花の名前よ

@kannheru

第1話 思い出はいつも唐突に

「信子(のぶこ)、弁当持ってきてくれ」

 玄関から、俊平(しゅんぺい)の焦った声が聞こえてきた。またか、と思いながらも、カウンターキッチンに置いてあった弁当箱を持っていった。

「ありがとう、それじゃ行ってきます」

 そう言って、弁当を受け取ると、俊平は慌てて走り出した。すると、いきなり何もない廊下でつまずいた。しかし歌舞伎の様に片足でホっホっと言いながら、ギリギリ踏ん張り、セーフという様に両手を広げた。ほっとしたのも束の間、時間が無いことを思い出したのか再び走って出勤して行った。

俊平は結婚当初からかなりおっちょこちょいな所があり、なぜあれで大手の課長が務まるのかいつも不思議に思う。

家の中に戻ると娘の茜(あかね)がクレヨンで絵を書いていていた。最近、茜はクレヨンにハマっており、今も一心不乱に黄色の色で何かを描いている。

「上手だね〜、何を描いてるの」

 すると茜は私が目の前にいた事に気づかなかったらしく目を大きくして固まっていた。

 そういえば昔、私も絵を描いていたら同じ様に声を掛けられて驚いたことを思い出した。その日は新品のクレヨンで桜の絵を描いていた日だった。

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