第32話二人は駿河台に 珈琲名店 古本屋 そして本校舎に
翼が案内した珈琲の名店は、古びたビルの二階。
狭く急な階段をのぼってドアを開けると、黒い木の一枚板のカウンターと10人程度の大テーブルと、6人程度のテーブルが二つ。
カウンターの壁一面には、珈琲カップや紅茶カップが並んでいる。
翼が説明。
「カウンター前の席に座ると、カップを選べる」
心春は、翼の袖を引き、カウンター前の席に座る。
落ち着いたショートカットの店員が「いらっしゃいませ」と笑顔。
若くはないけれど、童顔なので、いい雰囲気。
翼は選ぶのが早い。
「コロンビアで」
心春も早い。
「私はモカで」
尚、カップは心春の希望で、純白のセットのものになった。
店員が豆を弾き始めると、その芳香が店内に漂う。
心春
「翼さん、神保町とか詳しいんですけれど、よく来られるんですか?」
翼
「そうだね、高校時代は土日で来たかなあ、古本屋を巡ったり」
「新幹線を使えば、実家からも1時間程度」
「気晴らしかな、そんな感じ」
心春は、うらやましそうな顔。
「いいなあ、東京が近くて」
「金沢だと、雪も多いし」
「京都には近いけれど、雰囲気が重くて」
翼は、心春の言葉には反応しない。
コロンビアが置かれたので、少し飲む。
「さすが・・・コクがあって」
「間違いがない、安心する」
心春は目を閉じて、モカを飲む。
「甘さと酸味が絶妙で・・・どうしたらこんなに上手に淹れられるのかな」
翼
「このお店は豆も新鮮で、珈琲の蒸らし方、注ぎ方も教科書通り、お手本」
心春
「習いたいくらいです」
翼は苦笑。
「僕は、つい全自動を買ってしまって」
「怠け者かな」
心春は翼をフォロー。
「あれはあれで美味しいので」
「でも、こんなに素敵なお店を教えてもらって、ありがとうございます」
美味しい珈琲を飲み終えた二人は、また階段を降りるけれど、翼の足が隣の古本屋で止まった。
翼
「少し本を見ていい?すぐに終わる」
心春は「はい」と頷き、一緒に古本を見始める。
「翼さん、すごいですね、ここのお店、このスペースで、ありとあらゆるジャンルが」
翼は心春に頷きながら、確かにすぐに古本を選んだ。
「カエサルのガリア戦記、300円なので」と、あっさりとした顔。
すると心春は焦った。
「私も何か買います、待っていてください」
「うー・・・読みたい本が多過ぎて、焦ります」
「このお店、すご過ぎ・・・何でもあって・・・」
「いや、翼さんの紹介の店って、みんなそうで・・・」
翼は、また苦笑。
「そんなこと言う前に探せばいいのに」と思うけれど、言うのは可哀想なので黙っている。
心春が手に取ったのは、中西進の「柿本人麻呂」、これも300円。
「読みたかったんです、これ」とバッグにしまい満足顔。
翼は、駿河台の坂をのぼりはじめる。
「たまには万葉集の里、明日香村も歩きたいなあ」
すると、心春が素早く反応。
「はい!そこでもご一緒していいですか?」
翼は「やれやれ」と思ったけれど、軽く頷き、大きな高いビルを指差す。
「で、そこが明治大学のリバティタワー、かつての記念館のあった場所」
心春の顔が、また輝いている。
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