第10話 悪魔は意外と真面目

 勤勉な悪魔たちは本当にパソコンを導入しようとしていた。人間界から調達してきたというパソコンは二年前の型だったが、十分に使えるものだ。

 今のところサタンとベルゼビュートの執務室にしかないと言うので、一先ずサタンの部屋で教えることになる。

 しかも執務室、県知事なんかの執務室と変わらなかった。

「すげえな。どこから持ってきたんだ?」

 高そうな椅子に座り、奏汰はパソコンの初期設定をしてあげながら思わず確認。

「失礼な。ちゃんとヤ○ダ電機で買った」

「普通に大手電気店で買ってる!?」

 サタンが腕を組んで言う言葉に、奏汰はビックリした。しかし、よくよく考えればルシファーも一万円に換金していたことだし、そういうルートがあるのか。

「あるぞ。未だ古式ゆかしく悪魔信仰をしている人々がいる。彼らと通じで悪魔の物品と現金に交換してもらうんだ。基本はユーロだが、日本円にしてくれって頼めば円で用意してくれる」

「マジか」

 ということは、これ、正真正銘の新品かあ。ってここ、Wi-Fi繋がっているんだ。サクサクと進む初期設定に、奏汰はやはりビックリ。

「Wi-Fiはどうしてるんだ?」

「それも悪魔信仰の連中の事務所を介している。世界征服のため、我らもホームページを作るのだと言ったら、あっさり了承したぞ」

「へえ。で、ホームページは作るのか?」

「作らん。ってか、そいつらが勝手に作ってる」

「・・・・・・その人たち、サタンの言葉は何でも鵜呑みにしちゃうんだな」

「ああ。支配しやすい連中だ」

 そこでにやっと笑う様は、さすが悪魔の王という顔だった。横にいるルシファーは呆れていたが。

「じゃあ、インターネットの設定もしておくな。言語は英語でいいのか?」

「ああ。というか、奏汰。英語を普通に使えるんだな。日本人は苦手だと聞いたぞ」

 サタン、なぜかそんなところをツッコんでくる。確かに日本人は苦手だね、英語。

「もともと好きだったから勉強してたんだよ。喋るのは苦手だけど、リーディングは問題ない」

「へえ」

 そういうものなのかと、今度は悪魔三人が揃って感心した様子だ。

 何なんだ、この状況。

「ほい。これでウイ○ドウズは問題なく動くよ。エクセルはこれだな」

「ほうほう」

 画面を開いてあげると、悪魔三人は大喜びで覗き込んでくる。

 ああ、なんか新鮮。こっちが驚かされてばかりだけど、普通にこいつらも喜んだり驚いたりするんだ。

「それで、どういう計算をしたいんだ」

「これ」

 サタンはいそいそとファイルを渡してくる。中をパラパラと確認すると、先ほど話題になった納税関係のようだ。

「ううん。これ、経理ソフトを入れた方が早いんじゃないか?」

「経理ソフト? そういうのがあるのか」

「うん。俺も詳しいわけじゃないけど、ちょっと待って」

 奏汰は先ほど繋いだインターネットを早速駆使し、これとネット通販のサイトを開く。

「ふむふむ。これがあると支出の計算が簡単なんだな。凄いなあ、人間界は。いつも驚かされる」

「本当ですね」

 サタンとベルゼビュートが嬉しそうにしている様子に、

「本当にこの人たち悪魔なの?」

 奏汰は思わずルシファーに確認しちゃうのだった。




 結局あれこれ仕事を手伝い、サタン城を後にしたのは午後六時だった。

「ううん。久々に真面目に何かをしたって気分」

 奏汰は色々手伝ってくれたお礼としてサタンがくれたチョコを食べつつ、心地よい疲れにふうっと息を吐き出す。

「まったく。結局俺様も事務仕事をする羽目になった」

 しかし、横でルシファーはむくれていた。やりたくなかったのに~と全身で表現している。

「いいじゃん。で、これからルシファーのやってるレストランに連れてってくれるんだろ」

「ああ。そうだとも!」

 そこでしゃきんっと復活するルシファーだ。ようやく俺様のターンとばかりに嬉しそうだ。

「奏汰にも魔界をどんどん案内したいからな。まずは俺様のレストランからだ」

「うんうん」

「先にベヘモスが行っている。こっちだ」

 ルシファーは奏汰の手を取ると、ルンルン気分で歩き出す。途中すれ違った悪魔たちがびっくりした顔をしていたが、ルシファーはお構いなしだった。

「ルシファー、注目されているぞ」

「いいんだよ。俺様は奏汰を見せびらかしたい」

「おいっ!」

 見せびらかすって何だと奏汰はイラッとツッコむ。

 それにしても、町中にいるのが悪魔なのは確実として、みんな普通なんだなと思う。城からずんずん進んで徐々に繁華街に入ってきたが、角や翼や尻尾がなければ普通の欧米人と変わらない感じだ。

