第一章第27話 弟子入り

さて、朝一番図書館に行ってみたわけだが、あっさりと目的の書物を見せてもらうことができた。


一冊はスキル大全。古今東西様々なスキルが収録されている。もう一冊は、聖魔法大全。聖属性の魔法について色々書かれている。ちなみに、【闇属性魔法】について書かれた本も一応はあった。だが、ざっくり、精神攻撃やら状態異常を使ってくる、だとか、死者の魂を操ったりする、などといった簡単な解説をしているだけで、まともに解説しているものは一冊もなかったのだ。一応、【闇属性魔法】を使う相手と戦うのを想定しているくせに、その相手の手札についての知識が蓄積されていないって、バカなんだろうか?


さて、期待していたスキル大全だが、欲しい情報は何もなかった。妙に薄い時点で嫌な予感はしていたが、よく使われれる人間用のスキルが乗っているだけで、【雷撃】なんてものは載っていなかった。というか、私の持っているユニークスキルは一つも載っていなかった。まるで使えん。


次に聖魔法大全だが、これは割と役に立った。まず、ゾンビを浄化するのは、浄化魔法じゃなくてターンアンデットという特化魔法を使う方が良いらしい。昇天魔法とでも言えばいいのかな?


浄化魔法でもできるらしいが、よく分からないが非効率なんだとさ。ゾンビ相手の時は、遺体を浄化してゾンビにならないようにして、ゾンビになったらターンアンデットで昇天させてやるのが正しいやり方らしい。


あと、面白かったのは、いわゆる洗浄魔法が聖属性なのだそうだ。一般基準で高レベルの【聖属性魔法】の使い手を何人も集めて儀式の前とかに服や体を清めるために使うらしい。なるほど、言われてみれば私のローブにも自動洗浄機能がついているんだった。これは今度試してみるとしよう。


その他にも、【聖属性魔法】には解呪、鎮静などの精神状態異常の治療、味方の耐性を一時的に向上させたりする魔法があるらしい。ちなみに、解毒や病気の治療などは【回復魔法】の範囲内らしい。あとは結界を張ったりなんてこともできるらしい。どれこもこれも防御や補助ばかりで、残念ながら攻撃手段については書かれていなかった。もしかしたらそういう魔法はないのかもしれない。


きっと、闇属性は聖属性のできることの反対なのだろうから、気軽に使えそうなものを考えて試してみることにしよう。


こうして、図書館での調べ物を終えた私は、今後の方針を決めた。


まずは、【闇属性魔法】は特に必要がなくても使って経験値を貯めておく。ただし、スキルポイントは割り振らない。スキルポイントを割り振らないのは、今すぐにどうこうなる見込みがないというのが主な理由だ。あと【雷撃】については詳しいことが分かるまでは放置だ。さすがに何だか分からないものに割り振るのはちょっともったいない気がする。


と、いうわけで、スキルポイントは薬師の【調合】に全振りする。【調合】のスキルレベル3が魔法薬師への転職条件の一つとなっているので、まずはこれを優先的にスキルレベル3にするのだ。


そもそも、このままの生活を続けるのなら、この半年くらいで収支をトントンにできなければ破産が見えてくるのだ。治癒師業は大赤字だし、ゾンビ退治も常に仕事があるわけではない。今のうちに収入を得る目途をつけておく必要があるのだ。


あと、地味に拡張したいのが【次元収納】だ。便利ではあるが、容量が小さくてかゆいところに手が届かない感じなので、できればもう少し広げたいのだ。【次元収納】を使ってずっと物を収納しているのにも関わらずまるで経験値が貯まらない。なので、状況によってはスキルポイントを割り振っても良いかもしれない。


と、まあ、こんな感じで今後の方針を決めたので、早速調合に必要な道具を買いに行くこととしよう。


「クリスさん。薬の調合に必要な道具を買いに行きましょう。昨日薬師の副職業を頂いたので、薬の調合ができるようになりました」

「それはおめでとうございます! それでは、早速どこか薬師の弟子入りを斡旋いたしましょう」


あれ? 人の話聞いてた?


