『とらトラベル』
一枚の小さな紙切れが、くるくると
初夏の昼下がり、お散歩中の小さなネコのとらちゃん(ぬいぐるみ)は、紙切れをひろい上げた。
「何かなぁ……。電車の切符のようだけれど。お兄ちゃんにたずねてみよう」
お兄ちゃんは、人間でとらちゃんの飼い主です。お家に帰ると、とらちゃんは紙切れのことを聞いてみました。
「もしかすると空からのプレゼントかもしれないね。これは、特急の切符だよ」とお兄ちゃんは教えてくれました。
「特急ってなぁに?」
「とらちゃんは、まだ乗ったことがなかったね。特急というのは、特別急行といってとても速く走る電車のことなんだ。遠い場所にでも、あっという間に行けるんだよ」
「わあ、すごい」とらちゃんはうれしそう。
「そうだ。特急に乗れば、とらちゃんがずっと行ってみたかった
とらちゃんは特急に乗って
ビューーン。ビューーン。
あっという間に、海の町までやって来ました。
赤ちゃんのころ、おかあさんと泳いだり、兄弟たちとよく遊んだりしたことが
「このあたりだったね、ぼくの生まれたパールランド。たしか、水族館の近くだったけれど、どこだったかなぁ」
とらちゃんは、少し迷子になりながら、水族館の中に入って、魚たちに教えてもらうことにしました。
水族館の中に入ると、アシカやイルカたちが大きなボールをくるくると回したり、プールの中からバシャーンとジャンプして水しぶきを上げたりして、見ていた人々からたくさんの拍手をもらっていました。
「ぼくもいっしょにやってみたいなぁ」
とらちゃんがそう思っていると、アシカがこちらにボールを飛ばしてくれました。「ネコくんもいっしょにどうぞ」
体の小さいとらちゃんは、すばやく飛び上がり、飛んできたボールを上手に打ち返します。アシカと子ネコのキャッチボールを見ていた人たちは、たくさん拍手をしてくれました。
「ネコくん、上手だね。このあたりでは見かけないけれど、旅行に来たのかな」
「うん。遠くから特急に乗って来たんだよ。名前は、とらちゃんだよ。ぼくの生まれたところに来てみたかったんだ」
「里帰りだね。とらちゃんは水族館で生まれたのかな」
「ちがうちがう、だって水族館にネコはいないよ。この近くみたいなのだけれど、迷子になっちゃって。パールランドの場所はわかりませんか?
僕は子猫のぬいぐるみなの。パールランドというお
とらちゃんは聞いてみた。
「ぼくは最近この水族館に引っ越してきたばかりだから、よく知らない、ごめんね。そうだ、サメさんなら何でも知っているよ。ずっと昔からここにいるのだからね」
「アシカさん、ありがとう」とらちゃんは、館内を走りぬけて、いくつもの水槽を見てまわります。
帰りの電車の時間が近づいてきました。
とらちゃんは汗だくになりながら走りまわっています。
カメ、カエル、ヘビのような長い魚、宝石のように美しく光る魚、いろんな魚がいるものだなあ……もっとゆっくりと見てまわりたたかったけれど、今はサメさんを探すことが大事でした。
出口の近くまで走ってくると大きな水そうがあり、こわそうな
「そんなにあわてて、どうしたのじゃ?」
「こんにちは。ぼく、とらちゃんと言います。パールランドはどこにありますか」
「駅のすぐ近くにあった。だが、パールランドは、もう何年か前に消えてしまったのじゃ。今はもう建物だけが残っていて中には何も無いのじゃよ」
「そんな、パールランドが消えちゃったなんて、うそだ。ぼくの大切な
「時は流れて行くものじゃ。人も物もいつまでもずっと同じではない。だから、その時、その人や物、その場所を大切にするのじゃ、よいな!
想いを込めた物事には、たとえそれが壊れたり失われたりしても、大切な何かがちゃんと残っている。もうパールランドに行けないからと言って、パールランドを嫌ったり、忘れたりするんじゃないぞ。パールランドは消えたけれど、ずっとパールランドを好きでいいんじゃ。その気持ちを大切にすれば、いつかもっと素敵な君だけの新しいパールランドに行けるだろう。
さあ、急がないと帰りの電車に乗れなくなるぞ。涙をふいて、走れ。とらちゃん」
「さよならサメさん。さよなら水族館。さよなら、ぼくの
とらちゃんは駅に走り特急に乗りました。
ガタンガタン……。特急の広い窓から美しい景色をながめていると心は少しずつ晴れ晴れとしていきました。とらちゃんは思います。
「パールランドは消えてしまったけれど、ぼくには大切な場所がある。電車をおりるとお兄ちゃんや仲間たちが待ってくれているのだから。
そして、僕は忘れない、パールランドの思い出は、いつまでも永遠にかがやく心の中のふるさとだから……」
絆~いつの日か ぱのらま @panora77
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