第一章第14話 ステータス・オープン

ああ、疲れた。王都に来てからのこの二日間、腹筋が試される日々だった。幸いなことに、ええ、非常に幸いなことに! あの攻撃力の高い祈りのポーズは神殿や王宮などでの畏まった儀式の場以外ではやらないそうだ。おかげさまで、謁見を終えてからは腹筋を試される事態には遭遇せずに済んでいる。


さて、あの後王宮を後にした私たちは、王様に装備の購入にと指定された店へと向かった。

あの口ぶりだと、どうせもうすでに手を回しているのだろう、と思っていたがやっぱりそうだった。


完全に私たちがやってくるのを待っていて、採寸されたあと、聖女様なりきりコスプレセットを問答無用で買わされた。下着とかの替えも含めて金貨50枚なり。およそ 250 万円相当のお買い物だ。たけぇ!


さらに別のお店に移動する。今度は靴屋だ。未だに初期装備のサンダルを履いているのだが、さすがにそれではダメだとブーツを買わされた。こちらも王様ご指定の聖女様なりきりコスプレセットの一種だ。完全にセットで使うようにあつらえられていて、こちらは金貨 10 枚、およそ 50 万円相当のお買い物だ。


どうやら、腹筋の後は財布が試されるらしい。


「あの、クリスさん。もう少し安いものでも――」

「ダメです。シュヴァルツ討伐の報酬もございますし、国王陛下より頂いたローブを纏ったフィーネ様がみすぼらしい恰好をなさってはいけません」

「じゃあ、このローブは着ないでしまっておく、というのはどうでしょうか?」

「それはもっといけません。国王陛下より賜ったそのローブを着ないなどということは不敬にあたります。外出の際はできるだけご着用ください。そのローブには自動で汚れを浄化する魔法がかかっておりますのでお洗濯も不要です」


と、こんな感じで取り付く島もない。どうやら私には自由に服を選ぶ権利も無いようだ。ぐぬぬ。強制するなら金をくれ!


そんなこんなで私たちは豪華ホテルに戻り、部屋の応接室でクリスさんとお話をしている。今日からはクリスさんも私と同室になった。と、いってもクリスさんは侍従用の待機部屋だ。さすが、王都の豪華ホテルのスイートルームだ。王侯貴族のお偉いさん方が泊まった時のために、侍従や護衛が待機するための設備まで整えられているのだ。まあ、支払いは私だけどね! ぐぬぬ。


「しかし、驚きました。フィーネ様は収納魔法もお使いになられるのですね」


クリスさんが感心したように私に話してくる。


「それって珍しいんですか?」

「【収納魔法】のスキルを持つ者はほとんどおりません。容量が大きければそれだけで生活ができます。もし差し支えなければ、その収納容量を教えていただけますか? 今後に関わることでもありますので」

「ええと、私のはあまりたくさんは入らないです。お金と今日買った服とブーツをいれたら、あと少し入るくらいです。まあ、スキルレベルが 1 ですからね」

「ああ、もうステータスを確認されたんですね」

「え? まだですよ。まだレベルを上げていないから1のままなはずです。それより、どうやってステータスを確認するんですか?」

「ああ、そういうことでしたか。ステータスでしたら、『ステータス・オープン』と言うことで目の前に浮かび上がってきますよ」


結局それかい!


と、心の中でツッコミは入れつつ、私はステータスを確認してみる。


「ステータス・オープン」


目の前に画面のようなものが浮かび上がってくる。


そうそう、こういうのでいいんだよ。あとはメニューさえ開ければ、といったところか。


「フィーネ様。ステータスは、後ろからのぞき込まれると他人にも見えてしまいます。他人に見られないようになさってください。そして、他人のステータスを覗き見ることもいけません。もし他人のステータスを無断で覗き見た場合、最悪切り捨てられても文句は言えませんのでご注意ください」

「どうしてですか?」

「ステータスというのは、名前だけでなくその人の強さや弱さ、どんなことができるのかといったことまで、全ての情報が記されております。これは、戦いを生業とする者にとっては生命線となります。ですので、できる限りステータスは他人に開示しない、というのが常識なのです」

「わかりました」


そう言うと、クリスさんはお茶を淹れてきます、と言ってキッチンへと向かった。私はその間にステータスを確認する。


────

名前:フィーネ・アルジェンタータ

種族:吸血鬼(笑)

性別:女性

職業:治癒師

レベル:1

HP:33

MP:25

STR:29

INT:24

AGI:23

DEX:26

VIT:27

MND:25

LUC:25

Exp: 0


ユニークスキル(13)▼

スキル(19)▼

────


おお、慣れ親しんだ STR とか INT とかの表記がある!


どうやらアニュオンの世界も他の VRMMO とようなステータス構成のようだ。素晴らしい!


こういうのを待っていたんだよ。こういうのを!


ん?


私は何かおかしなものが目に入り、もう一度ステータスをよく見てみる。


────

名前:フィーネ・アルジェンタータ

種族:吸血鬼(笑)

性別:女性

職業:治癒師

レベル:1

────


おおおおおおい!


この、種族『吸血鬼(笑)』ってどういうことだよ!


誰だ、この『(笑)』をつけたやつは!


あれか? あのクソ運営のハゲたおっさんか?


あいつか? あいつなんだな?


