魔界大帝デスドドンガーの逆ギレ

神城英雄

第1話






 その日、確かに決戦はあった。



 世界を破滅の危機におとしいれた邪悪な大神官グラヴァラ・ゴースのたくらみは、キレフリンデ王国の至宝たる可憐かれんな美姫、アシャンテ第一王女の憂いをきっかけに立ちあがった英雄、勇者カイルによってみごとに覆された。


 キレフリンデ王国、アルマイ連合、オルトランド連邦、ガルダ獣王国の、のちの歴史で言うところの「善の四国」を中心に、さまざまな小国家群が立ちあがり、大神官グラヴァラ・ゴースの洗脳下にあった、ボラーザ皇帝が支配するボルザ帝国、エキルダ教皇が支配する神聖ミリダス教国の、後世悪しざまに罵られる「悪の二大強国」の軍勢を押しもどし、世界に拮抗状態という名の一時的な平和が訪れていた、まさにそのときである。



 勇者カイル、聖女ミリア、ほかどうでもいい戦士のおっさんたちの、歴史にいまだ名を残す「勇者パーティー」は、大神官が差しむける邪教団やモンスター軍団を退けながら、まるで矢の如くに一直線にボルザ帝国領内を貫き進み、大神官の居城たるゴロゴロダークネス邪神殿へと到達した。


 ゴロゴロダークネス。じつに馬鹿馬鹿しい名前だが、これは大神官グラヴァラ・ゴースの趣味であるからして、けっして作者のネーミングセンスの問題ではないことをここに申しそえておく。



 さてそのまがまがしい偉容を誇る巨城、ゴロゴロダークネス邪神殿に足を踏みいれた勇者パーティーは、大魔術師ヴァルザスやら大将軍オゴ・ドネルやら、魔獣ゲ=オルガ、魔人ゾルなどの四天王をも打ちたおして奥殿へと至り、その邪悪な装飾でいろどられた広大な石造りの薄暗い広間で、ついに諸悪の根源である大神官グラヴァラ・ゴースその人との対決の幕が開いたのである――





「ぐわあ! やられたー!」



 律儀な説明台詞を吐きながら件のネーミングセンスのない大神官が血だるまになって吹きとび倒れる。



「お前の悪事もこれまでだ!」



 聖剣スティングレイルをきらめかせ、勇者カイルが都合四回目の決め台詞を吐いて、都合四回目の決めポーズを取った。聖女ミリアはステキ! と都合四回目のうるうるずきゅんだが、その他のどうでもいい戦士のおっさんたちは、やや微妙な面持ちである。



 だが往生際の悪い大神官は血だるまになりつつも、不敵な笑い声をあげて立ちあがり、勇者カイルに指を突きつけてこうのたまった。わりと元気そうである。



「よくぞこのワシの邪神法力を打ちやぶった、勇者カイルよ! ……だが、決め台詞を吐くのはまだ早いぞ」


「なんだと! 俺に五回目の決めポーズの機会をくれるのか!」


「ステキ!」


「「「(まだあるのかよ……)」」」



 どうでもいい戦士のおっさんたちの内心を無視してお話は進む。血だるまの大神官は、その腕をわりと元気に交差させ、わりと元気な大声で叫んだ。



「我が術すでに完成せり! ――いでよ、魔界大帝デスドドンガー!」


「なんですって! 魔界大帝デスドドンガー!?」



 これに反応したのは色ぼけ聖女である。そのうるわしい白いおもてをさらに白くして、勇者にとうとうと説明をはじめた。この間、勇者と大神官はそれぞれのポーズを取ったままポーズ中である。お約束なのである。



「勇者さま! 魔界大帝デスドドンガーと言えば、それは魔界の大悪魔! 魔界の大王とも大侯爵ともうたわれる大魔神です! かつて幾度も歴史にその爪あとを残し、かの先史魔法文明をも滅ぼしたと言われる伝説の存在! 魔界大帝デスドドンガーには聖剣スティングレイルでもかないません! いいえ、なぜと思われるかも知れませんがそうと決まっているのですシステム的に! わりと第四の壁をぶち破った感のあることを言っているように聞こえるかも知れませんが気のせいですええ気のせいですとも! 魔界大帝デスドドンガーにだけは! 魔界大帝デスドドンガーにだけは! 魔界大帝デスドドンガーにだけは、勇者さまでもかないません! ここはどうか退却し、捲土重来をはかる建前の上でわたしと愛の逃避行と愛の巣づくりをするべきです! いいえ、絶対そうに違いありません! これは愛の神ラヴィーさまのお告げに違いありません! 魔界大帝デスドドンガーが召喚されたとあっては、さすがに勇者さまと言えど撤退するにやむなし! 魔界大帝デスドドンガー! 魔界大帝デスドドンガー! 魔界大帝デスドドンガーがあらわれたと言えばアシャンテ王女さまもきっとわかってくれ――」



『やかましいわあああああああああ!!』



 勇者と大神官がお約束ポーズ中であることをいいことに好き勝手言いはじめて作者も止まらなくなっていた感のある色ぼけ聖女ミリアの台詞を、地の底から響くような第三者の大音声の叫びがやっと打ちきってくれた。魔界大帝デスドドンガー、いいひと疑惑の爆誕である。



「おお、魔界大帝さま! なんというたくましいお姿!」


「あれが魔界大帝だというのか! なんというおぞましい巨体だ!」



 大神官と勇者がそれぞれ、邪神殿の奥殿である邪悪な装飾でいろどられた広大な石造りの薄暗い広間の、その奧の魔法陣から出現してわりと出番待ちしていた魔界大帝デスドドンガーの姿に、やっと反応するチャンスを得て逃さなかった。ここを逃すと色ぼけ聖女の台詞がまだ続きそうだったので。



