第一章第33話 悪霊
「シャルロット様。ユーグの人形化を解除することはできませんか?」
クリスさんがシャルロットさんに尋ねている。言われたシャルロットさんもユーグさんの人形を手に取って調べているが、顔色が優れない。
「こんな高度な呪い、いったいどうやったら解除できるんですの? 何か特別なアイテムでも使ったんですの?」
なるほど。あれは呪いだったのか。ということは、黒い霧のようなやつが呪いの正体だったのね。
「フィーネ様、申し訳ありませんがこちらもお願いできませんか?」
「うーん、まあ何とかなりそうですけど、しばらく魔法が使えなくなるかもしれません。その間はシャルロットさん、お願いできますか?」
「え、ええ……」
なんだか、胡乱気な表情でこちらを見ている。
「じゃ、いきますよ」
──── そーれ、魔法の力で元に戻れ~。最初から魔力倍プッシュでドン
そこからは先ほどのシャルロットさんの時と同じようにヒビが入り、そこから出てきた黒い霧を全部消し終わるとユーグさんを元に戻すことができた。
「ふう、こっちも何とかなりましたね」
「さすがです、フィーネ様!」
あれ? なんだかクリスさんがすごいドヤ顔をしてる。いやいや、クリスさんがやったことじゃないんだから、ドヤ顔する要素はないでしょ!
あ、シャルロットさんも驚いた顔をしている。まあ、自分じゃ無理と言った直後にやられたんだからね。まあ、でもどうでもいいか。
「ええと、ユーグさん、こんばんは」
がばっと起きるユーグさん、そして急いで辺りを見回す。シャルロットさんを見つけると急いで前に立ち、背中に隠すような位置取りをする。そして、腰から剣を抜こうとして、剣が無いことに気付いたようだ。
「あれ? 剣がないのですか? そういえば、人形の時もつけていなかったような?」
私があたりを見回すと、壁際に一振りの長剣が転がっていた。
「ああ、これですかね?」
私はその剣のところまで歩いていき、剣を拾う。妙に軽い剣だ。
──── 結構力持ちっぽいのに、こんなに軽い剣で大丈夫なんだろうか?
まあ、余計なお世話かもしれない。そう思った私はそのままユーグさんに手渡す。
「はい。このあたりにあった剣はこれくらいですけれど、これで大丈夫ですか?」
「あ、ああ。すまない」
なにやら驚いた顔をしているけどどういうこと? 別に取って食ったりするわけないじゃないか。戦力にするために復活させたんだからさ!
ん? ああ、そうか。聖剣って危険物なんだっけか。忘れてた。
「さて、とりあえずは悪霊ジョセフを倒しに行きましょう。私たちが調べていない場所はもう礼拝堂しかないのですが、どうにか中に入れないですかね?」
「わたくし達も礼拝堂には入れませんでしたわ。聖剣で切ってもわたくしの聖魔法でもびくともしませんでしたの」
「私の聖剣でもダメでしたね」
「そちらの平民の魔法はどうでしたの?」
「いやあ、その時は MP 切れてまして」
あれ? 呆れられた。まだレベル 1 なんだからしょうがないじゃないか。吸血鬼はレベル上がりづらいんだ。
「あ、でも今は MP 切れていないですし、それに聖剣も二本あるんだから扉を破れるかもしれませんよ?」
「その通りです、フィーネ様。フィーネ様も肩慣らしが終わって本番モードになられたご様子。今度こそあの悪霊を滅ぼせるはずです」
まだ本番に強い子設定で通す気ですか? まったく。
****
あれから私たちは、屋敷の中で例の人形たちに追いかけられながらも礼拝堂の前に辿りついた。クリスさんとユーグさんの聖剣 2 本で同時に攻撃してみても扉は壊れないし、シャルロットさんの聖魔法でも扉は開かない。
私はペタペタと扉を触ってみると、なにか魔力が通っているのはわかる。やっぱり悪霊の力で封印されているのだから聖魔法でいけるのか? あれ? でも扉を開くのは物理的な話だし、解呪だけすればあとは蹴破れるかも?