「普通だね」

「それはそうだろ。悪魔は人間に近しい存在だからな。むしろ天界の方が人間には理解出来ないことばかりだと思う」

「え、そうなのか?」

 ルシファーのとんでもない発言に、それはないだろうと奏汰は思う。が、魔界がすでにイメージと違うからなあと、リアクションに困るところだ。

「何を言っているんだ。悪魔は人間の欲望から生み出された存在だ。つまり、悪魔は人間と同じような考えをするし、同じように商売したり快適に過ごしたいと思ってる」

 しかし、ちゃんと理解しろとルシファーは歩きながら説明を開始した。

 こいつも根が真面目なんだろうなと奏汰は呆れつつ拝聴。

「だから町並みも普通だしこうやって商売して活気がある。裏通りにはキャバクラやホストクラブだってある」

「マジか」

「マジだ。一方の天界は清く正しく美しくがモットーだぞ。しかもその美意識は人間とは恐ろしくかけ離れている。上位の天使なんて、お前大丈夫かよって奴が多い」

「元天使がディスっていいのか」

「いいんだよ。元、だからな。言いたい放題だ」

「ああそう」

 前の職場は悪かったっていうバイトの先輩を思い出す奏汰だ。

「飯も拘りがないから、パサパサのパンがメインだし服装は白一択だし、マジでないね。人間ならばすぐに息苦しさを覚えるはずだ」

「へえ。あれか、校則が多い学校みたいな」

「そうそう。綺麗で清潔かもしれないけど、あれこれ煩い。周りを見渡せば生活指導だらけだ」

「うわあ」

 確かに嫌かも。奏汰は天界って中学校みたいな感じなんだと呆れてしまった。




 ローマを思わせる町中を抜けると、その突き当たりにルシファーの経営する店があった。繁盛しているようで、店の中はとても賑やかだった。着飾った悪魔たちが、楽しそうに料理に舌鼓を打っている。

「へえ。すげえな」

 奏汰はそんな世の中のどこにでもあるレストランの光景に普通にビックリだ。いくら悪魔が人間に近いとはいえ、ここまで一緒でいいのかとも思う。

 横を見ると、ルシファーは店の繁盛っぷりに大満足のようだった。にこにこと笑っている。そこに店長というプレートを胸に付けたコウモリ羽のある悪魔がやって来て挨拶。

「ルシファー様、ご無沙汰しております」

「いいよいいよ。ちゃんとやってくれていれば問題ない」

「ありがとうございます」

 出資者のお褒めに店長はほっとした様子だ。そしてちらっと奏汰を見て

「人間?」

 とビックリしていた。

「そうだ。こいつは俺の伴侶だ」

「おい」

「左様でございましたか。失礼いたしました。どうぞお見知りおきを。すぐにベヘモス様を呼んで参ります」

「よろしく」

 店長は奥に引っ込み

「旦那様、奏汰様、こちらです」

 奥から先に来ていたベヘモスが現われ、店の奥に案内される。なぜ店長がやらないんだ。

「役割の違いだよ。店長が相手すべきは客であってオーナーじゃない」

「ふうん」

「それに、俺様はこれでも上位の悪魔だからな。店長クラスでは長く対話しないのが普通だし。まあ、俺様はそういうのはいいんじゃないかと思うけど、そういう習慣を変えるのは難しいんだよね」

 ルシファーは今時身分社会ってねえと苦笑している。日々お貴族様の暮らしをしているくせに身分反対なのかよ。まあ、ルシファーの場合、貴族って身分がなくても上手くやって行けそうだ。すでに服屋にレストランを経営していることだし。

 しかし、そういうルールを守りたい人たちの心情も解る。

 上位の奴が一緒にいると息苦しいもんな。

 それが答えだろう。

「こちらです」

 レストランの一番奥、個室になっている場所が予約された席だった。ここを使うと先ほどまでのエリアと違って席料金が取られるらしい。とはいえ、ルシファーはオーナーなので関係ないが。

「メインはお肉かお魚、どちらをオーダーなさいますか?」

 ベヘモスが城にいる時と変わらず、そう訊いてくる。

「俺様は肉だな。奏汰は?」

「そろそろ魚が食いたいかも。でも、どんな魚があるんだ?」

 奏汰は肉に飽きたものの、変な魚が出て来ないよねと一応警戒。

「本日のメインとして提供されるのはスズキです」

 しかし、ベヘモスから聞き慣れた魚の名前が出て来て一安心だ。

「じゃあ、魚で」

「畏まりました」

 ベヘモスは一礼すると、そのまま厨房の方へと歩いて行く。それは店員の仕事じゃないのか。

「まだまだ解らないことだらけだなあ」

 一応身分があるらしい。そして割と厳格であるらしい。それは掴めたものの、魔界の不思議はまだまだ沢山あるのだった。

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