第一章閑話 銀色の救世主
私はクリスティーナ。誇り高きホワイトムーン王国第三騎士団所属の聖騎士で、今はファレン方面第四分隊副長を拝命している。聖騎士というのは騎士の中でも聖剣によって選ばれた特別な騎士だ。私はひょんなことから聖剣セスルームニルに選ばれ、聖騎士となった。
私がザラビアに配属されているのは偏に悪名高き吸血鬼シュヴァルツの存在だ。奴は次期魔王との噂もある強力な吸血鬼だ。なにしろ、魔法は聖属性以外は効果がないうえに物理攻撃は霧となって躱される。そして恐ろしいほど強力な魅了の魔法で次々と人々を洗脳し、血と影を操る吸血鬼特有の戦闘術で敵をなぎ倒す。奴の住処に近い町や村は全て滅ぼされ、人々は奴の食料となった。このまま行けば次の標的はザラビアだろう。
そこで、私たちは討伐隊を組織しシュヴァルツ討伐に挑むこととなった。シュヴァルツ相手に数は意味がない。精神力が強くて魅了への抵抗力が強い者を中心に少数の精鋭を集めた。作戦は単純で、昼の間にアジトに侵入して聖水をかけて動きを止める。そして、私が聖剣でとどめを刺すのだ。吸血鬼はその種族特性として太陽の光に弱い。どんなに強力な吸血鬼だって太陽の光を浴びれば弱り、そのうち灰になって死ぬのだ。
本来であれば強力な浄化魔法を使える司祭様に同行してもらえると良いのだが、森での進軍、そしてシュヴァルツの戦闘力を考えると難しかった。なにせ、奴は強すぎるのだ。奴との戦闘になった時、騎士たちでは司祭様が魔法を使う時間を稼ぐことができないだろう。そして、ただでさえ行軍でヘロヘロになった司祭様は自分の身を守ることも逃げることもできない。であれば司祭様はいないほうがマシだ。なので、私たちはこの作戦でいくことにした。
シュヴァルツの森に入った我々は、森で不思議な少女に出会った。第一印象は恐ろしいほどの美少女だ。美しい白銀の髪に赤い瞳、少し尖った耳、肌は真っ白で染み一つない。驚くほど整っているのに冷たさや鋭さは感じさせず、見る者に安心感を与えるような優し気な顔立ちをしている。そんな美少女がシンプルなワンピースにサンダルという危険な深い森とは似つかわしくない、場違いな格好をしている。
しかもその明らかに場違いな美少女が、あの獰猛な魔獣シルバーウルフを背もたれにして森ブドウを食べているのだ。しかも、我々の見ている目の前で小さな小鳥が森ブドウを運んできて、彼女に渡しているではないか!
森の中の泉の側で朝日に照らされた彼女の姿はあまりにも幻想的で、森の妖精にでも出会ったのかと思った。
「お疲れ様。お前たちはもういいですよ」
彼女は美しい声でそう小鳥たちに告げると、小鳥たちは森の奥へと飛び立っていった。
「おはようございます。ええと、白い鎧の仲良しさん?」
彼女は一体何者なのだ? しかもここホワイトムーン王国で騎士団の鎧を知らないというのはあり得ないのではないか?
とはいえ、私がこの討伐隊の隊長だ。私が話をする必要があるだろう。そう思って前に出ると、彼女の恐ろしく美しい顔が私をじっと見つめる。
なんだ、これは?
この美しくも優し気な赤い瞳に何もかもを見透かされているような、そんな錯覚に陥る。
そして、心臓が高鳴る。彼女を見ていると何だかドキドキしてくるのだ。おかしい。私はノーマルなはずだ。女性、しかも明らかに年下の美少女に見つめられてこんな風になるなんて!
「はじめまして。指揮官さんですか? 私はフィーネ・アルジェンタータです」
その名乗りを聞いて驚いた。なんと、彼女は家名を持っている、すなわち貴族のご令嬢だったのだ。家名からして我が国の貴族ではないようだが、礼を失することは我が国の恥だ。私は急いで敬礼し、失礼のないように大きな声で名乗りを上げる。
「お初お目にかかります。フィーネ様。私はホワイトムーン王国第三騎士団ファレン方面第四分隊副長を務めておりますクリスティーナと申します」
フィーネ様のお話を聞くと、どうやら何者かにここに連れてこられたようで、ここがどこかも分かっていないようだ。誘拐されたのか、もしくはご実家から売られてしまったのか、嫌な政略結婚から逃げ出したという可能性もありそうだ。
とにかく、保護する必要があるだろう。そう判断した私は討伐の任務を一時中断し、町へとフィーネ様を送り届けることにした。
そしてその夜、我々はシュヴァルツに襲撃を受けてしまう。聖水をかけても闇夜に強化されたやつには効果がない! しかも私の聖剣とも互角に打ち合ってくる。いや、違う。シュヴァルツのほうが遥かに上であった。
やはり夜は吸血鬼の独壇場だ。夜の戦闘に持ち込まれた時点で我々の負けは確定していたのだろう。
鎧は砕かれ、聖剣も手から離れてしまった。もはや万事休す。私が諦めかけたその時、フィーネ様が目を覚まし、テントから出てきてしまった。
何ということだ。私の血を吸えばシュヴァルツは満足していなくなる可能性もあったというのに!
私は思わず叫んでしまう。
「フィーネ様? なぜ出てきたのですか!」
すると、私の声のせいでシュヴァルツがフィーネ様に興味を示してしまった。しまった!