そういえば、あいつちゃっかりこの世界の神様の座に収まっていたし、この程度の嫌がらせはやってきてもおかしくないだろう。


あいつめ。現実世界に戻ったら絶対サポートに鬼電して文句言ってやる。


とはいえ、このステータスがどうなのかはまったく分からない。やはり詳しい人に聞いてみるのが良いだろう。


「クリスさーん、ステータスの事を教えて欲しいんですけどー!」


すると、丁度ティーポットを持ったクリスさんが戻ってきた。


「はい。もちろんですよ。いかがでしたか?」


そう聞かれた私はクリスさんさんに自分のステータスを教えた。


「なるほど。レベル1の治癒師にしては破格のステータスですね。普通ですとレベル 1 の治癒師のステータスは 10 ~ 20 程度ですので、フィーネ様のステータスは一般的な治癒師のレベル 3 相当のステータスです。さすがです」


そりゃあ、吸血鬼だからね! なぜか(笑)ってついてるけど。


「それぞれのステータスの意味についてご説明いたしましょうか?」

「お願いします」

「HP は生命力のようなものです。 0 になったら死んでしまうと言われておりますが、それを確かめた人はおりません。また、そこに表示されている HP は一番調子が良い時、という意味で今の HP が表示されているわけではないと言われておりますのでご注意ください」

「なるほど。そうなんですね」

「MP は魔法やスキルをどれだけ使えるかの目安で、この数値が大きければ大きいほど、多くの魔法やスキルが使えます。これも HP と同じで、今の残り MP が表示されているわけではありません。HP と MP は休んでいれば徐々に回復していく他、薬やポーションなどで回復させることもできます」


ほうほう。この辺は普通か。


「STR は武器や体術などでの攻撃力、INT は魔法の威力、AGI は素早さ、DEX は攻撃の命中率、VITは武器で攻撃された時の防御力、MNDは魔法や呪いに対する抵抗力と言われています。LUCはよく分かっていませんが、運の良さに関係するのではないかといわれています」


すまし顔できっちり説明してくれる。脳筋だと思っていたが意外とこの辺りの勉強はしっかりやっているらしい。


「ええと、つまり、私は HP と物理攻撃力と物理防御力が高くて、MPと素早さと魔法の攻撃と防御力が低くて運が悪い、と」

「ええと、その、ま、まぁ、そ、そうとも言えますね。ですが、ええと、ほら、普通の人よりも倍はステータスが高いですし。それに、ほら、フィーネ様はまだレベル 1 ですから。その、あれです。そう、可能性の塊みたいなものです。きっと、レベルアップすれば苦手なところも得意になると思いますよ!」


なんだか、めっちゃフォローされている気がする。


「なんで、私の職業は治癒師だったんですかね。戦士とかのほうが合っていそうなステータスなのに」

「それは、きっと、もともと強力な【聖属性魔法】と【回復魔法】のスキルをお持ちだからですよ! なにしろ、あのシュヴァルツが夜なのに一撃でしたからね!」


あれはすごかった、とでも言いたげにキラキラした目で私を見ている。


うん、そういえばそんなこともあったね。


「ああ、でも、なんでレベル1の私の魔法で倒せたんですか?」

「それは、相手が吸血鬼だったことと、【聖属性魔法】のスキルレベルが高かったからだと思います。吸血鬼は太陽の光と聖属性の魔法が決定的な弱点ですから、昼間であれば聖水と組み合わせれば【聖属性魔法】のスキルレベルが 3 でもシュヴァルツを倒せるはずです。本来であれば司祭様をお連れするべきだったのですが、場所が場所でしたので。でも、フィーネ様にお会いできたおかげで本当に助かりました!」

「いえ、私も助かりましたので」


ああ、この流れはまた延々と感謝される流れだな。今のうちに流れを変えておこう。


「ちなみに、今一番【聖属性魔法】のスキルレベルが高い人って、どのくらいなのですか?」

「あまりオープンにならないので正確な事は分かりません。ただ、最低でもスキルレベル 4 以上であることは確実だと思います。おそらく、どこかの神殿で修業し続けている方々の中には 5 に到達している方もいらっしゃると思います」

「そ、そうなんですね」

「ちなみに、歴史上の人物ですが、神に愛され不世出の天才と呼ばれた伝説の大聖女様の【聖属性魔法】のスキルレベルが 7 だったと伝わっています。大聖女様は魔王を浄化し、悪しき吸血鬼も魔族も悉く浄化し、奴隷たちは解放され、それはそれは平和な時代を作られたそうですよ」

「そ、そうなんですね」


あれ? これは確実に加減を間違えた説か?


「そういえば、フィーネ様の【聖属性魔法】も高いんでしょうねぇ。レベル1なのに夜にシュヴァルツを倒せるなんて、きっとスキルレベルが 4 とか 5 とかなんでしょうねぇ」


なんか、クリスさんが独り言を呟き始めた。ぶつぶつ言っているなー、と思いながら眺めていると、いきなり、私の顔を見て真顔で思いつたことを説明してくる。


「そうだ、やっぱりそうですよ。フィーネ様の【聖属性魔法】のスキルレベルが高いから治癒師をお与えになられたんですよ! このまま【回復魔法】と【聖属性魔法】のスキルを鍛えて大聖女様のような素晴らしい聖女になりなさい、と、神様はそう仰っているに違いありません!」


どうしよう。すでにレベル 10 で MAX だなんて言えない。言ったらただでさえ少ない自由が確実にゼロだ。


こうして私はスキルレベルを隠し通すことを決意するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る