「それでは、ホテルの部屋に戻りましょう。すぐに手配して参ります」

「え? あ、いや。そうじゃなくて」

「え?」

「知識はあるから自分で調合しようと思っていたんですが……」

「え? そうなのですか? てっきりどこかの薬師に弟子入りするのだと思っていました」


まあ、たしかにその方が一人前になるのは早そうだけれど。


「でも、私たちはゾンビや幽霊退治もありますから」

「う、幽霊……。いえ、かしこまりました。フィーネ様。ゾンビや幽霊退治に理解のある薬師を見つけて参ります!」

「はぁ」


そんな都合のいい人、いるのだろうか? うーん、まいっか。いたらいたでラッキーだしね。


****


そしてその夜、クリスさんが満面の笑みを浮かべて私のところに報告に来た。


「フィーネ様。見つけて参りました。薬師一筋30年のベテランの方です。薬師協会には役職こそ持っていないものの、その実力から一目置かれていて、さらに神殿の熱心な信徒でもあります」


おお、すごい、よくそんな人をこの数時間で見つけてきたものだ。


「ただ、お手伝いの話はフィーネ様とお会いして気に入ったら、という条件でした。今まで一人も弟子を取ったことがないそうですが、フィーネ様であれば問題ないでしょう」

「はい? 弟子を取ったことがない?」

「そのようです。ですが、フィーネ様のお人柄と才能を考えれば、彼のほうから是非弟子にしたいと言ってくるに決まっています」

「はぁ」


大丈夫か?この脳筋くっころお姉さんは。普通に考えて私も門前払いだろうに。


まあ、期待せずに行ってみることにしよう。


****


そして翌日、噂の薬師さんの工房にやってきた。いかにも職人という感じのオヤジが無愛想な表情で座っていた。


「はじめまして。フィーネ・アルジェンタータと申します。よろしくお願いします」

「ジェズだ。あんたが噂の聖女様か。怪我に病気に毒にとなんでも治しちまう治癒魔法のエキスパートに薬なんていらねぇだろう」

「な! フィーネ様に何たる暴言! かくなる上は――」

「クリスさん、やめてください。私面接に来ているんですから、外で待っていてください」

「ですが!」

「いいから、外で待っていてください。ジェズさんに失礼です!」

「……かしこまりました」


憮然としながらも、クリスさんはそう言って外へと出ていった。


「うちの騎士が失礼しました」

「……まあいい。で、何で薬なんだ?」

「実は行きがかり上、なんですが――」

「ああん?行きがかり上だと?」


あ、しまった。つい本音が出ちゃった。


「はい。実はそうなんです。レベルアップをしようと思っていたら流れで薬や医術、魔法薬学まで幅広く勉強してしまいまして」

「はあ? なんでレベルアップ目的でそんなもん勉強してんだ?」

「なので、行きがかり上、としか」

「意味が分からん。そんで、魔法の修業はせずに薬の修業をしたいと?」

「そうなんです。最低限、ポーションくらいは作れるようになりたいと思っているんです」

「はあ? ポーションが最低限だと? あんたどんだけ時間かかると思ってるんだ? 薬師のスキルの分だけでも魔法薬師になる資格を得るのに 10 年くらいはかかるんだぞ?」

「ですので足りない分の経験値をゾンビや幽霊退治で賄おうと思いまして」


あ、完全に呆れた表情をしている。


「はあ、分かったよ。俺の負けだ。弟子入りを認めてやる。さっさとスキルレベルを上げて卒業しろよ?」

「はい?」

「だから、雇ってやるって言ったんだ。あんたみたいに頭のおかしいこと言った奴ははじめてだ」


ええと? どうしてこうなった?


「うちの門を叩く奴は大抵、薬を極めて人々を救いたいとか、正直に金持ちになりたいって言ってくるもんだ。だが、薬師はただの通過点で遥か高みを目指すって言ってきたのはあんただけだ。しかも、それを言ってきたのが薬なんて必要としないはずの聖女様ときたもんだ。全く、いや、だから聖女様なんだろうな」


なんだか、褒められているようでけなされている気もする。


「だが、聖女様だって、うちではただの弟子だ。ゾンビ退治やらの休暇は認めるが、それ以外は基本的にうちで働いてもらうからな」

「は、はい」


こうして、私は薬師ジェズさんに弟子入りすることになった。

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