「おや? どうして貴女のようなお方がこのような者たちと共にいるのですか?」
「いやぁ、行きがかり上と言いますか……」
「まあ、良いでしょう。私は食事の時間ですので貴女のお相手はまた後でさせていただきます」
「はぁ……」
会話が噛み合っていないが、こいつは私の血を吸った後フィーネ様に危害を加えようとしている、それだけは理解できた。
「フィーネ様!お逃げください」
だがフィーネ様は逃げてくれない。残念だ。もはやこれまで。
「くっ、私は吸血鬼の眷属になどならぬ。一思いに殺せ」
そうして死を覚悟したとき、シュヴァルツが信じられない程強力な聖属性の浄化の光に飲み込まれた。
あの圧倒的なシュヴァルツを、しかも吸血鬼の時間である夜に圧倒している。
「ば、バカな。なぜ、貴女がそれを……」
シュヴァルツが消滅した。意味が分からない。今のは、フィーネ様がやったのか?
更に奇跡が起きた。フィーネ様から治癒魔法の暖かい光が広がり、瀕死の重傷を負っていたはずの者たちがあっという間に治ってしまった。
二の句が継げぬとはまさにこのことだろう。
「じゃあ、私は寝ますね。おやすみなさい」
フィーネ様は事もなげにそう仰ると、そのままテントに戻りお休みになられた。まるで大したことはしていないとばかりに。
ああ、聖剣が聖女へと導くとはこのことだったのか!
私はこの時確信した。この方こそが今代の聖女様であらせられると。
****
その後、私たちはフィーネ様をザラビアの町にお連れした。そして、フィーネ様は領主様との会見に臨まれた。私はフィーネ様と昼食を共にする栄誉まで賜ったのだが、この昼食会で事件は起こった。
何やら昼食の最中、いや会見に臨まれている時から少し様子がおかしかったのだが、昼食会で出された料理を召し上がったフィーネ様が倒れてしまわれたのだ。
まさか、毒殺か?
そう思った私はマッシルーム子爵を睨み付ける。だが、子爵もそのご息女も大慌ての様子であるところを見ると、どうやら意図したものではなさそうだ。
「子爵殿、急ぎベッドの手配を! フィーネ様のお召し上がりのものに毒が盛られた可能性も調べよ!」
私はフィーネ様を横抱きにして運び、用意されたベッドにその御身を横たえる。
これはお目覚めになるまで我々が護衛に着く必要があるだろう。
討伐隊のメンバーを呼び出して私は急ぎ警備のシフトを組む。当然、夜の警備は私だ。夜に女性であるフィーネ様の寝室警護を男性に任せるわけにはいかない。
そしてその夜、フィーネ様はお目覚めになられた。
「クリスさん。すみません。ご心配をおかけしました」
「お加減はいかがですか?」
「はい。大分マシになりました」
私は安堵するとともに、少しお話を伺った。どうやら食べ物が原因ではないらしい。少しでもお力になれれば、と思って協力を申し出ると、冗談めいた口調で明らかに誤魔化してきたのだ。
「ええとですね。実は私吸血鬼でして。血を吸いたい衝動を抑えていたら倒れちゃいました♪」
いくら我々に明かせない事情があるにせよ、流石にこの言い訳は酷いのではないだろうか?
そもそも吸血鬼といえば完全なる闇属性だ。太陽の光を浴びれば灰になるのが当然だし、浄化魔法や治癒魔法など使えるわけがない。それに、フィーネ様の瞳は人間のものだ。吸血鬼であればシュヴァルツのように縦長の瞳孔を持つ瞳をしているはずだ。
「ダメでしょうか?」
ダメに決まっている。というか、何そんな可愛い表情で言ってるんですか。ああ、また変な気分になってしまいそうだ。
すると、フィーネ様がまたおかしなことを言い始めた。
「じゃあ、クリスさんの血を飲ませてください。そこのティーカップ一杯分くらいで良いですから」
どうやらフィーネ様はこの設定で押し通す気のようだ。これの行き着く先は血を飲むことになるというのに。
「はい。よろしくお願いします」
どうやらフィーネ様の決意は変わらないようだ。仕方ない。
私はナイフで自分の手首を切り裂き、ティーカップに血を滴らせる。
ポタリ、ポタリとティーカップに血が滴り落ち、そしてティーカップは私の生き血で満たされる。
「どうぞ」
私はフィーネ様にそれを差し出と、フィーネ様は受け取りながら私の傷を癒してくださる。
フィーネ様のお顔には少しばかりの後悔の念が浮かんでいるように見える。
「では、いただきます」
そうしてフィーネ様は、それはそれは美味しそうに私の血を飲み込んでいく。真っ白な肌が少し紅潮していて、得も言われぬ色香のようなものが漂ってくる。それを感じた私の視線はフィーネ様に釘付けとなってしまった。
すると、私の中に、明らかにおかしな感情が湧き上がってくる。
フィーネ様を私だけのものにしたい。
めちゃくちゃにしてしまいたい。
フィーネ様が唇をぺろりと舐めた。その仕草には強烈な色気を感じる。
「ごちそうさまでした。血を飲んだのははじめてですが、とても美味しかったです」
「そ、そうですか。それは良かったです」
正直、私は焦った。このおかしな感情を悟られていないか。それだけが心配だった。
「それでは、クリスさん。おやすみなさい。また明日」
フィーネ様はそうおっしゃると横になられた。すぐにベッドの中から静かな寝息が聞こえてくる。
「フィーネ様、夜に眠る吸血鬼というのも、無理がありますよ」
私はその美しい寝顔をいつまでも、いつまでも、呆然と見守っていたのだった。
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