クリスマスには一緒にいようと約束したけど、世界がこんなになっちゃってて無理!ネットならずっと一緒にいられるって本当?

蒼衣 翼

最後の約束

 世界がこんな風になってしまった本当の始まりは、いつだったのだろう。

 御幸みゆきは思い出そうとして、すぐに諦めてしまった。

 それは意味のないことだからだ。

 人と人の絆は切り離され、世界には死体が溢れ、炎が満ちた。


 最初は、誰もがすぐにこんな異常なことは終わると思っていた。

 少しだけ息を潜めていればいい。

 ちょっと我慢するだけで、元通りの明日がやって来る。

 政府はそんな風に発表した。

 全てが終わったら、世界規模のお祭りをしよう。

 その日は歴史に残る記念日となるだろう。

 

 キラキラとした言葉は輝かしくて、耐え続けるだけの日々を送る人々は、その言葉に縋った。

 本当は、誰もが理解していたのだ。

 そんな明日が来るはずがない、と。


 御幸みゆきは、もう半年近く離れ離れでいる愛する人のことを思い出した。

 二人共、世界が変わる前から忙しい体だった。

 新しい技術開発に携わっていた彼と、報道に携わっていた御幸みゆき

 休みなどろくに取ることも出来ない二人だったが、たった一つだけ約束を交わしていたのだ。

 それが、世界がもっとも優しい祈りに包まれるクリスマスの夜には、必ず一緒にいること。


 付き合い始めて八年。

 約束は必ず守って来た。

 だが、今年は、とうとう約束が破られることになりそうだ。

 クリスマスの夜だと言うのに、街は静まり返り、イルミネーションの輝きを見ることが出来ない。


 ふと空を見ると、ふわふわと白い雪が舞い降りて来ていた。

 

「こんな風に静かな始まりだったな」


 世界に訪れた災禍は、本当に静かに始まった。

 最初は、南の地の小さな研究室だった、と言われている。

 それが事実かどうかを確かめる術はもはやないけれど、ヒューマンエラーによるものだとか、全てのセキュリティが意味を成さなかったのだとか、たくさんの説があった。

 ただ、一つだけわかっている。

 宇宙から落ちて来た小さな隕石のなかから見つかった、卵のようなもの。

 それが全ての始まりだったのだ。


 卵は孵った。

 

 その雛は、目にした者を石に変えた。

 最初は誰も信じなかった。

 たちの悪いいたずらだ、と、出回った監視カメラの映像を笑い飛ばしたものだ。


 ところが、その監視カメラの映像を観た者達が体が動かなくなる症状を訴え始め、やがて体が石になってしまった。

 インターネットにより拡散されていたその映像は世界各国で閲覧されていて、被害は世界中に広まり、誰もが、それが事実だと理解したのだ。


 さらに悪いことが起こった。

 石になった者達の体から、新たな雛が産まれたのだ。


 慌てた国々は、石化病と名付けられたその病に罹った者達を隔離し、死体を念入りに処分した。

 産まれた雛は、産まれた瞬間は映像に映るものの、その後の行方は杳として知れなかった。

 人々は映像を恐れ、テレビもインターネットも見るのを止め、雛を恐れて閉じこもった。

 だが、そんなことをすれば、すぐに行き詰まる。

 最初に、食料の流通が途絶えて、飢えが始まり、僅かな糧を求めて争った。


 とは言え、そのような負の連鎖ばかりが起こった訳ではない。

 多くの人が、助け合いの輪を作り、新たなネットワークを構築した。

 インターネットも、文字だけの交流なら危険はない。

 軍隊が直視を避けるためのソナーによる探査を行いつつ、セーフエリアを構築。

 避難所も開設され、そこを中心に食料配布も行われた。

 軍隊による雛の探索と殲滅も開始され、成功の報道があるたびに人々は熱狂し、希望を叫んだ。


 思えば、あの頃が、世界中が最も幸福なときだったのかもしれない。

 絶望からの逆転勝利。

 物語の定番だ。


 最初の映像が出回ったのが春の季節。

 逆転攻勢に出たのがちょうど秋の初め頃。

 御幸みゆきは、クリスマスの約束が守れるのではないか、と心が踊ったことを覚えている。


 だが、いずれ雛は成熟する。

 成長したソレは、キラキラ光る翼を得て、世界中の空を覆った。

 そのとき、全てが凍りついてしまったのだ。


 地球の自転は止まり、ただの宇宙に浮いた岩の塊になった。


 これまでの日々を思い出していた御幸みゆきの目の前に、バサリと、ソレが舞い降りた。

 殻となった者の姿を模すとされているソレは、可愛らしい少女の姿をしている。


『何をしているの?』


 悪意のかけらもない問い掛け。

 そう、その生き物に悪意などなかった。

 ただ、そういう風に生きている存在だっただけなのだ。


「大切な人と約束していたの、クリスマスには一緒にいるって。でも、もう会う方法がない、の」


 キラキラ光る悪魔を前に、まるで神に祈るように跪き、涙を零した。


「会いたいよ。最期に、あの人に会いたい」

『会えるよ』


 ソレはまるで天使のように優しく告げる。

 人の姿を写し取り、人の心を理解して、それでいながら罪の意識はない。

 世界を滅ぼしたのは、そんな存在だった。


「でも、もう飛行機も船も動かない。大事な人は外国にいたの。遠い遠い場所に……」

『大丈夫。インターネットがあるよ!』


 ソレは無邪気にぴょんぴょん跳ねて見せる。


「電気はもう通ってないよ」

『私達が、この世界の技術に似せて、通信網を作ったの。人間の情報を網のように世界中に張り巡らせたんだよ。だからみんなそこにいるの』


 何を言っているのかわからなかったが、ソレが嘘を言っている訳ではないことはわかる。

 なぜなら、御幸みゆきももう体を失った、情報体だけの存在だったからだ。

 電気が一瞬で通じるように、考えもむき出しのままで通じ合う。


『こんなところで一人でさまよってないで、お姉ちゃんも加わったらいいよ。そうしたら、大事な人にも会えるよ』


 天使のような悪魔の囁き。

 空にはもう星は見えず、きらめく羽根を広げたソレ等がびっしりと覆い尽くすだけ。

 

 これはこれで美しいのかもしれない、と御幸みゆきは思った。


「それはアナタに食べられるってことだよね?」

『うん。だけど、痛みはもう感じないでしょう? もうすぐ繁殖のためのお祭りが始まるから、インターネットも賑やかになるよ』


 周囲を見渡すと、ところどころから細い雷のようなものが、空へと駆け昇っている。


「あれは全部、元人間だった魂?」

『魂? ここの情報体は不思議なことを信じているよね。あれは情報だよ。私達は情報を食べて大きくなるの』

「そうなんだ。……もし、私が嫌だと言ったら、放っておいてくれる?」

『うん。インターネットの世界は自由だから!』


 どうも変な風に文明を理解しているようだ。

 とは言え、御幸みゆきの心は既に決まっていた。


「行くよ。だって今夜彼に会う約束をしたから」

『わかった。そういう個体、多いんだよ。ええっと、めるくり?』

「メリークリスマス、ね」

『それそれ。この世界の情報はユニークで好き!』


 無邪気な声を聞きながら、御幸みゆきは自分の個としての意識が消えて行くのを感じた。

 あなたは、そこにいるのかな?


 メリークリスマス! 聖なる夜にはインターネットで世界の人とつながろう。

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クリスマスには一緒にいようと約束したけど、世界がこんなになっちゃってて無理!ネットならずっと一緒にいられるって本当? 蒼衣 翼 @himuka

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