第二章第11話 歓迎! 聖女様ご一行(前編)
『ようこそ、聖女様ご一行』
ブルースター共和国に入国して最初に見えてきた宿場町の街壁にでかでかと横断幕が掲げられている。
「ええと、どういうことでしょうか?」
「さ、さぁ」
「姉さまは愛されているんですね!」
「いえ、初めて行く場所なんですけど……」
いくら何でもこの歓迎っぷりはおかしいのではないだろうか?
「ええと、この書物によりますと、『この宿場町はヒュッテンホルンという名前で、酪農家が多いことからミルクやチーズ、それに山菜や肉類が美味。見所は中央広場にある噴水と開拓者の大きな石像、そしてヒュッテンホルン中央教会の彫刻とステンドグラスは美術的にも一見の価値あり。郷土歴史資料館もあり町の発展の歴史が学べる。グルメを堪能するなら中央広場と町役場を結ぶ中央通りが、お土産を買うなら資料館を結ぶ東西通りに行くべし』だそうです」
おお、すごい。ちゃんとした観光ガイドブックだ。
「あれ? 神殿でなく教会ということは、ブルースター共和国は別の宗教なんですか?」
「いえ、我が国と変わりません。我が国では職業や神託、それに神器をお授け頂く場所を神殿、そうでない場所を分殿と呼んでいます。ブルースター共和国では神殿にあたる場所を大聖堂、分殿にあたる場所を教会と呼んでおります」
「呼び方が違ってもいいんですか?」
「神は寛大ですから、その程度のことでお怒りにはなりません。二千年ほど昔に呼び名をめぐって戦争が起きたそうですが、気にしないから好きに呼べ、という神託が下り戦争が終結したと伝わっています」
「は、はぁ」
ずいぶんと具体的で細かい神託だな。まあ、きっと何かあったんだろう。それに、神様が細かいことでしょっちゅう怒っていたら神罰だらけで世界が滅びそうだし、このくらいで丁度良いのかもしれない。
あれ? そういえば私がちょっとタブレット借りて勝手に設定いじったらめちゃくちゃ怒っていたような? あの短気なハゲのおっさん、元気にしているかなぁ?
****
私がクリスさんにエスコートされて馬車を降りると、ファンファーレが鳴り響く。目の前にはレッドカーペットが敷かれており、豪華な馬車が横付けされている。
「聖女様とその従者の皆様。我らがヒュッテンホルンへようこそお越しくださいました。わたくし、町長のエルマーと申します」
正装をした町長を名乗る小太りのおじさんが出迎えてくれる。
「フィーネ・アルジェンタータです。こちらはクリスティーナとルミアです。歓迎いただき感謝いたします」
「名高き聖女様を我らが町にお迎えできたこと、神のお導きに感謝いたします」
お、ブーンからのジャンピング土下座。小太りなのになかなかのキレだった。8 点。
「神の御心のままに」
私はそういってニッコリ営業スマイル。
「聖女様と従者の皆様、ヒュッテンホルンが誇る最高のホテルにお部屋をご用意しております。ささ、どうぞこちらの馬車にお乗りくださいませ」
「感謝します」
そのまま私たちは停車していた馬車でホテルへと向かうと、やたらと広いスイートルームへと通された。町が負担するので支払いは不要だそうだ。
「このホテルはハスラン・グランドホテルという五つ星ホテルで、ハスランホテルグループのトップブランドのホテルだそうです。この書物によりますと、『ラグジュアリーな気分を味わいたいならハスラン・グランドホテルがベスト。他国の王族や高位貴族、大商会の会頭などが泊まっている場合は宿泊が拒否されることがあるので注意しよう。中でもグランド・スイートルームは最低でも金貨 20 枚が必要になるが、払うだけの価値はアリ。ハネムーンなど特別な旅では是非使ってみよう』だそうです」
「こんなことをして、一体私たちに何をして欲しいんですかね?」
「姉さまを誘拐するとか?」
「さすがにこれだけ町ぐるみで大歓迎ってやってちゃ無理じゃないでしょうか……」
「「うーん?」」
この後、ホテルのレストランで夕食をとったが、そこに町長と教会の神父さん、それにいくつかの商会の会頭が加わったが、特におかしなこともなく和やかな雰囲気で夕食会は終了した。特に何か腹を探られるようなこともなく、困っていることを相談されることもなく。それどころか、明日の観光案内もさせて欲しい、との申し出まで受けた。これは警備上の問題とのことなので受けたのだが、意図がよく分からない。一応、奴隷事件のことは伝えてみた。隷属の呪印を使った奴隷売買はブルースター共和国でも死刑相当の重罪だそうで、情報提供を感謝された。また、エルフの奴隷がいたらすぐに教えて欲しいとお願いしたところ、それも二つ返事で了承され、むしろ解呪への協力を依頼された。
うーん、何だかよくわからないけどなんとなく不思議な気分だ。
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