クリスマスのお話
RIN
第1話
「悪りぃけど別れてくんね?」
あ、知ってるこれ。晴天の霹靂ってやつだ。
話は数時間前に遡る。
待ちに待った12月25日。クリスマス。私は人生で初めて彼氏なるものと、この聖なる日を過ごす。去年まで、「クリスマスに浮かれるカップル共なんか爆発してしまえ」とか、女友達と平気に言ってたのに、いざ当事者となると浮かれずにはいられない。ちなみにその女友達にはめちゃくちゃ煽っておいた。
彼のために買った新しいコート。自分なりの精一杯のおしゃれをした。お化粧にも気合いを入れた。クリスマスが楽しみで仕方なかった。
それなのに......
「他に好きな人が出来た。悪いが別れてくれ」
冒頭の彼の言葉に戻る。あまりの衝撃に、私は口を動かすことができなかった。
「ごめんな。そういうことだから」
そう言って彼は私の前から去っていこうとする。
「......待って」
掠れた声では彼に届くはずもなかった。
ほんとにショックを受けた時、人は涙すら出ないらしい。自分を保つのに精一杯で、泣くパワーすら残ってないみたいだ。
寒い。彼が手を繋ぐ時に手袋を嫌がって以降、私は手袋を彼の前ではつけないようにしてきた。
......さっきの彼、手袋してたな......。
「お姉さん大丈......じゃなくて、そこのお嬢さんや、大丈夫かの?」
ギョッとして振り返ると、サンタクロースがいた。声がめちゃくちゃ若い。
「手が寒いんですか......じゃなくて手が冷えておられるのかな?」
多分、近くの雑貨屋の呼び込みの人なのだろう。ちょこちょこ素の話し方をサンタっぽい口調に直してるの可愛い。
「は、はい。手袋持ってなくて」
「じゃあ、これを使うとよいぞ」
そう言うと、その呼び込みサンタは左手の袋の中を漁り始めた。......しかし、何も出てこない。
「あ、これお菓子しか入ってないんだった......」
そう小声で呟くと、おもむろに自分のモコモコの手袋を外して私の方に差し出した。
「これを使いなされ」
「いや、そんないいですいいです申し訳ないですぅ」
外の仕事でさぞかし寒い思いをしているだろう。そんな人からさすがに受け取れないので断ろうとすると、
「僕はいいの! 下にもう一つ薄めの手袋をしてるから大丈夫だから!」
急に語気を強めた彼に思わずギョッとした。よくよく見ると確かに、スポーツ用的な手袋を身につけている。
「僕は大丈夫だから、お姉さんはこれつけてあったかくして」
そう言って彼は私の手に半ば強引に手袋をはめた。モコモコ手袋めっちゃあったけぇ。
「じゃあねお姉さん。メリークリスマス」
立ち去ろうとする彼の後ろ姿をぼぉーっと見ていると不意にあることに気付いた。
「ちょっと待って!」
思わず呼び止める。
「何、お姉さん?」
「よくよく考えたら、あなた二つも手袋してるって相当寒がりじゃない。それに、ずっと外にいるんでしょ? そんな人の手袋は貰えないわ」
そう言うと、
「あのね、お姉さん、さっきすごい顔してたよ。多分、寒さだけじゃなくて心まで寒くなって、凍っちゃってた。凍った心はすぐ壊れちゃうから、少しでもあったかくなって欲しかったんだ」
そう言うと、彼は立派な付け髭を動かして微笑んだ。
私の目から、暖かな雫が流れた。
「お、お姉さん?!」
彼が慌てたように駆け寄ってきた。
「大丈夫? 僕なんか変な事言っちゃった?
ごめんなさい!」
「大丈夫......あなたの言葉に傷ついたんじゃないの。なんで私泣いてるのかなぁ」
鼻水も出てきた。
「と、とりあえずこれ」
そう言って彼はポケットティッシュを慌てながら出してくれた。めっちゃ大きな音で鼻をかむ。なんか私ダセェな......
「ごめんなさい。お見苦しいところをお見せしました」
ひとしきり泣いて落ち着いたら、急に気恥ずかしくなってしまった私はとりあえず謝った。なんかやっぱダサい。
「大丈夫ですよお姉さん。明日は多分いい日になるよ」
彼の言葉は依然として暖かい。涙腺にダイレクトアタックしてくる。
「それじゃあ、良い一日を」
彼はまた立ち去ろうとする。
「ちょっと待って!」
さっきと似たような展開。彼はなんか知らんがずっこけた。私は続ける。
「あなたはあそこのバイト?」
私はそばの雑貨屋を指差しながら聞く。
「そうですよ」
「いつならお店にいる?」
貰ったまんまは嫌なので、ちゃんとお返ししたい。店の売り上げに貢献するなりなんなりしてあげたい。出来れば彼のいる日に。
「えっと......今日と同じで金曜日は大体シフト入ってまs......」
不意に彼の言葉が途切れた。そして、
「サンタさんっぽく喋るの忘れてた......」
と、呟いた。
優しくてちょっと抜けてる彼がなんだか愛おしい。
今年のプレゼントは暖かい出会いでした。
クリスマスのお話 RIN @RIN3690
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