第125話父康夫からの電話 松田菜々美

翌朝、翼が上野に出かけようと、身支度をしていた時だった。

実家の父康夫から、電話がかかって来た。

「翼、どうだ?無事か?」


翼は、父康夫の、いつも通りの穏やかな声に落ち着く。

「うん、何とか、ありがとう」

「で、何?」

おそらく、父が頼みたい用事があると察する。


父康夫

「今日は何か用事があるのか?」

「一人で上野に行こうかな程度、特定の用事はないよ」


父康夫

「そうか、京都のお見合いもどきやらで、苦労掛けたな」

「京都店からも、お礼の電話があった」

「それから、昨日は金沢の涼子さんが来られて、相当にお前を褒めていた」


翼は、少し焦れた。

「それはいいよ、済んだこと」

「何か用事があるの?」


父康夫は、申し訳なさそうな口調。

「あのな、例の業界紙でお前に興味を持つ人がいて」

「別の雑誌で付き合いたいと、一般向けの雑誌になるかな」


「仕事とあれば、受けるよ」

「で、どうすれば?」

父康夫

「お前が良ければ、スマホの番号を教える」

「相当な有名人で、松田菜々美さん、若手パテシィエでもある」

「グループと縁が深い料理人の娘さんだ」

「フランスでかな、賞も取っている」


翼は、断るのが難しかった。

「わかった、教えてかまわない」

事実、フランスで賞を取ったほどのパテシィエ、翼としても興味がある。


父康夫

「教えておく、すぐに電話が入ると思う」

「お前らしく対応すれば、かまわない」


確かに、すぐに電話が入った。

父康夫との話が終わって、約10分後だった。


「松田菜々美と申します」

「無理やりに、翼君のお父様から、スマホの番号を聞いて」


翼は、松田菜々美の、その若々しい声に、少し戸惑った。

「あ・・・はい・・・山本翼と申します」

「わざわざ、私などに興味を持っていただいて」


松田菜々美は、弾むような声。

「それでですね、突然ですが、もし、これから、ご予定がなければお話をしません?」


翼は、相当、ドキドキしている。

「あ・・・予定は・・・どうしても、という用事はなくて」

「それで、松田様は、今どちらに?」

松田菜々美は、ますます明るい声。

「私も杉並区に住んでおりまして」

「久我山ですよ、ですからお近くに」


翼はあまりの近さに驚いたけれど、具体的なことは聞かなければならない。

「そうなりますと、今からそちらに行けばいいのでしょうか?」

「住所を教えていただければ」

松田菜々美は、うれしそうな声。

「いえいえ、お迎えにあがります」

「何しろ、こちらからのデートの申込」


その電話が終わって、約5分後だった。

アパートのチャイムが鳴り、インタフォン越しに「松田菜々美です、お迎えにあがりました」との声。


翼が、慌てて玄関を開けると、「松田菜々美」がにっこりと笑って立っている。

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