第25話心春と朝食 大学の学部の話

翼は懸命、至急に「最低限の身だしなみ」を整え、玄関を開けた。

「お待たせしました、まだ寝起きで」と、詫びを入れる。


心春は、鼻をクンクンとさせ笑顔。

「翼さん、すごくいい香りが」

翼は、素直に答える。

「はい、ホームベーカリーですが、パンを焼いたので」


ただ、いつまでも、玄関ドアを開けて問答をしているわけにはいかない。

そのまま、心春を招き入れる。


心春は、恥ずかしそうな顔。

「押し掛けたみたいで・・・」

それでも、大きなバスケットを持っているのだから、その中には何らかの素材か料理が入っているのだと思う。


翼は心春の顔を見た。

「パンとサラダと珈琲の朝食にしようかと思っていて」


心春は、また笑顔。

「私は、これ」とバスケットを開ける。

「ポトフを作りました」

確かに湯気が立つポトフ鍋が入っている。


翼は、そのポトフ鍋を見て、さっと動く。

食器棚から、皿とスプーンを出し、テーブルの上に置く。


心春の目が光った。

「これは・・・すごいお皿とスプーン・・・名門ホテルの・・・」

しかし、動きはスムーズ、丁寧に皿にポトフを入れている。


翼は、全自動珈琲メーカーをセット。

そして焼き立てのパンを切ったり、レタスサラダを作ったりで、動きに無駄がない。

そんな二人の動きで、あっという間に朝食の準備が出来上がった。


心春は、笑顔で翼を見る。

「翼さん、手際がすごいですね、プロの料理人みたいです」


翼は、それには反応しない。

まずは心春の料理を褒めようと思う。

「ポトフがすごくいい香りで」

「隠し味も、いろいろ」


心春は興味深そうな顔。

「わかります?」


翼はためらったけれど、感じたままを言う。

「まず、野菜の味が濃い、これは地の野菜かな、産直市かな」

「オリーブオイル、ローリエ、パセリ・・・味噌もよくある」

「白醤油??あれ?昆布だし?」


翼の分析に、心春が目を丸くする。

「当たりです、まさか・・・よくわかりますね」


翼は首を横に振る。

「いえ、適当で」

「料理は素材を当てるためではなくて、美味しく食べるためのもの」

「あまり考えると、せっかく美味しいのが」


心春は、顔を赤らめた。

「金沢の実家の母の味で、そのままです」

翼の応えは淡泊。

「そうですか、でもすごく美味しいので、ありがとうございます」

心春は翼のパン、サラダ、珈琲を褒める。

「それにしても、焼き立てのパンは美味しい」

「レタスサラダも新鮮で、シャキッとして」

「珈琲は・・・コロンビアで?すか?コクがあります」


翼は苦笑。

「いえ、パンはホームベーカリーの味、レタスは時間がなかったのでスーパー」

「珈琲も全自動の味で」

「もう少し時間があれば、料理に凝ることもできるけれど」


その後は雑談になる。

心春

「私も大学一年生ですが、翼さんも?」

翼は大学名までは言わない。

「はい、同じくです」


しかし、心春は聞いて来る。

「私は、明治の文学部で・・・翼さんは?」

翼の表情が変わった。

「同じですね・・・学部まで」


心春の顔は、まるで花が開いたかのように輝いた。

「何か・・・縁を感じます、たまたま隣の部屋の人が、まさか同じ大学の同じ学部」

「一緒に登校できますね、翼さん」


翼は、また「仕方ない」ので、「はい、そうなりますね」と、無難に答えることにした。

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