依存性♡デュアルネイチャー

早見羽流

はじめに

Prologue

 ──星花せいか女子学園じょしがくえん


 中高一貫の女子校であり、系列の大学は隣の市に存在する。

 創立されて70年のそれなりに歴史ある学校だが、12年ほど前から経営が赤字化。教育特区ということもあり、7年前から巨大複合企業の天寿てんじゅが経営に携わるようになり、理事長にも天寿の若い女性社長が就任した。


 要は大企業がバックについたお嬢様学校だと思っておけばよい。

 星花女子学園に入学する生徒の思惑は様々。単に女子校に入りたいとなんとなく入学する者、強い部活に惹かれて入学を志す者、バックの天寿への就職やパイプ作りを画策して入学する者。──そして、家庭的な事情があって、併設されている寮へ入ることを目的に入学を決意する者。



 そのような多種多様な生徒達が通う星花女子学園は当然ながら様々な噂が耐えないものだが、数年前から中等部にこのような興味深い噂があった。


 なんでも、中等部に髪の毛を金色に染めたお人形さんのような美少女がいるというのだ。

 校則で染髪が禁止されているわけでないが、お嬢様学校の星花女子学園で髪を染めている。──それも金髪というのは嫌でも目立つ。グレている生徒など滅多にいないのでなにかがあるに違いないと皆口々に言い始めた。


 そこで立った噂は以下の通り。

 曰く

 ・天寿社長の令嬢であるらしい

 ・天寿が極秘に開発しているアンドロイドの試作機であるらしい

 ・国民的大女優の隠し子であるらしい

 ・アイドル志望であるらしい

 ・電車内で痴漢をされた際に、相手を刺し殺したことがあるらしい

 ・人を食う妖怪であるらしい

 ・宇宙人であるらしい

 ・寮の同室の生徒を監禁しているらしい

 ・同室の生徒と夜な夜な盛りあってあるらしい

 ・満月の夜に血を求めて街を徘徊するらしい

 等々


 ちなみに、これらの噂は一部を除いて根も葉もない嘘である。

 では何故このような噂が立ったのか。それは彼女が謎めいた存在だったからだ。


 大人しい性格の彼女は、滅多に人と話さない。おまけに、部活には一切所属しておらず、授業が終わると直ぐに桜花おうか寮の自室に戻ってしまう。

 話しかけると笑顔で答えてくれるのだが、いつもどこか心ここに在らずといった様子で、別のことを考えているようであった。


 ただ、一部の生徒の証言によると、彼女は休日の度に歓楽街で同室の先輩と仲良く歩いている姿が目撃されており、桜花寮の彼女の隣の部屋の生徒は、薄い桜花寮の壁を通して『そういう声』を度々聴いており、彼女が同室の先輩と『そういう関係』なのだという噂もまことしやかに囁かれていた。


 まあその事は大した問題ではない。女子校である星花女子学園には女の子同士付き合うなんてことはよくある話だ。


 だが問題はその先。

 彼女と仲良くなろうとした一部の生徒達は、彼女の実態を知っている極小数の生徒たちから口を揃えてこう言われたという。


『悪いことは言わないからあの子──神乃かんの 羚衣優れいゆちゃんだけはやめておいた方がいいよ』


 と。


 どうして? 親切ないい子じゃん? と尋ねると、こう言われたという。


『そういう問題じゃないの。あの子ちょっとおかしいから……愛情が歪んでいるのかな……家族とか友達とか、そういう人たちに少しずつ分けられるべき愛情が一人の恋人に集中してるっていうのかな……とにかく、あの子と仲良くできるのは恋人だけだよ』


 と。



 それぞれ楽しく学校生活を送っている生徒達の中には、わざわざ虎穴に飛び込もうという勇気のある生徒はいない。

 自然と彼女の周りには必要最低限のことをやり取りする友達のような何かを残して、人間関係がほぼ消滅したのだ。──同室の先輩ただ一人を除いて。


 それが、変な噂が立つようになった主な原因であった。


 そんな腫れ物扱いをされている神乃羚衣優だったが、本人はそれを全く気にしていなかった。彼女にとっては恋人だけが全てであり、恋人以外の事象などほんとに気にする価値のない些細な出来事にすぎなかったのだから。



♡ ♡ ♡



 さて、今そんな地雷のだらけの空間に生身で突っ込もうという勇気のある生徒がいる。


 年度末も近づく3月のある日、中等部校舎のとある一室で大小二人の人影が顔を突き合わせて密談をしていた。電灯が消してある夕暮れの教室は薄暗い。そんな部屋の雰囲気が二人の妖しさを際立たせていた。


「──確かに、来年度同室の先輩が卒業しちゃったらどうなるか分かったものじゃないし、放っておけないと言ったけれど……無理することないのよ?」


 背の高い方の人影が心配そうな口調で呟く。彼女の長い髪が風に揺れて、夕陽を受けて床に伸びたオレンジ色の人型の影がゆらゆらと揺らめいた。


「えへへっ、ご心配なく。私入学した時からあの人のことが気になっていたんですよね……あの歪んだ愛情が全部あたしに向かってきた時に、いったいどうなっちゃうのかちょっとゾクゾクしませんか?」


 小さい方の人影は髪を結んでいるらしく、風が吹いても髪型はそこまで乱れない。相手に媚びるような可愛らしい表情の彼女は沈みつつある夕陽を眩しそうに眺めると、ふと口元に妖しげな笑みを浮かべる。


「うーん、まああの子のこと任せられるのはづきちゃんしかいないかぁ……理事長や寮母さんには私から言っておくから。──上手くやりなさいよ」

「ありがとうございます会長さん!」


 スキップをしながら部屋──生徒会室を去っていく小さい人影『づきちゃん』。


 部屋に残された『会長さん』は、はぁぁっと一つ深いため息をつくと、帳の降り始めた窓の外に視線を向けて、誰にともなく呟く。



「ほんと、私が生徒会長でいるうちは面倒ごとはごめんよ? 将来がかかってるんだから……」

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