吸引していく。


「ルーちゃん、それだけ食べてよく太らないですよね」

「ふぉんふぁふぉふぉふぁいへふふぉ。ふぁんふぉふふぉふぃふぁふ」


うん、何言ってるかわからない。


「ええと、飲み込んでから喋ってくれますか?」


むぐむぐと口の中のものを飲み込んだルーちゃんが口を開く。


「そんなことないです。姉さまもこれくらい食べたって太らないはずですよ。うちの家族もみんなそうでしたから」

「そ、そうなんですね。エルフって小食でお肉を食べないイメージがありましたけど……」

「え? 普通に食べますよ。むしろ肉メインです。豆とか野菜って物足りないじゃないですか」


そう言ってまた料理を次々と口に運ぶ。どうやらイメージとは違ってこの世界のエルフはかなりの肉食らしい。いや、意外とルーちゃん家族だけが特別で、それが理由でエルフの里に住んでいなかった、とかいう線もあるかもしれない。


それにしても、森の中でこの大食いの胃袋をどうやって満たしていたのだろうか?


****


食後は郷土歴史資料館へと向かう。アビーさんのガイドで一つ一つ分かりやすく説明してもらったおかげで勉強になった。この町は開拓村が起源だそうだ。徐々に人が増え、そして牧畜が始まった。村として回るようになってきたところでホワイトムーン王国との間には戦争が勃発し、国境の重要拠点として集中投資を受けて今の町の形が出来上がったそうだ。その後は魔王や魔物との戦いがあり、諸々の内乱を乗り越えて平和な現在に至ったらしい。


展示の最後は、魔王はいつ現れるかわからないので国民の皆さんは魔王警報に注意してください、と締めくくられている。


ちなみに、現在の警戒レベル 2 、魔王注意報が発令されているらしい。


「アビーさん、この魔王警報というのはなんでしょうか?」

「はい、聖女様。これは各国の大聖堂に神より与えられる神託と魔物の活動度合いから総合的に判断し、どの程度魔王の出現が近づいているかを五段階で分かりやすく伝えるためのものでございます」

「魔王注意報というのはどういった状態なんですか?」

「魔王の卵が各地で産まれている可能性があり、魔物の凶暴化が懸念される、という状態でございます。一年ほど前はもう一段階高かったのですが、聖女様のおかげで今は引き下げられております」

「え?」


──── はて。私、一年前に何かしたっけ?


「フィーネ様、シュヴァルツの浄化の件です」


私が何のことかわからずに困っていると、クリスさんがこっそりと耳打ちをしてくれる。


「ああ、そういえばそんなことも。すっかり忘れてました。たしか、弱いくせにテントの近くで大騒ぎして安眠妨害してきたやつですよね。人が寝ているというのに、あれはすごく迷惑でした」


正直、あのハゲたおっさんに無理やりやらされそうになった雑魚キャラという印象しかないのだが、そもそも、どんな奴だったっけ?


「シュヴァルツを弱いと評されるのはフィーネ様くらいなものですよ」


まあ、私は対吸血鬼と対聖職者特化型の吸血鬼だから、そのくらいはね。


「ええと、つまりこの歓迎っぷりはその功績を称えて、ということなんですか?」

「いえいえ。それだけではございません。聖女様は世界の人類すべてに慈悲をお与えくださる存在です。この大地に生きる人間として、ブルースター共和国の国民に聖女様を敬わぬ愚か者はおりません」

「はぁ……」


いまいち釈然としないまま、資料館を後にする。これ以外の訪問は予定していないとのことなので、帰り道に少し寄り道してお土産屋さんをのぞいてみる。


「いらっしゃい! 聖女様! 名産のオンセンマンジュはいかがですか~?」


土産物屋のおじさんが威勢の良い声で売り込みをかけてくる。


「温泉饅頭? この町には温泉があるんですか?」

「オンセン? それはなんですかい?」

「え? 温泉饅頭なんだから温泉があるのでは?」

「いえいえ。オンセンマンジュは東の果ての島国、ゴールデンサン巫国の特産品だそうでね。昔ここに移住してきた人が広めたおかげで、この町の名物になったんですよ」

「へぇ。じゃあ 3 つ――」


私はちらっとルーちゃんを見遣る。なんだかすごくキラキラした目でこっちを見ている。


「やっぱり 5 つください」

「毎度!」


お値段はなんとたったの銅貨 5 枚。安い!


だが、受け取った食べ物は私の想像とは全く異なるものだった。


うん、誰がどう見てもお饅頭ではなくて蒸しパンだ。


私はそのままかぶりつく。蒸しパンのフワッとした感触と香りが口に広がり、その後に何やら甘い味が広がる。


「これは……中に甘く煮たブドウが詰まっていますね……」


うん、悪くない。けど、これじゃない。


「姉さま、あたしこれ好きです」

「ルーちゃんはいつも食べる時は幸せそうですね」

「フィーネ様。私もこれは悪くないと思います」

「そうですね。私も悪くはないとは思いますよ」


しかし、どうしてこうなったのだろう? やはり遠い異国の地に来て現地化されたということなのだろうか?


まあ、そもそもゴールデンサン巫国の元祖とやらが私の想像している温泉饅頭とは限らないわけだが。


それから何軒かお土産屋さん見て、私たちはホテルへと戻り、アビーさんにお礼を言って別れると今日の観光は終わった。


「姉さま、あたしたち本当にただ観光してただけでしたね」

「そうでしたね。ううん、どういうことなんでしょう……」

「フィーネ様。私もこの国を訪れるのは初めてですが、この国の人々の聖女様に対する想いはホワイトムーン王国よりも熱烈なようですね」

「何かおかしなことにならなければ良いですけど……」


どうにも狐につままれたような、なんともモヤモヤした気分のまま、夜は更けていくのであった。

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