第一章第16話 お勉強タイム
「ううっ。難しい」
私は王宮に併設された王立図書館で勉強漬けの日々を送っていた。クリスさんが既に司書さんに全て手を回してくれていたらしく、必要な本が大量に手配されていた。
基礎薬草学上下巻、基礎医学上下巻の合計四冊を渡された。
これを読んで理解したら今度は、応用薬草学、人体構造論、応用医学、精神医学、疫病大全の五冊。
そしてこれらを全部理解して試験に合格したらようやく魔法薬学論上下巻。
そして最後に修了試験がついてくる。
大学受験の時ですらこんなに勉強しなかったぞ?
そして魔導書はどこ行った?
「ううっ。こんな時にノーと言えない典型的な日本人の性格が恨めしい」
薬草は、まあ分かる。きっと採集クエストとかあるはずだし(あるよね?)、価値のないただの草を摘んでいったらクエスト達成にならないだろう。
いや、そもそも、だ。普通ゲームってこういうの自分で見分けられる必要なくね?
近くでメニューから採集を選べば自動で採集されるものなのでは?
しかし、ここで止めるのはもったいない。なぜなら、もうお金を払ってしまったのだ。
しかも金貨 20 枚、 100 万円相当だ。
どうやらこの世界で本は非常に貴重らしく、このカリキュラム終了までの入館料で金貨 6 枚、司書による本選びサービスで金貨 4 枚、さらにカリキュラム作成と試験で金貨 10 枚。もちろん割引なんてものは存在しない。
と、いうわけで一日も早くカリキュラムを修了できるように必死に勉強した。
何故かって? よく思い出してみて欲しい。私には自由に何かを選ぶ権利がないのに支払いの義務だけはあるのだ。
つまり、今宿泊している一泊金貨 10 枚の豪華ホテル、あそこからの引っ越しが許されないのだ。そのおかげで棚ボタで築いた資産である金貨 3,000 枚がすごい勢いで溶けていっているのだ。
そして、この医学部顔負けの勉強のことは既に王様と教皇様の耳に入っているそうで、王様なんてわざわざ図書館まで激励に来てくれた。
「フィーネ嬢、クリスティーナより聞いたぞ。実に感心なことだ。人々を癒すためにまずは医術を基礎から学びたい、と図書館での勉強を志願したそうではないか。結構結構。フィーネ嬢は将来、本当に聖女になれるかもしれぬな」
「きょ、恐縮です」
「何、邪魔をしてすまなかったな。期待しておるぞ」
「はい。ありがとうございます」
この状況で放り出して逃げ出すなどという選択肢を取る勇気は私にはない。
泣きそうな表情で王様を見送り呆然としていた私を見た司書さんが更に追い打ちをかけてくる。
「陛下の激励を受けて感激なさったのですね。お気持ちは分かります。ですが、今は切り替えて、しっかりと前を向いてお勉強をなさる時ですよ。貴女様はお若いのに勉強熱心でいらっしゃる。その努力は決して貴女様を裏切ることはありません。努力を続け、立派な聖女になってみせることが貴女様が陛下より賜った激励にお応えする唯一の方法ですよ」
だから、違うの! 感激なんてしてないの! ゲームの世界でまで勉強したいんじゃないの! 魔物と戦って無双したいの!
なんてことを言えるはずもなく、私はせっせと勉強に励むのだった。
目指せ、一週間で修了!
****
と、思っていた時期が私にもありました。
結局、カリキュラムを修了するまでに二か月かかってしまった。この二か月の出費はホテル代で金貨 610 枚、勉強代が金貨 20 枚、やたらと豪華な馬車代が金貨 70 枚、その他の雑費が金貨 4 枚だ。日本円に直すと 3,500 万円くらい。
いかにこのホテル代で無駄なお金が流れているかが分かるだろう。ちなみに、馬車は自分で歩いて、日々の町の変化を見るほうが勉強になる、というなんとなくそれっぽい理由をつけて一週間でやめさせた。ああ、もったいない。
さて、押し売りされた分を含めるとあれだけあった討伐報酬の約三分の一が三か月と経たないうちに溶けたわけだ。本音を言えば、今度こそ図書館で魔導書を読んで勉強したい。だが、カリキュラムを押し付けられて何か月拘束されるかわからないという状況で飛び込むのも怖いわけで。
自分から話に行けばいいじゃん、と思うかもしれないが、この国ではクリスさんを、というか従者を使いに出さないのは色々と問題があるらしい。個人的には脳筋なのでチェンジしたいところだが、そうもいかない。何しろ、王様と教皇様が推薦した結果としてクリスさんを私の従者にしたのだ。どう見てもこの国の権力の二大巨頭と思われる人達が揃って推薦した人物をクビにするなど、恐ろしくて私にはできない。
それに、聖剣と聖騎士に選ばれた聖女候補をその聖騎士から引き離すなんてとんでもない、的な話もあるんだとか。しかもクリスさんは当代唯一の女性聖騎士らしいので、アイコン的な意味でも難しいだろう。
かといって、新しい人を雇うのは仕事が少なすぎて悪いし、そもそもお金がもったいない。
まあ、そんなわけでこの脳筋くっころお姉さんに何とかちゃんと働いてもらうしかないわけなのだが……
ちなみに、ホテル代が高いから引っ越したい、と伝えたところ、聖女様が安宿に泊まるなどとんでもない、と取り付く島もなかった。
そこで、収支を紙に書いて計算し、このままだと一年ともたずに破産する、と言ったのだが、
「なんと! そのような難しい計算ができるとは、もしやフィーネ様は商才もおありなのでは? それほどの才があればお金などすぐに稼げることでしょう。将来、フィーネ様の領民となる者たちは幸せですね!」
などと、わけのわからない事を言い出して会話にならなかった。よくよく話を聞いてみたところ、どうやらクリスさんは掛け算と割り算ができないらしい。これで良く副隊長なんて務まっていたものだ。
はあ。今日も今日とて、頭が痛い。
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