第3話 押しが強すぎる
衣食住を押えられてしまったということは、イコールで反論権がないというわけで、奏汰はあの透け透けの服を着る羽目になっていた。
だって、服のほとんどは捨てられていたからだ。本当に必要そうな物だけ残されていた。辛うじて残っていた衣服は下着だけだった。
「俺、明日から何を着て学校に行けばいいんだよ」
めっちゃ透け透けの心許ない服に、奏汰は思わず頭を抱える。
が、横にいるルシファーはめっちゃ嬉しそう。テンションが上がっている。
「いい。いいよ、奏汰。似合うに決まっていると確信していたが、ここまでとは」
「・・・・・・」
「その華奢な腰のラインが強調されていてなおいいな。うん。でも、やっぱりそのパンツは頂けないな。明日からはもっとエロいのを用意しよう」
奏汰はそこまで聞くと、そっと布団を持ち上げて下半身をガードする。その布団も、自分の家では考えられないほどふかふかと軽いものだった。
「ってか、さりげなく俺のベッドに入らないでくれる」
現在、シャワーを浴びて着替えた奏汰はベッドの中にいる。するとルシファーもベッドに付いて来て、超邪魔だ。今朝も思ったが、羽の生えた細マッチョの男が横にいるのは圧迫感しかない。
「なぜだ。奏汰が寝付くまで見守るのが俺様の役目だ」
「なんでだよ。まさか寝た隙に何かする気かっ!?」
危ねえと距離を取ると、ルシファーはくすり。
「言っただろ。ごり押しは可能だが、それでは長続きしない。俺様は伴侶としてお前を求めているんだ。抱くのはお前が俺様を心から受け入れ、悪魔に堕落すると決めてくれた時だ」
「いや、何その条件。紳士的なのかそうじゃないのか解らねえよ。ってか、絶対ない。俺が悪魔なんて絶対ない」
「ほう。すでにそのパジャマを着ているのに」
拒絶する奏汰をルシファーはやんわりと追い込んでくれる。
くそぅ、そうだ、今の奏汰には逃げ道というのがない。
「――大学には行かせてくれるんだろうな」
「ううん。それは奏汰の態度次第だよ。もしここからトンズラするつもりなら、絶対に行かせない」
「っつ」
先回りされて牽制されてしまった。
ともかく友人の家に逃げ込み、後は親に頼み込んで別の部屋を探そうと思っていたのに。
「い、行かせないって、俺は」
「ここでの生活は何不自由なく過ごせることを約束する。でも、俺様から逃げようなんて思うなよ」
俯く奏汰を、ルシファーは優しく顎を持ち上げてにやり。
くそっ、どこまでも俺様キャラだ。悪魔だから仕方がないとしても、妥協しろ。
「なんで俺」
「可愛いから」
「・・・・・・」
そして理由は一貫している。いやもう、自分の顔のどこがいいわけ。解らん。可愛さを求めるのならばアイドルとか俳優を捕まえればよかったんじゃないか。
「逃げないから大学には行かせろ。っていうか、卒業させろ」
「ふうん。まっ、朝までに手は考えておこう。絶対に逃がさないからな」
「・・・・・・カップ麺買ってくるし」
「それは当然だろ」
ああもう、どこまでも俺の言い分は聞かないつもりか。
奏汰はそのまま布団に潜り込む以外にルシファーを無視する手段がないのだった。
疲れていたからか、朝までぐっすり眠っていた。しかし、もぞっと起きて横にルシファーの整った顔があるのを確認してしまうと
「ぎゃあああ」
と反射的に叫んでしまう。それにルシファーは煩いなあともぞもぞ。
「おまっ、寝付いたらいなくなるんじゃなかったのか?」
奏汰は思わず自分の衣服が乱れていないかチェックしてしまう。
よかった、透け透けの心許ない服だが、ちゃんと身につけたままだ。
「おはよう、奏汰。朝から元気だな。だが、俺様はもう少し寝ていたい」
バタバタとしている奏汰を横目に、ルシファーはしれっとそう言い、再び眠りに就いてしまう。
何なんだ、こいつ。って、悪魔か。元天使長の悪魔様か。
奏汰ははあっと溜め息を吐き、ともかく大学に行く準備をと思ったところで、服がない事実に気づいた。そう、パジャマは無事だったが、自分の持っていた服は無事ではなかった。奏汰は頭を抱え、ついでベッドの上のルシファーの額をべちべちと叩く。
「俺、大学に行きたいんだ。服を寄越せ」
「ううん。俺様の額を叩いた上に高圧的なんて、駄目な子だな、奏汰」
べちべち叩いていた手を捕まえ、ルシファーはにやり。その顔は確実に悪巧みしている。
「な、なんだよ。言い方が悪かったなら謝るよ。いや、待てよ。そもそもお前が勝手に俺の服を捨てたせいだから、謝るっておかしいよな。弁償しろって言える立場だし」
しかし、そんな悪巧みを気にしていられるかと、奏汰は言い募る。すると、ルシファーはくすくすと笑い出した。
「何だよ」