 魔界大帝デスドドンガー! それは恐ろしい大悪魔であった。身の丈およそ五メートル近く、赤黒い肌の筋骨隆々マッチョボディーで、腕は四本。大きなふとい角を二本頭から生やし、顔は見るも恐ろしい邪悪な鬼面。目は赤くらんらんと光り、牙が無数に生えそろった大口、邪悪な装飾のトゲトゲの黒い鎧を着こんでいる。四本ある腕にはそれぞれ巨大な剣、鎚、槍、そしてまがまがしい邪悪な魔法の杖を持っていた。



「ちっ……あれが魔界大帝デスドドンガー! 伝説にある通りです勇者さま! ああっ、わたしは恐ろしい! あの巨大なたくましいものでわたしが貫かれてしまう前にどうか! どうか勇者さま、わたしを連れて逃げてその先で愛の逃避行と洒落こんだあげくに愛の巣を構築してその! そのたくましい聖剣で私をつらぬ――」


『だからええかげんにせいやそこの色ぼけ女! 話が進まぬわ!』



 魔界大帝デスドドンガー、本日二度目の突っこみである。勇者も大神官も救われた笑顔で魔界大帝を思わず見あげた。いい笑顔である。



『黙って聞いておればぺらぺらぺらぺらとひとの悪口ばかりならべたておって! ――おい、そこのお前たち、こっちきて座れ。正座しろ』


「えっ」


「あ、はい」



 魔界大帝デスドドンガーは苛立ちを隠さず、召喚者である血だらけながらわりと元気そうな大神官グラヴァラ・ゴースと、都合五回目の決めポーズのための仕込みに入っていた勇者カイルに怒りの矛先を向け、巨大な武器をなにやら空中に消してあぐらをかいて座り、おのれの前の石の床を顎で指した。たいそうお怒りらしいので、大神官と勇者はそそくさと従い、魔界大帝の前で正座した。



「えっと……」


「「「(俺たちは……?)」」」


『そこの色ぼけ女と、どうでもいい連中はちょっと立ってろそこで』


「「「「あ、はい」」」」



 魔界大帝デスドドンガーは、大神官と勇者が目の前で正座したのを見計らうや、いきなり大きくふといため息を深々ともらした。そしておもむろに説教をはじめた。



『あのなぁ……困るんだよ。今日うちの結婚記念日なの。遅れたら奥さんおかんむりなの。わかる?』


「「あ、はい」」


 大神官と勇者はそろってすまなそうに頭を下げた。しかし魔界大帝の魔界説教は終わらない。話しながらまた火が付いてきたらしく、どんどん声が大きくなって、石の床がぐらぐらとゆれる。



『だいたいお前らなんなの? 俺たちをなんだと思ってるの? 勝手に呼びだしたと思えば報酬として女の死体だの獣の生き血だの! そういう趣味なのお前ら人間て!? ええおい!! 生臭くて気持ちわるいんだぞこっちもああ!? いらねえんだよ、そんな生ゴミはよお!!』


「「すいません……」」



 そこで魔界大帝は矛先を勇者と聖女とどうでもいい戦士のおっさんたちに向けた。



『あと勇者ども。お前らさ、光の使徒ー! とか闇を滅ぼせー! とか、いつもいつもいつもいつもいつもいつも軽々しく言ってくれちゃってるけど、それがどういうことかわかってんのか? ああ!? わかってんのかっつってんだよオイ!!』


「「「えっと……」」」


『あのな、光も闇も二つでセットなの。どっちかが欠けても世界のバランス壊れるんだよ! いいか? たとえば闇をなくしたとする。死をつかさどってた闇がなくなる。――どうなるよ? ああ!?』


「「「いいことでは……」」」


『はぁ~……これだから脳筋てやつはよ。いいか? 寿命がなくなる。地上の人間たちも獣たちもポコスカ子供産む。でも誰も寿命で死なない。どうなる? 地上はどうなると思う?』


「人が……」


「いっぱい?」


『そうだよ。獣もいっぱい。食いもんない。未曾有の大混乱だよ! だいたいさ、お前ら俺たちをなんだと思ってるの?』


「「「それは悪の……」」」


『あのなあ! そんな地上のアホどもの世話なんぞしてねーってんだよ!! こっちはな、地下世界で毎日毎日毎日毎日! 延々と死体処理の仕事してんのよ、わかる? わかるかおおん!? お前らが死んで! その霊体から魂ひっこぬいて! 天上界へ発送作業だよ! これ毎日休みなしだぞああ!? お前らが一日でも死ぬのやめてくれたことあるか!?』


「「「いえ……すいません」」」


『俺らがお前も、お前も、お前のも! 前世の霊体から魂ひっこぬいて天上界に送って! そんで天上界の連中がまた休みなくポコポコポコポコお前らが産みちらかす赤ん坊に! 毎日毎日ヒーコラ必死こいて魂埋めこんでいってるわけよ! そうしてお前らが生まれてくんの! わかる? 俺ら地下世界のもんと天上界の連中がセットで働いてるからお前ら生きてんだよわかれよああ!? わかれっつってんだよ!!』


「「「あ、はい」」」


『あとそこの正統派ヒロインづらしてる色ぼけ聖女。お前の前世、ハゲたおっさんだからな? 俺が魂抜いたやつ』


「え」


「ちょ! それ今言う必要ある!?」


「おっさん……」


「勇者さま、その目やめて」


『あとな、そこの血だるまのアホ! お前らみたいな悪を気取ってるアホどもがいるから――』






 その日、確かに決戦はあった。


 だが、歴史書には詳細は記されていない。






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