第一章第11話 はじめての就職

「それでは、就職の儀を始めましょう。貴女は初めてでしょうから、わたしの真似をして、祈ってください。祝詞はわたしが唱えますので、貴女はただ祈っていただければ大丈夫です」

「はい、わかりました」


私たちは神殿奥の小部屋に通されていた。奥の祭壇にはたくさんの彫像が並べられている。もちろん、中央の一番大きいのが就職の神様ことあの運営のハゲ、他はいろんなものを司る神様だそうだ。もちろん、全部美男美女ばかり。なので、運営のハゲだけが異様に浮いている。


「天にまします我らの神よ。

願わくば、御名みなの尊まれんことを、御国みくにの来たらんことを。

御旨みむねの天に行わるる如く、地にも行われんことを。

みましの従順なる僕、フィーネ・アルジェンタータの罪を許し、新たなる生業を与え給え」


教皇様が流れるような口調で祝詞を述べる。そして次の言葉を続ける。


「彼の者に」


すると次の瞬間、教皇様が突如左足の膝を上げて片足立ちになると両手をビシッと水平に広げた!


「ぐふぅっ!」


私は吹き出しそうになったのが、口を両手で押さえて何とかこらえた。


これは、間違いなくブーンだ。某大手ネット掲示板発祥のアレだ。


ふ、腹筋が!


わかってる。わかっているさ。こんな神聖な儀式でポーズが面白いからって吹き出したらいけないことぐらい。だが、笑いを堪えようとすればするほど、笑っちゃいけないと思えば思うほど笑いがこみ上げてくる。


なんで片足上げてるんだ! お年寄りや足の不自由な人はこれできないだろ!


ほんの少しもぶれることなく、綺麗なブーンの姿勢を貫く教皇様。後ろ姿なので顔を確認することはできないが、先ほどの口調から考えても、至って真面目な表情をしているのだろう。


それを想像すると余計に笑いがこみ上げてくる。


──── 頼む、もってくれ、腹筋!


まあ、宗教の儀式なんて信じてない人から見たらおかしいのは古今東西変わらないと思う。だが、だ。運営に問いたい! どうしてこのポーズを選んだんだ!


「神のご加護のあらんことを。」


そう言った教皇様が、ブーンのポーズから華麗にジャンピング土下座を決めた。


すると、周りの人たちも一糸乱れることなく同じようにブーンのポーズからジャンピング土下座を決める。


「ぐふっ」


あ、やばい。ちょっと吹き出してしまった。またもや慌てて口を押さえて笑いを堪える。


「フィーネ様!」


私の後ろで土下座を決めているクリスから小声ながらも鋭い口調で注意される。


口を開くと爆笑してしまいそうなのでとりあえず恥をかなぐり捨ててブーンのポーズから土下座する。


恥ずかしくてジャンプはできなかった。


必死に床を見て笑いを堪える。ヒンヤリとした大理石の床が少しだけ冷静にさせてくれる。


今の衝撃的な光景を思い出さないように、そうだ。美味しい食べ物の事でも考えて気を紛らわせよう。


美味しい食事、そう。食事といえばザラビアだ。


高級ホテルのディナーで出された子羊に赤ワイン煮。うん、あれは美味しかった。


海の見えるレストランでだされた白身魚のソテー。そうだ、潮の香りが漂う中、雰囲気も味も最高だった。


うん? 魚?


キノコ?


あ、しまった!


連想していった結果、あのキノコ子爵を思い出してしまった。その瞬間、必死にこらえていた腹筋が決壊してしまった。


「ぶふっ。ぐ、くくくっ」


腹筋が! 腹筋が痛い。お腹がよじれる。


必死に笑い声を押さえているが、体はプルプルと震えていることだろう。


そして、ひとしきり土下座したまま声を押さえ、バレないように努力をしながら笑い続けるという拷問のような時間を耐えきると、私は教皇様から声をかけられた。


「フィーネ嬢。これで貴女も職業を授かったはずです。さあ、お立ちなさい」


促されて私は立ち上がる。


ああ、笑い過ぎて涙が!


「そうですか。涙を流すほど素晴らしい職業を授かったのですね。おめでとうございます。さあ、貴女の今の職業を思い浮かべ、口に出してごらんなさい」


そう促された私は職業を思い浮かべる。そして、自然に思い浮かんだ言葉を私は口にした。


「……治癒師」

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