「いや、さすがは俺様の本能が伴侶にすべきと察知した男だ。そうこなくちゃな」
「は?」
訳わからん。いや、それは今に始まったことではないが、今までで最も不可解だ。
そう思っていたら急に手を引かれ、ルシファーの上に寝転んでしまうことになる。
「俺様にそこまで言えるのは奏汰だけだ」
「へえ」
間近で見るルシファーの顔はやっぱり整っていて、そしてフランス人っぽいなと思う。まあ、チャラいからイタリア人が正確だろうか。しかし、無駄に気品があるからやっぱりフランスっぽい。
思わず見惚れてしまう奏汰に、ルシファーはにやり。
「キスしてくれたら、大学に行くための服をやろう」
そんな要求をしてきて、奏汰はぼんやりと見惚れていた状態からぎっと睨む目に変わる。
「何でだよ。弁償しろよ!」
「ほう。ではずっと俺様の腕の中にいるがよい。別に今日一日お前を抱っこしたまま過ごしても、俺様は全く困らないからな」
「ぐっ」
せこい。そういうところはやっぱり悪魔だ。奏汰は歯ぎしりしていまう。しかし、現状を打開するためには要求を呑むしかない。
「っつ」
勢いよく唇を重ね、がばっと身を離す。奏汰は顔を真っ赤にしたまま、これでどうだとルシファーを睨んだ。すると、ルシファーはきょとんとした顔をし、そしてははっと大笑いを始める。
「奏汰、サイコーだよ」
「そ、そうか。じゃあ、服を寄越せ」
「はいはい。ベヘモス、用意してやれ」
ルシファーがベヘモスを呼びつけ、ようやくベッドから脱出することが出来たのだった。
キスする場所は唇でなくてもよかった。
その事実に気づいたのは、ルシファーが選んだ品のよい服を身に纏い、食堂で朝食を食べている時だった。
「奏汰にキスしろと言ったらいきなり唇が重なったんだ。やはり運命だな」
ルシファーが上機嫌でそう言うのを聞き、奏汰はごふっとオレンジジュースを吹いてしまう。危うくゲットした服を汚すところだった。しかもこの服、奏汰には絶対に買う事が出来ない高級ブランド品である。パジャマは透け透けだったが、普段着のセンスは抜群によかった。
「おめでとうございます、ルシファー様。この分ですと、ご婚礼の儀も近いですな」
「ああ。今まで伴侶なんていらないと思っていたけど、やはり運命の相手というのはいいな」
「はい」
しかし、そんな慌てる奏汰を無視して、ルシファーとベヘモスはそんな会話を展開していた。誰か助けてくれ。
「だって、キスしろって」
奏汰がもごもごと言い訳すると、ルシファーはにやり。
「なるほど、キスと言われたら唇という知識しかなかったのか。つまり、俺様はお前の初めての男ということだな」
「なっ」
「実は誰とも付き合ったことがないんだろ?」
にやっと笑われ、奏汰は顔が真っ赤になる。それは怒りと恥ずかしさが同居していた。つまり、ルシファーの指摘は全面的に間違いではない。
「付き合ったことはある。でも、いざって時になると、お友達でいたいって言われて」
三ヶ月前の痛手を思い出し、奏汰はううっと唸ってしまう。
大学生になり、彼女が出来たと思ったのに、いい人で終わってしまった。手を繋いでデートまでしたのに、その先はNGを出されてしまった過去が蘇る。
「ほほう。つまり、唇を重ねるキスは俺様がお初。ついでに、処女も頂けるわけだ」
「しょ、処女って言うな!」
「じゃあ、童貞」
「言い直されてると余計に腹立つ!!」
女の子扱いされるのも腹立つが、男として未だ未使用であることを指摘されるのも恥ずかしい。
奏汰は本格的に頭を抱えてしまう。
「可愛いなあ」
「はい。奏汰様は素敵な御方です」
が、聞こえてくるのはデレデレするルシファーとベヘモスのお追従だけ。
ああ、悲しい。そして苦しい。
「諦めろよ。お前は人間とは釣り合わない。ついでに女とは無理なんだ」
「なにその嫌な断言」
「そもそも顔の作りが総てを物語っていると思うがな。気づかないのか」
「いやいや。俺みたいなタイプの顔、いっぱいいるからね。お前の偏見と狭い視野のせいだ」
ルシファーと結ばれる運命だったなんて嫌だ。奏汰は悶え、そして疲れてしまう。美味しい朝ご飯も、何だか味がしなくなった。
「大学に行ってくる」
「まあ、待てよ。俺様も行く」
「は?」
何を言い出すんだ。奏汰はぎょっとした。まさか大学までついて来るつもりなのか。
「警戒するな。だが、俺様はお前を逃がさない。悪魔は一度決めたらそれをねじ曲げることはないからな」
「曲げてくれ、280度くらいにねじ曲げてくれ」
奏汰はぐったりとし、ベヘモスにホットコーヒーを注文するのだった。
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