悪意の花
角見有無
頁の外側
言葉の断片
【シャルレイトに破滅あれ。×の遺志を継ぐ者が××限り、我が国は決して潰え××。
麗しき
――――とある国の王太子を収監していた独房に残されていた血文字より抜粋(掠れていて一部解読不能)
【例の品物についてですが、以前お伝えした通り、当店に入荷予定はございません。なにぶん規制が厳しく・・・(中略)・・・代わりと言っては何でございますが、代替品をご用意いたしました。
これならば確実に、閣下の望む結果を出す事ができるでしょう。ご用命の際はいつでもどうぞ。】
――――とある闇商人が顧客に向けて送った手紙より一部抜粋
【今日も食事に毒が混じっていた。ノーレは何の問題もなく、ぺろりと食事を平らげている。狙いはオレに間違いないだろう。
服毒すると即座に死に至るものではなく、じわりじわりと蓄積していって徐々に衰弱させるものだというのがいやらしい。気づかれないように捨てたが、相手の油断を誘うために弱っているふりでもしたほうがいいだろうか。
一応奴らに隠れて自分で作った簡単だが安全な食事を摂っているが、明日からはそれを控えてみよう。空腹でふらついているのを毒で弱っていると勘違いされたらこっちのものだ。
聞けば、オレが同行する前にもこいつらは三人で旅をしていたらしい。オレは実質四人目だそうだ。だが、顔も知らない三人目は旅の途中で死んでしまったという。
……そいつは本当に、自然死だったのか? そいつが死んだのは、本当に魔王のせいだったのか?
疑わしいのはやはりあの女だ。オレの食事に毒を混ぜたように、その三人目とやらもじわじわと苦しめて殺したのかもしれない。だが、そうだとするとあの女の目的は一体……。】
――――とある流浪の神官の手記より抜粋
【拝啓、愚かな妹へ
お前は救いようがないほどの愚か者だ。どうして僕が来るまで待たなかった? お前は何がしたかった?
お前のした事はただの自己満足だ。何故一人で戦った。馬鹿か。馬鹿なのか。そうか馬鹿だったのか。どうやら僕は、お前の事を買い被りすぎていたようだ。
だが、いざ思い返してみると、お前はいつだってそうだったな。何でも勝手に決めて突っ走って、僕はいつでも置いてけぼりだ。僕はお前の兄だぞ。僕はお前の×××だぞ。少し××い僕を頼×。そ××に僕は信用できな×××。
……助け×れなく××まなかっ×。どうか安らかに眠れ、××××】
――――とある少年の日記より抜粋(ところどころ涙のようなもので文章が滲んでいて一部解読不能)
【リアの話では、明日あたりが峠だという。
リアは薬を用意してくれているが、モネの容体は芳しくない。早く良くなるといいんだが。】
――――とある旅人の手記より抜粋
【なんの事はない、わたくしは誤解していただけだった。鳥籠の鳥であるあの方には、ああする事しかできなかったのだ。
あの方は可哀相な方だ。わたくしはすっかりあの方にほだされてしまった。さんざんあの方に悪感情を抱いておきながら、なんと都合のいい女だと自分でも思う。いくらなんでも虫がよすぎるだろう。わたくしの心ない言葉の数々がどれだけあの方を傷つけたか、想像できないわけでもないというのに。
それでもわたくしは、あの方の力になりたいのだ。たとえそれがあの方に受け入れられなくても、わたくしの自己満足にすぎなくても、わたくしはあの方の味方でありたい。】
――――とある公爵夫人の日記より抜粋
【きようのてんき、はわ。
のーれがたくちんおにんぎようおたおしました。のーれつよい!
きようもごなんおいしいよ。しあれせ。
もじのわんしゆうもしました。がんばつたからほめてもらおつと。
あしたもはねますよおに。おやすみなちい】
――――とある奴隷だった少女の日記より抜粋
【嗚呼、反吐が出る。ついにあの女が奴の子を孕んでしまった。
あの女の懐妊の報せを聞き、奴は人が変わったかのように喜んでいる。氷の王と言われた鉄仮面ぶりが嘘のようだ。それほどまでにあの女を愛しているとでも言うのだろうか?
