突貫同盟の番外勤務 (自主企画用)

ソルト

プロローグ


「彼女を取り戻す。たとえ全ての妖精を敵に回すことになっても。必ず」


 かつて、一人の退魔師が一人の妖精の女性と添い遂げる為に繰り広げた一戦があった。


「自分勝手に気楽にやれよ、大将。―――オレも、あの子を奪い返す為なら何千何万と屍の山を積む覚悟はある」


 『突貫同盟』と呼ばれる、文字通りの突撃隊。それはいくつかの目的と因縁が絡み合った複雑な一団であった。


「いいわ。私の命も今はあなたに預けてある。共に助けるべきを助けましょう」


 それはひとつの国、ひとつの種族と真っ向からぶつかりあったひとつの戦争。


「やろう。これより我ら同盟の『黒鳥作戦』を開始する」


 次の世代へ繋ぎ、次の時代へ紡ぐ決戦がここに幕を開けた。






     -----


 そんな世紀の大戦争を仕掛けたのも十数年も前の話。

 今現在、『突貫同盟』の面々はとあるマンションの一室にて集結していた。

「で、大将。もっかいちゃんと話してくんねェか」

 部屋の主、妖精種にして魔性種に墜ちた妖魔の混合二種ダブルミックスであるアルが、眉根を寄せて腕組みしたまま再度問う。

「どこの誰が、何をしろって?」

 聞くまでも無く怒っている。雰囲気でわかる。

 それはそうだ。たった今ここに面子を集めた張本人である同盟の長、特異家系『陽向』の元退魔師であった男の発言はそれほどに奇怪なものであった。

 半端に伸びた無精ひげを掌で擦る様子はどうにも頼りない。確かに普段から強気とも勝気とも思えない態度と物腰をしてはいるが、それでもいつも通りであればあったはずの芯のようなものが今は見えない。

 まるでこの一件が彼の本意ではないと言外に語っているようで、だからこそアルは怒りを露わにしていた。

「大将よ。オレはアンタの決めたことならなんだって従うつもりだが、それがアンタの意思じゃねェのなら話は変わって来る。それがクソ我儘に定評のあるクソゴミの神連中だってんならなおさらだ」

 実際のところ二度も聞きたくはなかった。

 ―――神託がくだった。

 彼、旧姓陽向にして現在神門の姓を持つ人間。神門あきらは先程そう切り出した。

 特異家系という特殊な家柄故の事態なのか、彼だけに神は啓示を与えたのだという。

 アルという人外は忠義を尽くすことに躊躇いはないが、姿を現しもしない何者かの為に動けるほど献身的でもなかった。

「正直僕も気乗りしない。前も僕の家の方で似たようなことあったけどやっぱりロクな目に遭わなかったし…」

「ならやらなくていいんじゃないですか?無理にやることでもなさそうですし」

 背中を向けて言葉だけを放る緑髪の青年もやる気の無い声色でそう勧めた。初めから重大な話ではないと当たりをつけてテレビゲームに集中していた妖精種のレンだ。

「旭さんが危惧してるのはその神託とやらを無視したあとに待ってる報復ですよね?」

「そうだね…。神格持ちは気まぐれが多いから、断ると何されるかわからない。それが僕としても一番怖いよ」

「うーん。…それは、たしかに」

 途端に考え込む素振りを見せたのはレンだけではなくアルもだ。共に懸念しているのは今現在、ゲームをしているレンの膝に腰を降ろして画面をぼんやり眺めている幼い少女のこと。

「……?」

 名を白埜しらの。白銀の長い髪をさらりと流して、二人の沈黙を不思議そうに見上げている。

 自身に害が及ぶだけなら別にいい。だがこの二人が我が身と命に代えてでも守り抜くと決めたこの少女にまで神の逆鱗に晒されるのは我慢ならない。

 となると、

「やるしかないんじゃない?白埜ハクちゃんに何かあってからじゃもう何もかも全部遅いし。そこの馬鹿二人が死ぬだけなら乗る必要もない話だったけど」

「えなに?急な罵倒で思考が追い付かないんだけど」

「副音声で喧嘩売られてることだけはわかったぞこのクソカス魔獣アマが」

 部屋の真ん中に設置されているちゃぶ台で頬杖ついて白埜と同じようにゲーム画面を見ていた女も口悪く、それでいて旭の擁護をするように言葉を挟んだ。

「アンタらだって嫌でしょ?あたしは嫌よ、ハクちゃんにもしものことがあったらなんて」

 魔獣種にして可愛いもの好きなセイレーンの人外、音々はそう返して同意を求めた。本来決して相容れるはずのない魔獣と幻獣の垣根を、この女はただ可愛いからという理由だけで溺愛に転じられている。ある意味歪んだ性格の人外だった。

「んだよゴミのくせに珍しくまともそうなこと喋りやがった」

「あ、ちょっと生ゴミ臭いんで許可なく口を開かないでもらえます?」

「〝劫焦炎剣レーヴァテイン……!!〟」

「おいやめろ剣を抜くなこんな室内で」

 ただし妖魔アルとは今も昔も犬猿の仲だった。燃え盛る両刃の剣をフローリングの床から抜き出そうとしているのをレンが慌てて止める。

 集結、とは言ったものの、現状集まっている面子はこの五人だけだ。というより、元々この一室はアルとレンが白埜と共に住んでいる共用部屋であり、実際に足を運んでやって来たのは旭と音々のみである。

 彼ら同盟の本懐が遂げられてから先、全員がそれぞれ思い思いに散らばって暮らしていた為たまに招集が掛かってもいきなり全員は集まれないのが常だった。

「ま、いいや」

 紅蓮の剣を引き抜く直前で床に押し戻し、アルは切り替えるように息を吐いた。

「どうせ荒事案件なんだろ?最近鈍ってたからちょうどいい。やるってんならオレにやらせろよ大将」

 先程までとは打って変わって、積極的に指名を受けたがるその瞳は爛々と熱を放っていた。

 妖精から悪魔へと『反転』したアルには一種の狂気が呪いのように纏わり続けている。それは本来あった強い闘争心に拍車を掛けた戦闘欲。勝敗に拘らず闘うこと、死地に身を置くことを善しとする戦闘狂の側面。

 長く争いから離れていたが故にその反動は大きい。行けと命じられれば一も二も無く跳び出すだろう。

 だが事はそう簡単ではなかった。

「いや、人数も指定してきた。…六人だそうだよ」

 本当は最低一人、上限六人の枠で人員を選定せよという内容だったが伏せておく。それを馬鹿正直に明かしてしまえば間違いなくアルは単身で赴いてしまうだろうから。

「六ぅ?……じゃ、あと二人揃えねェとか」

「アンタ平然とあたしも数に入れやがったわね」

「音々はいいだろおれまで入ってるのは流石に冗談だよな?戦闘は管轄外なんだけど」

 ブーイングを完全に無視してアルは右の拳を左掌に打ち付けた。

「やってやろうぜ大将。皆殺しにしてとっとと部屋戻って酒盛りだ」

「いやルールまだ聞いてないからね殺さないかもしれないからね」


 相も変わらず統率力に欠ける総大将を主軸に、グダグダと同盟の再始動は相成った。

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