──── 扉にかけられた呪いよ、解けろー
扉を光が包む。やっぱり呪いのようだ。扉に染み込んでいた黒い力が浄化されていくのが感じ取れる。
うん、正解だったっぽい。
「ユーグさん、扉を蹴破って貰えますか?」
「ん? ああ」
ユーグさんは怪訝そうな顔をしたが、扉に思い切り蹴りを入れる。すると、盛大な音と共に扉が破壊された。
「いやぁ、やっぱりユーグさんの蹴りのほうがパワーがありますねぇ」
「フィーネ様、私だってこのくらいはできます!」
「まあまあ、クリスさんはパワー担当じゃないですから。他の場所でちゃんと活躍してください」
そう、クリスさんは私の秘書兼非常食兼、脳筋ボケ担当だからね。
礼拝堂に突入した私たちを待ち構えていたのはジョセフとアンジェリカさんだった。そして、気障ったらしい声が私たちを迎える。
「おやおや、神聖な礼拝堂の扉を蹴破るなんて、なんと罰当たりな人達でしょう。って、おや? あなた達は三日前に人形にしてあげたはずなのにどうして動いているんですか? まあ、いいでしょう。ねぇ、アンジェ? 親友のふりをした悪魔が戻ってきてしまったよ? どうしたい? え? そいつの魂を潰して食べたい? そう、ならそうしよう」
「アンジェ!」
シャルロットさんが悲痛な叫び声を上げる。
「それでは、シャルロットさん。あなたの魂はアンジェが食べたいそうなんです。親友を自称するなら、食べさせてあげても良いですよね?」
シャルロットさんが真っ青な顔をしている。ユーグさんも苦しそうな顔をしているが、シャルロットさんを庇うような立ち位置をとっている。その点は優秀な騎士のようだ。
一方、うちのクリスさんはというと……
「くっ、なんてことだ……」
なんてことをブツブツと呟いているが、何もしていない。どうやら相手のペースに完全に飲まれているらしい。ええと、うん。まあいいか。
「そちらの騎士は邪魔ですね。また人形になってもらいましょう」
そういってジョセフの体から光が飛んでくる。あれはセドリックさんを人形にした呪いだ。そして、その光をユーグさんが避ければシャルロットさんに当たる角度で飛ばしている。中々嫌らしい攻撃をしてくる。
「神よ! 悪しき力より守りたまえ! 聖盾!」
シャルロットさんがユーグさんの前に聖なる光の壁を作り出すと、その壁は人形化の呪いを受け止める。
「そう何度も、同じ手は食らいませんわ! ユーグ様!」
「はっ!」
ユーグさんが聖剣を抜くと一気にジョセフとの間合いを詰め、一閃する。
バキイィン
ユーグさんの聖剣がジョセフに当たる前に見えない壁のようなものに止められてしまう。そして次の瞬間、ユーグさんの体が大きく弾き飛ばされる。
「ユーグ様!」
シャルロットさんが悲鳴にも似た声を上げる。
「ぐっ。我が聖剣フリングホルニの一撃を受け止めるとは」
あれ? なんか聖剣って、思ったより強くないのかな? それとも、使い手が強くないからこうなってるのかな? なんかこう、聖剣ってもっと圧倒的な印象があるけどなぁ。
ユーグさんがよろよろと起き上がる。シャルロットさんが治癒魔法をかけている。うーん、あんまり治りが良くないなぁ。回復魔法のスキルレベルが低いとあんなものなのかな。
「ユーグ、私に合わせろ!」
今度はクリスさんがそう言って突撃する。ユーグさんも先ほどよりは動きが鈍くなったがクリスさんに合わせてくれるようだ。
うーん、さっきと同じような結果になりそうな気がするけれど。
そして、クリスさんが飛びかかり、それが見えない壁に止められ、そして弾き飛ばされる。そして弾き飛ばされたクリスさんと入れ替わるように切り込んだユーグさんもやはり見えない壁に止められる。
だが、弾き飛ばされるまでにはほんの少し時間がかかった。ユーグさんが大きく弾き飛ばされると、今度はクリスさんが死角から飛び込んで突きを放つ。ジョセフは気付いていないようだ。
お、これは決まったか?
その時だった。アンジェリカさんの人形がクリスさんの剣の先に立ちふさがった。両手を広げてジョセフを庇うようにして。
「アンジェ!」
シャルロットさんの悲鳴を聞いてクリスさんが急停止する。
「く、卑怯な……」
クリスさんが再び大きく弾き飛ばされる。
「いやあ、危ないところでしたよ。アンジェ、ありがとう」
そうジョセフが言うと、人形がカタカタと動く。
「よそ見をしている場合かっ!」
ユーグさんがジョセフの背後から斬りかかる。だが、その斬撃はジョセフに届くことなく見えない壁に防がれる。
「あなたごときでは、僕とアンジェの愛の力の前には無力も同然なのですよ」
ああ、ウザい。何かこの気障な声を聞いているだけでイライラしてくる。
「ですが、二度と歯向かえぬようにしてあげましょう」
そう言ってジョセフの両腕がユーグさんの両腕を掴む。そして、人形化の呪いが再びユーグさんを襲う。
「ぐあああああああっ」
ユーグさんが苦痛に満ちた叫び声をあげる。
ドサッ
ユーグさんの人形が床に落ちる。そして乾いた音を立てて聖剣が転がった。
「ユーグ様!」
シャルロットさんの悲痛な叫び声が礼拝堂に響き渡った。
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