社畜、間違えて超人の村に移り住む。
家宇治 克
第1話 すみません、間違えました。
三徹、四徹当たり前。
残業代なんて出た試しがない。
上司は根性論を垂れ流し、人件費ばかりを切り詰めて、自分は定時退社。
『今どきの若いもんは苦労を知らん!』
『若いうちの苦労は買ってでもしろ!』
『定時までに終わらないのは無能の証拠だ!』
──ちょっと、何言ってんのか分からない。
会社に勤めて五年。俺はとうとう膝をついた。
退職届けを出した時、ハゲの上司に言われたのは『根性の無い奴はいらん!』だった。
こっちだって、願い下げだバーカ!
心身ともに疲れ果てた俺は、憧れてやって来た都会を離れ、地元よりも遠く、誰も知らない田舎に引っ越すことに決めた。
目を閉じて、日本地図を適当に指さして選んだ片田舎。新幹線、電車、バスを乗り継いで、俺は僅かな全財産とスーツケースを持ってその村に向かった。
村全体が木造建築で、家の数より畑の方が遥かに多い。
何とか村の中を歩いて役場を見つけるが、案内をするのも、手続きをするのも、全員が俺よりも年上だ。
若くても四十代後半くらいで、やっぱり俺の倍はある。
「あらぁ、都会の方から来たのねぇ。見たと思うけど、この村、畑しかないでしょ? 若い人たちは嫌がるのよぉ。あなたみたいな人が来てくれて嬉しいわ。家はもう見てきたの?」
「あ、いや、まだ」
「あらダメよぉ! こんな所に来る前に、ちゃんと家を見てこなくっちゃ!」
「こんな所って······」
「そういえば早く水道と電気! 通してもらわないとねぇ! 待ってね。甥っ子が水道局に勤めてるのよ。あとそのお友達もいるから、チャチャッと伝えておくから!」
「あ、いやその。いいですから」
俺の制止も聞かず、受付のおばさんは申請書を持って自分のデスクに戻ってしまう。ささっと電話をかけると、「もしもし、まーくん?」なんて、もうまーくんなんて歳かかどうかも分からない相手に電話をかける。
ポツンと取り残された俺は、仕方なく家に向かった。
***
借りた借家は、独り身の男には広すぎる3DK。それが月二万なんて破格すぎる。
俺がその家に行ってみると、家の前で一人の男が立っていた。
「あー! もしかして『
「あ、はい」
俺は名前を呼ばれてお辞儀をする。少し太った男は被っていたヨレヨレのキャップをひょいとあげると、仏のような笑顔を浮かべていた。
「どうもー! 水道局の
──ああ、まーくん。
飯岡さんは、家の鍵を開けると、家の中に俺を通す。色々と家の中の説明を受けて、飯岡さんは水道を捻ってみる。
「とまぁ、こんな感じで。水道の方はバッチリです。多分夕方までには電気もつくと思いますよ」
「わざわざありがとうございます。不動産関係もなさってるんですか?」
「いやいやぁ! 知り合いのじーさんが借家の貸し借りやってるんすよ! 俺は代理。そのじーさん、腰やっちゃってね」
「あ、そうなんですね。大丈夫だといいですけど」
「昨日、猪を捕まえた時についやったって言ってたんで、大丈夫じゃないですか?」
「いや、猪絡んでる時点でヤバくないです?」
俺はビックリして被せがちに突っ込んだ。飯岡さんは「えっ?」って顔をしているし、俺も「えっ?」って顔して話が分からなくなる。
え? だって、おじいちゃんなんでしょ? おじいちゃん、猪捕まえて腰やるって、中々じゃない?
俺はふと思い出す。あの見渡す限りの畑を。
ああ、そうか。害獣駆除か。それなら納得だ。お年寄りの多い村で猪なんか出たら、退治してくれる若い人なんていないんだから。
俺は困惑から笑顔に切り替える。
「大変ですよねぇ。畑多いですし」
「ええ、危うく夕飯
「えっ」
「えっ」
また話が噛み合わなくなる。俺は気まずくて、「あ、じゃあまた」と無理やり話を切り上げた。
飯岡さんはまた帽子をひょいとあげると、「後でまた来ます」と挨拶をする。
「え、何でです? 水道以外の施設でもありました?」
「いやいや! ここに来たばっかりじゃ、ご飯の心配とかあるでしょう?」
「ああ、そうでした」
手持ちの金はブラック企業のおかげで少ない。この村に来るまでにもかなり使った。飯岡さんはそんな俺を心配してくれているんだ。
なんて優しいんだろう。おすそ分けでもくれるんだろうか。
「じゃ、後で熊の捕り方教えに来ますから〜!」
「ちょっと待って! 熊って、森の熊さんに出てくる熊!? 無理です無理です! 飯岡さん! 飯岡さぁぁぁぁぁん!!」
──飯岡さんの常識は、俺とはかなりズレているようだ。
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