しかしこれで頭痛の種が増えた。これ以上王の血を引く者はいらない。奴の子などもってのほかだ。息子であれ娘であれ、皇帝である奴の第一子など、考えただけでも虫唾が走る。
食事に堕胎薬でも混ぜてやろうか。だが、母体が生きているのなら、奴の子を再び孕む可能性がある。母子ともども亡き者にしたほうが早そうだ。いっその事、奴自身を排除できたらいいんだが。まだあれを弑逆(しいぎゃく)するには時期が早すぎるのが残念だ。機を待たなければ、政変というのは成功しない。今は待つ事しかできないのが歯がゆいが、いずれ必ず機は熟すはずだ。奴を殺すのは、その時でも遅くない。
それよりも問題なのは、あの女とその子供だろう。決して無事に産ませはしない――――決してだ。】
――――とある男性の日記より抜粋
【私は決して許されない罪を犯しました。私は、愛した人を殺したのです。
私が直接殺したわけではないとはいえ、それは罪の軽減になりはしません。彼を殺したのは、私の父でもあるのですから。
彼は多くの者に殺されました。彼の死には多くの者達の思惑が絡んでいました。私の父が彼を裏切り、私が彼を見殺しにし、帝国の民が彼の死を望み、皇帝が彼の死刑執行を許可し、そして処刑人が彼の首を斬り落とした――――関わった者はみな、人殺しです。】
――――とある巫女の遺書より抜粋
【甘くすれば子供でも飲みやすい。料理に紛れ込ませれば疑われない。
それなのにルドラは気づいてるみたい。お上品な神官様だと思ったらとんだ野生児だった。
だけど無味無臭なはず。何か見落としがある?
もう少し分量を調整したほうがいいかも。効き目はもっと落ちるけど仕方ない。
……いっそ、直接殺してしまおうか?】
――――とある薬師の手帳より抜粋
【拝啓、臆病な×××××
つい先ほど、お×××××××様×神の御許へ旅立ったわ。今頃は×××と共に、わたし達を見守ってくれているのでしょうね。
……わた×はまだ、あなたの存命を信じ××るわ。だっ××たしはまだ、×××の亡骸を見ていないのだから。
お××××××××は、わたしの目の前で殺され×の。わたしは××が処刑されるのを、××から見×××事し×できな×ったのよ。
だ×ど、××××は違うでしょう? わ×しが最後×見た×××は、×に××ていただけ。それなのにあなたが死んでし×ったなんて、わたしには到底思えないのよ。あなたほどしぶとく悪運が強い人を、わたしは他に知らないもの。
愚かな妹だ×思う? わが×まな×だと笑う? それならそれで構わないわ。気位ばかり高く臆病なあなたと、愚かでわがままな妹。似合いの×妹じゃない。
わた×はまだ、あなたに別れの挨拶をし×いないわ。わたしに黙って神の御許に行くなど、決して××はしないから。まさか、もうすでにど×か×ひっそりと野垂れ死にし×いる、なんてあなたら××ない末路は辿っていないわ×ね?
最後になったけれど、これだけは言わせてちょうだい。
××××、わたしを一人にしないで――――なんて可愛らしい泣き言をもらすような女に、このわたしが見えるかしら?
違うでしょう? あなたの×××は、そこまで可憐でもなければか弱くもないでしょう?
わたしはわたしの方法で戦うわ。だからあなたはあなたの方法で、存分に戦って。
まさかわたしの×ともあろうお人が、このまま逃げ出すなんて事はないわよね?
