第94話朝食で湯葉談義

翌朝は、比叡山風湯葉粥の朝食。


叔父晃弘

「近江米と麩屋町の湯葉や」

「と言うても、いつもと変わらんが」


翼はゆっくりと味わって食べる。

「関東では食べられない味で、米も湯葉も、水も全然違う」

「関東は、湯葉食の文化が薄いかな」


叔母由紀美

「何でやろ、美味しいのにな」


「江戸っ子は豆腐は好き」

「ただ、せっかちで、微妙な味わいを楽しむよりは、手っ取り早い食を求める傾向にあった」

「握り寿司も、天ぷらも、元々はファーストフード」


叔父晃弘が真面目な顔。

「京都は、耐えがたいほどに夏は暑い」

「冬は、ほんま、底冷えや」

「この決して楽とは言えない気候風土に耐える精神が、細かな精神を保ち続ける、その細かな精神を必要とする伝統産業を支えたんや」

「少し難しい話になったけどな」


翼も、その難しい話に乗った。

「湯葉の店で聞いたことがあります」

「一晩水に浸けておいた大豆を、石臼でひく」

「今時、何故、石臼を使うか」

「グラインダーを使えば、楽なのに」


「店の主の答えは、明快」

「砕くのと、摺りつぶしの違いと」

「グラインダーで砕いたものは、目が細かくなり粒子に角がある」

「石臼でひいたものは、適度な粗さで丸っこい粉にひけると」

「それが、味の違いに出る」

「おからの味にも、差が出る」

「水にもこだわっていて、16mほど掘った井戸水をくみ上げて使う」

「安易に水道水を使わない」

「他にも言い出すと、キリはないけれど」


難しい話を黙って聞いていた、従妹の美代子が口を開いた。

「さしみ湯葉、つまみ上げ湯葉とか、いろいろあって」

「湯葉は他にも料理があるよね」


「細工湯葉で、銀杏と百合根、きくらげを包んで油で揚げた牡丹湯葉」

「柚子味噌を入れて揚げた香り湯葉」

「薄味にたいたゴボウを巻いて揚げた八幡巻」

「から揚げにして酒の肴にする樋湯葉」

「蓋物で鯛と色紙かぶらと生湯葉とか」

「炊き合わせに、湯葉は欠かせない」


叔母由紀美は笑顔。

「さすがや、いろいろ、感心する」


叔父晃弘が翼の顔を見た。

「伝統料理の他に、アレンジもしたいなと思うとる」

「パッと思いつくことはないかな」


翼は即答。

「気軽な丼物にどうかな」

「卵とじは定番、中華風餡、ビーフシチュー風餡」

「味を調整してカレー風味」

「軽食でも、飲んだ後のシメにも使えるかもしれない」

「湯葉は淡泊で融通無碍だから、アレンジはできる」


叔母由紀美は、本当にうれしそうな顔。

「ほんま、翼ちゃんが来るたびに、元気が出ます」

「美代子を追い出して翼ちゃんを子供にしたいくらいや」


美代子は口を「への字」に結んでいる。

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