第23話 海と星空の下で
それから一週間後。奏汰はようやく実験室で実験に勤しむことが出来るようになっていた。
「しかし、ドラゴンの卵の成分かあ。どっから手を付けるかな」
その合間に、奏汰は身体の暴走の原因となった卵について悩む。
異常なまでの性欲を実現する成分だぞ。
人間界に渡ったら大変なことになるなぁ。イコール人間界にはまだ存在していない成分ってことだよなぁ。
まずはそこで悩む。
「勃起という点だけを考えると、バイアグラとか。でも、あれって高血圧の薬を作ってて、たまたま出来たんじゃなかったっけ?」
ううむと悩むも、何一つ閃かない。
ついでにそんな媚薬を作りたいか? と悩む。
「ま、まぁ、ルシファーの性欲に付き合うとなるとなぁ」
あってもいいかも、とは思う。
が、すでに一回の誤使用で奏汰のアレは十分に敏感になってしまっている。枯渇の心配もなさそうな絶倫ぶりをはっきりしている。
正直、これ以上の性欲は要らない。
「まあ、成分が気になるのも事実」
と、別の実験に取り掛かりつつも悶々としてしまう。
ああもう、魔界ってやっぱり変だよなあ。
「やれやれ」
奏汰がそう溜め息を吐いていると、実験室のドアがノックされた。
「入っていいよ」
実験中は危険な場合があるからノックで報せてから開けるよう、ルシファーには口酸っぱく注意していた。というわけで、許可するとルシファーがいそいそと入ってくる。
「この部屋、変な匂いがするな」
で、ルシファー、入ってきて第一声がそれか。
「薬品を使うからどうしても匂いが出るんだよ。これでも大学に比べたらマシだ」
奏汰は大学なんて他にも実験室があるから大変な匂いだよと苦笑してしまう。
「ううむ。人間は変なところで我慢強いよなあ。あっ、それよりも奏汰。実験が終わったら遠出しないか」
「え?」
また唐突だなあと奏汰は呆れる。しかし遠出か。
思えば魔界に来て一か月ほど経つのに、未だルシファーの屋敷以外ではサタン城か下の繁華街の一部しか行ったことがない。
しかも、一度家出して悪魔たちに襲われそうになって以来、外出そのものをしていなかった。
だって、この屋敷で全部賄えちゃうからなあ。わざわざ危険のある場所に行く気にもならないし。
でも、ルシファーと一緒ならば大丈夫だ。こう見えてもルシファー、魔界ナンバー3。刃向かえる悪魔はいない。
「もう今日の分の実験は終わってるよ。どこに行くんだ?」
というわけで、奏汰はもう出掛けられるよとオッケーした。するとルシファーは満面の笑みだ。
「俺様がやっているリゾートホテル」
「いや、お前、ホテル経営までやってたのかよ。っていうか、それって健全なホテルだろうな」
告げられた場所に奏汰は色々とツッコみ。
「健全だよ。まあ、客室で何やってても文句は言わないってのはお約束だろ」
「ま、まあね」
旅行先で気分が高まってやる人は多いよね。と奏汰は顔を真っ赤にする。
「海があるんだ。行こう」
ルシファーは奏汰の手を引っ張り、出掛けるぞ~と元気いっぱいだ。
こうして二人は初めてのお泊まりデートへと向うことになったのだった。
魔界のリゾート地はまさしくリゾートだった。
「なにこれ? ハワイ?」
というわけで、奏汰がそう呟いてしまったのも無理はなかった。
そう、目の前に広がるのは白い砂浜。透き通った海、そして快晴の空。高級ホテルが建ち並び、観光にやって来た悪魔たちがのんびりまったり寛いでいる。
「なに? 奏汰くん。ハワイ行ったことあるの?」
「ないですよ。ってか、なんであんたまで」
ちゃらっとした笑顔、素晴らしい肉体美、びっくりするブーメランビキニを穿くのはルキアだ。
「サタン様がみんなで行けばいいじゃん♪ って。まぁ、俺はベルゼビュート様込みの3P要員だけどね~♪」
「いやいや、いやいや」
なにその嫌な要員。奏汰はどんよりしてしまう。
「まったく、サタン様も困ったもんだよな。どうして俺様と奏汰のハネムーンを邪魔するんだ」
そこに水着に着替えた(こちらもビキニタイプだ)ルシファーがやって来て、やだやだと顔を顰めていた。が、問題はそっちじゃない。
「ハネムーンじゃねえよ」
「え? 違うのか? 今日こそ最後までやるんだろ。だったらもうハネムーンでいいじゃん」
「いや、あの、え?」
誰が最後までやるのを許可したよ。いや、いずれはいいって言うんだけど、それ、ここで言わなくても良くないか。
奏汰が顔を真っ赤にすると
「いいねえ、奏汰くん~♪ 愛されてる~♪」
とルキアが茶化してきた。
マジうぜえ。根っからのホストってこういう時に困る。
「それより、奏汰。どうしてお前は水着じゃないんだ。せっかくこの海辺で奏汰の裸体を楽しもうと思ったのに!」
さらにルシファーがそんなことを言ってくるので、奏汰はますます真っ赤だ。
しかし、問題はそっちじゃない。
完璧な肉体美を誇る悪魔が二人。そこに貧弱ないかにも草食理系男子の奏汰が水着姿を晒せと。なんの拷問だよ。
「はあ」
ちらっと二人を見て、奏汰は溜め息。それにルシファーはきょとん。ルキアは意味が解っているようでにやにや。
「いいじゃん。世の中、細い華奢な体型がいいって人もいるよ」
ルキアがそう慰めてくれるが、男としてその言葉は嬉しくない。ついでに笑いながら言うな!