あなたの妹より】
――――とある少女が獄中で記した日記より抜粋(ところどころ涙のようなもので文章が滲んでいて一部解読不能)
【王たる者は神であれ。それが先祖の代より伝わっている、歴代の皇帝が守らなければならない絶対の掟だ。当然私も、即位したばかりの頃はそれを胸にしかと刻んで公務にあたっていた。この国を統べる者は神に等しい存在であり、それに見合った振舞いをする事こそが国家平定への道だと信じて疑わずに。とはいえ傲慢であったわけではない。無知なる民を庇護し導く事こそ正しき神の役目なのだから。悪政によって国を圧迫するなどもってのほかだろう。私はただ民を導く王として、なすべき事をしていただけだ。
私が帝位についたのは九年前、齢十五の折だった。病で急逝した父の後を、相次いでいなくなる兄姉のかわりに皇帝となった私は、父以上の王にならなければならないと自らを律していた。周囲に認められるほどの器がなければ、この地位さえも危ぶまれる。そんな危惧が、私を突き動かしていたのだ。思えば当時の私こそ、今の私が最も厭う『私に皇帝という虚像を押しつけてくる者』だったのかもしれない。
掟が私を縛るように、民も私を縛りつける。偉大なる皇帝陛下と崇められ、理想像で固められ、気づいた時には一人の男として生きる事すら赦されなくなっていた。世間が求めているのはただのルキ・シャルレイトではない。帝国を統べる王、ルキ・バシレウス・シャルレイトだ。
しかし私は私であり、私の本質は万物の主たる神でもなければすべてを兼ね備えた皇帝でもない。ただの神経質な臆病者、それが私だ。皇帝としての私は、ただ先代の教えの通りに神を騙り、民の望み通りに王の器を演じていただけの、しがない道化にすぎなかった。
最初はそれでもよかったのだ。それこそが我が運命(さだめ)だと言い聞かされて育ってきた、そしてそれを受け入れていた私に、その生き方について疑問を抱く余地などなかったのだから。
だが、それでも本質だけは偽れなかった。私が、あるいは周囲がどれだけ『私』を造り上げようと、しょせんそれは偽りの姿でしかない。虚像を纏って生きていく事は、次第に苦痛になっていった。
そもそも皇帝というのは、命と神経をいたずらにすり減らし続けなければならない身分だ。極端な事を言ってしまえば、自分以外の誰も信用できない。常に暗殺の危険に晒され、政敵に足元を狙われ続けるたびに、私は自らの孤独をいっそう強く感じていた。それもまた、私が皇帝という身分に苦痛を感じるようになった一因だろう。
皇帝ではなく、一人の男として生きたい。そんな夢物語にも等しい望みが、いつの頃からか私の心に根づいていた。それは月日が経つごとに肥大化していく類のものではない。だが、いつまで経っても消えずに心の片隅を占拠していた。行き場のないその感情を、私は長らく持て余していたのだ。
人には果たすべき義務と責任があり、私にとってそれは『皇帝』だった。だが、私は『皇帝』となるために様々なものを犠牲にしてきた気がする。失ったそれを今一度取り戻したいと願うのは罪なのだろうか? 否、これこそ権利と呼ぶべきものではないのか?
何も、すべてを投げ出して逃げ出そうというわけではない。一時だけでよいのだ。私はただ、心休まる時間が欲しいだけなのだから。『皇帝ルキ・バシレウス・シャルレイト』として振舞わなくてもよい時間が、今の私にとっては何物にも代えがたき至宝だった。
だが、そんな私の胸中など、誰一人として理解してはくれないだろう。富も力も名声も、すべてを手に入れた皇帝がそんな苦悩を抱いているなどと、一体誰が気づくというのだろうか。
実の兄弟同然に育った腹心も、親の代から忠誠を尽くしてくれる臣下達も、私の胸の内などわからない。しょせん私は一人なのだ。いつの頃からか、私はそう思うようになっていた――――彼女に逢うまでは。
嗚呼、愛しい私のルーベレイア。私はここに誓おう。生涯君だけを愛すると】
――――シャルレイト帝国七代目皇帝ルキの手記より抜粋
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「我が三番目の娘よ。何故、
「そう急かさなくてもきちんと話すよ。今日はそのためにここまで来たんだからね。……ところで父なる神よ、父はようやく家に帰ってきた娘に長いお説教を聞かせるほど、狭量なひとだったかな?」
「勘違いしないでくれ、咎めようとは思っていない。ただ、其方が急に人間に干渉した事がどうにも腑に落ちないだけだ」
「そうか、それなら安心だ。
「生憎だが、昔と違って
「おお、怖い怖い。さすがは妾達の父だ」
「其方らが何もしなければ、余も何もせぬ。……さぁ、我が三番目の娘よ。其方の話を父に聞かせておくれ。其方が連れ帰ったあの人間も、むろん紹介してくれるのだろうな?」
「もちろんさ。……では、不肖の娘が父なる神に語ろう――人間達が命を賭けて綴った、愛憎の物語をね」
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