第一章第6話 衝動

2021/04/18 誤字を修正しました

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私は今、クリスさんに連れられてこのザラビアを治める領主様との会見に臨んでいる。


トリフ・マッシルーム子爵。


これがその領主様の名前らしい。


運営、絶対名前考えるの面倒くさくなっただろ?


何で港町でキノコなんだよ。せめて魚にしろよ!


そして、


髪型が、


完全に、


キノコだ!





ふ、腹筋が。俺の腹筋がぁぁぁ。じゃない。私!






ふぅ、危なかった。とりあえず、このキノコ領主様を前にして爆笑しなかった自分を自分で褒めてやりたい。


「そなたがフィーネ・アルジェンタータ殿じゃな。よくぞあのシュヴァルツを討ってくれた。ザラビアを、そしてホワイトムーン王国を代表して礼を言わせてもらおう」

「ありがとうございます。ですが、騎士団の皆様のお力あってこそです」


とりあえず、謙遜しておこう。誰が NPC で誰がプレイヤーだか分からない状況でむやみに敵を作るような真似は慎むべきだろう。


「ははは。フィーネ嬢は慎ましやかなお方だ。それほどの美貌にそれほどの聖なる力をお持ちのご令嬢で性格まで良いとは、アルジェンタータ家は良いご息女をお育てになれた。故郷のご両親も大層お喜びなことでしょう」

「こ、光栄です」


やばい。どうしよう。故郷とかないわけだが。


「さて、フィーネ嬢の此度の活躍を称え、何かお礼をさせていただきたいのだが、何かご入用の物はありますかな?」


お、良かった。話が逸れてくれた。


「私は一人旅をしておりますので、路銀を少々頂けると助かります」

「何と、そのようなものでよいのですかな。それではハンターギルドに出していた懸賞金をそのまま差し上げましょう。それと、是非この後昼食をご一緒したいのですが、いかがですかな?」

「ありがとうございます。喜んで」


こうして、私はキノコ子爵と昼食を共にすることとなった。


さて、その昼食だが、キノコ子爵のお屋敷の食堂で行われる。参加者は私とクリスさん、キノコ子爵とその娘さんだ。


「フィーネ様、はじめまして。わたくしはトリフ・マッシルームが娘、マイでございます」

「は、はじめまして。フィーネ・アルジェンタータと申します」


今度はマイタケかよ! どう考えても無理があるだろ運営!


マイさんは黒目に濃いブラウンの髪、どうにもウェーブしている髪型がマイタケに見えて仕方がない。

いや、違うんだ。全然違うのは分かるんだけど、先入観というか。なんというか。


うん、確実にこのキノコ子爵が悪い。マッシルーム家も百歩譲ってまあ仕方ないにしても、トリフでキノコカットはないだろう。どう考えても!


あ、一応、マイさんは綺麗な女性だと思うよ? 私にはもうマイタケにしか見えないけれど。


さて、気を取り直して、昼食会。さすが領主様だけあって豪華な料理が並んでいる。並んでいるんだ。だが、この圧倒的キノコは何だ?


これは、狙ってやっているのか? 腹筋崩壊作戦か?


キノコのサラダに始まり、キノコマリネ、キノコと白身魚ソテー、キノコスープにキノコのパスタ。デザートにまでキノコが入っている。


いや、うん。美味しかったんだろう。たぶん。だけどさ。なんというか、味がしないというか。どうにも気になって味わうどころじゃないというか。うん、どうしようか?


「どうですかな? 我がザラビア名物の魚はお口に合いましたかな?」


は? 今何と? もしかして魚の感想を聞かれたのか? キノコじゃなくて?


「エ、エエ。トッテモオイシカッタデスヨ」

「そうですか。それは良かった。港町である我がザラビアは新鮮な海の幸が自慢ですからな。ご滞在の間に是非ご堪能くだされ」

「は、はい。ありがとうございます」


何だか、もう疲れてきてしまった。主に精神的に。そろそろ宿に戻りたい、と思ってちらりとクリスさんを見遣る。髪がアップにまとめられているおかげで綺麗な首筋が見える。


その瞬間だった。何かとてつもない衝撃が背筋を走り抜けた。


牙が……うずく……


昼食を食べたはずなのに空腹感が、紅茶を飲んだはずなのに喉が渇く。


──── 血が、飲みたい


クリスさんを今すぐに抑え込んで、


その首筋に牙を突き立てて、


その血を、


飲みたい!


飲みタイ!!


ノミタイ!!!


私はふらりと立ち上がり、クリスさんの椅子の背もたれに手をかける。


──── ああ、美味しそうなエモノが


って、違う! ダメだ。人の血を飲むなんて!


私はそのままうずくまって衝動を抑え込む。


「フィーネ様? フィーネ様、大丈夫ですか! 顔色が!」


クリスさんの声が聞こえる。私は自分の体をぎゅっと抱きしめ、深呼吸をする。


だめだ! 震えが……止まらない……


目の前が徐々に暗くなってきた。よし、このまま眠ってしまおう。そうすれば、大惨事にならないだろう。


そうして私は意識を手放し、闇の中へと落ちていったのだった。

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