「なんだ、体型を気にしていたのか? そんなの、どうでもいいじゃん。俺様は奏汰が好きなんだぞ」
でもって、ルシファーはいつでもどこでもストレート過ぎる愛情表現をしてくれる。
奏汰はもう倒れそうだ。ついでに熱中症にもなりそう。
「俺はそれより冷たいものが食べたいよ。アイスとかかき氷とかないの?」
ビーチサンダルにTシャツ短パンだと暑いよ。奏汰はシャツをパタパタと訊ねる。
「ああ、そうだな。甘い物を食べてから泳ぐか」
で、ルシファー、泳ぐ気満々のご様子。
ってか、悪魔って泳げるのか。羽と尻尾があるのに。
「あれ、サタン様とベルゼビュート様は?」
ルキアは食べに行くのはいいけど二人が来てないぞと確認。
「ああ。あの二人はホテルでワンラウンドしてから来るってよ。さすがは悪魔同士のカップルだよなあ。欲望に忠実」
にししっと笑うルシファーの目は、しっかり奏汰をロックオンしている。
「アイス食べよう」
もうこんな悪魔ばっかりだよ。奏汰は呆れつつ、アイスを食わせろと主張するのだった。
あれこれ呆れ返ることはあったが、奏汰はこの遠出に大満足だった。
「すげぇ、癒される~」
ホテルのテラス、そこで波音を聞きながら眺める満天の星。こんなの、人間界でもなかなか経験できない。
「奏汰が笑顔ならば俺様は大満足だ」
その横でシャンパン片手に笑顔のルシファー、その笑顔で遠出大成功と喜ぶ。
「お前って本当に素直だよなあ」
そんなルシファーに、奏汰は思わずしみじみと言ってしまう。
「素直が一番じゃん。大体、我慢しないから俺様は何においても素直だ」
ルシファー、何を言っていると鼻で笑ってくれたが、奏汰はなるほどねえと目から鱗が落ちた。
つまり、欲望に忠実に生きるイコールで素直になるということらしい。
しかも他人を蹴落として何かをする必要がないルシファーだ。そりゃあ、真っ直ぐな性格になって当然というところだろう。
「いやあ、お前といるとつくづく感心させられるよ」
「褒めるな」
「いや、別に褒めてない」
おかげで俺の人生設計が285度はずれたんだからな。当初の計画に悪魔と付き合うなんて存在しないからな。
「そういう奏汰も素直じゃん。素直じゃなかったら、俺様と一緒にいようって思わないだろ」
睨む奏汰に、ルシファーはふふんと余裕の態度でシャンパンを飲む。
腹立つなあ。でも、その指摘は事実なんだろうなあ。
「それは素直じゃなくて妥協だからな」
しかし、素直ゆえにこうなったわけじゃないと、そこはしっかり否定させてもらう。素直だったらお前と縁を切ることに全力を注いでいるはずだ。
「でも、この生活も悪くない」
けれども、今は惚れてしまったからには、そう付け加えるしかない奏汰だ。
真っ赤になって呟く奏汰に、ルシファーはもう我慢できないと抱きつく。
「おい」
「いいじゃん。ここ、ホテルの最上階だよ」
「いや、まあ、そうだけど」
テラスで抱き合っていたからって覗かせる心配はないんだけど、やっぱりまだ恥ずかしさはある。
このキラッキラのイケメンが俺の彼しかあ。やっぱり感覚としてはまだ変だ。
「それよりほら、ふかっふかのベッドで」
ふふっと笑うと、ルシファーは奏汰の耳をぱくり。
「おいっ」
抗議するも、声がすでに甘くなってしまっていた。奏汰はそんな自分の声にも赤くなる。
「可愛い。この星空の下で抱きたくなる」
「それはマジで止めろ」
ヤバい。流されているととんでもないことになると、奏汰はルシファーにデコピン。
「いたっ。まったく、俺様に平然と攻撃してくるのは奏汰だけだ」
「ふん、恋人特権だね」
「それは当然」
「っつ」
からかっても平然と返してくれるんだから、このルシファーには敵いそうにない。
「ほら、ベッドに連れてけよ」
奏汰はもう好きにしてくれとルシファーに抱きついた。すると、ルシファーは張り切ってお姫様抱っこをしてくれる。
「じゃあ、今夜こそ」
「う、うん」
繋がってもいいですよ。奏汰はそっぽを向きつつも、ちゃんと頷いていた。
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