第135話翼は一人考えるけれど

従妹美代子には都営線に乗る」とは言ったものの、すぐに乗るわけではない。

翼としては、次にどこに向かうのか、全く決めていないのだから。

時計を見ると、既に午後4時。

アパートには、まだ戻りたくない。

翔子や伊東心春とも、なるべく顔を合わせたくないのが本音。

「神経を使うし、面倒」

「美代子ちゃんの善後策を考えねば」

そんなことを思いながら、スズラン通りを、再び三省堂書店方面に歩く。


目に入った文房堂の3階喫茶室に入った。

頼んだのは、ローズヒップ茶。

翼と同じ年ごろのウェイトレスに、つい見とれた。

「何か、キラキラしている」

「半袖の腕もきれいだ」


しかし、今は、そんなことを思っている場合ではない。

まずは、美代子たち京都女子高生三人組への対処を考えねばならない。

「原則は日帰り、それを徹底するべき」

「まかり間違っても、俺の部屋は厳禁だ」

「それを貫くしかないだろう」

「美代子ちゃんが泣いて頼んできても、原則徹底かな」


ローズヒップ茶は、自然な甘みと酸味が、素晴らしい。

それと、実に美しい茶の色。

「工夫をしないで、これほど美味しい」

「少女の肌が、何もしないで美しい、それにも通じるのかな」


少し落ち着いた翼は、夕食を考える。

「翔子さんは、夜に一緒に食べたいのかな」

「そもそも、用事は何だ?」

「夜に帰る?と聞いて来たからには、夜にアパートに来るのか」

「それとも、呼び出されるのかな」

「いずれにせよ、実に面倒だ」

「ベタベタ感はあるけれど、ワクワク感はない」


しかし、翔子の泣き顔が浮かんで来た。

「泣き虫だからなあ」

「あれで、根に持つタイプ」

「同じことを何度も言う、それも俺の失態ばかり」

「そのくせ。自分のミスは覚えていない、の一点張り」


ボンヤリ考えていたら、午後5時。

今から、高井戸に戻れば、1時間もかからない。

「今日食べたのは、茜さんとチョコレートケーキ」

「お昼は、せいろそばと、かまぼこ」

「少しお腹が減って来た」


翼は、文房堂を出て、再び神保町駅に向かう。

左手に和菓子屋がある。

つい入って、和菓子を見る。

「え?銭形平次最中?へえ・・・銭の形?」

「神田もち?求肥に黒糖と胡桃を練り込んで、黒蜜をかけて食べる・・・いい感じ」

「フレッシュムーン・フレッシュロマン?邪神ちゃんドロップキックで有名?へえ・・・」

「どら焼きも美味しそうだ」


翼は見たもの全てと、和三盆の干菓子も買う。

「結局、荷物が多くなった」

「少し重いな」

「江戸下町の和菓子も、面白そうだ」

「仕方ない、アパートに戻ろう」


神保町駅も直近。

そのまま都営新宿線に乗る。

そして考えた。

「どうせ、翔子さんだ」

「甘いお菓子を見せれば、怒ることはない」

「でも、用事は何だろう」


翼は、結局、はっきりとした考えも予想もつかないまま。アパートに戻ることになった。


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