絆~いつの日か  

ぱのらま

『絆 いつの日か』

 若草も青々とした草原を一匹の可愛い子犬が楽しそうに遊んでいました。

白くてフワフワしていて、まるで綿菓子が転がっているようです。

 その子犬は、散歩に連れてこられていたのですが、どうやら迷子になってしまったようです。

 日が暮れてしまい、人間たちと親犬は自動車に乗って帰ってしまいました。

夜になると凍えるような寒さで、子犬は困ります。手も足も氷のように冷たくなって動くことも出来ません。子犬は、ただ哀しそうに泣くばかりです。


 どこからか、野良猫が近づいてきます。

「ここに入ると暖かいよ」と段ボールの箱に入れてくれました。子犬はいつのまにか眠っていました。


 朝になると、夜の寒さもどこへやら、とてもよい日差しが照らします。それでも、子犬の心は晴れません。どうして、母犬は迎えにきてくれないのだろう。

 子犬の母は、猟犬です。この草原からは、たいへん遠い地方から自動車に乗せられて、人間たちといっしょに狩りに来ていたのです。遠いだけでなく、母犬は、人間に飼われているので、子犬を探しに来ることは出来ないのです。         



 野良猫が食べ物を獲ってきました。「これでも食べなっ。チビ助」

 子犬は、まだ、ようやくヨチヨチ歩きが出来るようになったばかりの赤ん坊で、体も猫より小さかった。

 「いらない。そんなの食べない」子犬は、まだ母犬のミルクかドッグフードしか食べたことがなかったのです。

 「好き嫌いはだめだ。食べないと大きくなれないぞ」野良猫はたしなめます。


 「いらない、いらない。ママに会いたい」子犬は、駄々をこねて泣きじゃくるばかりです。

 「いいか、チビ助。お前は、まだ小さい。でも、お前は猟犬の子だ。しっかり食べて大きくなったら、きっと立派な犬になる。そうしたら、たくさん走れるようになって、君のママのところにたどりつけるだろう」


 「僕、そんなに遠くまで走れるようになるかなぁ」子犬は首をかしげます。

 「ああ、いつか、きっと・・・。だから、食べろ」

 「うん、いただきます。ありがとう、猫さん」

 「いや。それと、猫さんじゃなくって、俺の名はトムだ。」

 「トム・・・」                      

 「そう。正式には、トムキャット。略してトムさ」


 子犬は、魚でも小鳥でも、好き嫌いもせず、なんでも食べるようになりました。

夜になると段ボール箱の家のなかで野良猫といっしょに丸くなって眠ります。

 この家は、寒さだけではなく、雨や風からも守ってくれました。とても小さかった子犬も、猫のトムと同じくらいの大きさになって、慣れ親しんだ段ボールのお家もちょっと窮屈になってきました。

 「もっと大きな箱を探さなくっちゃ」チビ助が提案しました。

 「いいんだ、これで」

 「えっ。狭いよ、僕もこんなに大きくなったし」

 「だからさ、チビ助。今のお前なら、この国の果てまで

だって駆抜けるだけの力がある。行くのだ」

 「でも」

 「ずっと待っていたのだろ。お前の本当のお家へ帰れる日を。今のお前なら、たどりつけるはずだよ」

 「ママや飼い主さんは、僕を覚えているだろうか。心配だよ」


「忘れるはずはない!」



「どうして、言い切れるの?」

「難しい言葉でなっ、絆って言うんだ」

「きずな……」

 「ああ、覚えておくといい」

 「ふーん」

 「だから、信じてもいいんだよ。行きな、チビ。それと、これを持って行くといい。もし、餌がみつからない日が続いたら、袋を開けて少しずつ食べるんだよ。」

 「こんなにたくさん。いつ、獲っていたんだよ」

 「なぁに。俺様からの餞別だ」トムは言った。

 「せんべい」チビ助は言葉の意味がわからなかった。

 「せんべつ。旅立つお前にお別れと、よい旅でありますようにという願いの意味を込めて・・・だよ。お前、ほんとに何も知らないなあ。心配だから、いっしょに行ってやりたいけど、猫の俺では、そんなに遠くまでは走れないさ」


 チビ助は、野良猫が持たしてくれた干し魚のお弁当が入った袋を咥えて故郷への長い旅に出発します。

野を越えて、山を登って、河を渡り、チビ助の旅は続きます。





 「あのチビ、今頃は、ちゃんと辿り着いて、家族と幸せに暮らしているんだろうなあ」一匹でいると段ボールの家が広々して妙に殺風景で寂しくなる。

 「あいつ、立派な猟犬になったら、家族たちと、また、ここに狩りに来るかなあ。いつの日か。そんな時、このトムのこと、すっかり忘れていたりしてな。ふん、寂しいこった、まったく……」


 季節は何度も移り変わり、老いたトムには野良猫生活も辛くなってきていた。


 トムはケガをしていた。痺れて歩けない。木陰に身を隠しながら傷をなめる。

このケガでは木の上にも登れやしない。近所に現われた野犬に噛み付かれたのだ。

 トムが川で魚を獲っていると、それを野犬たちが横取りしようとしたのだ。それでも、気の強いトムは、なんとか魚を取り返した。この草原を縄張りにしてきた野良猫の意地だった。

 「チッ、最近、野犬たちがうろついて、このあたりも住みにくくなったもんだ」トムは嘆く。

 何者かが近づいて来る。先ほどの野犬たちだ。やつらにも、やつらの意地があるのだろう。なんとかして段ボールの家にまで帰らないと、まともに戦っても犬には勝てない。昔のトムなら素早い動きと得意の木登りで敵をきりきり舞いにさせておいて、チャンスを見つけると鋭い爪でやっつけてしまっただろう。

 でも、足が思うように動かない。「犬・・・かぁ」

犬というと、なんだかあのチビ助のことを思い出す。もう、お前にも会えないみたいだ。あいつ、なんだか見所のあるコゾウだったなあ。いい犬になれよ、チビ。





 「ひい、ふう、みっ、三匹もいるのか。しまった。囲まれたな」

 「出てこい、野良猫。八つ裂きにしてやる」野犬たちが吠えている。

 

「チッ。この野良猫トム様も、ここまでかい。もはや逃げも隠れもしまい。戦うぞ」

覚悟を決めたトムは、勢いよく飛び出すが、思うように走れない。


 三匹の野犬が一斉にトムをめがけて襲いかかった。もう駄目だ。


 その時だった。

一瞬にして、野犬たちがなぎ倒される。

烈風のようにすばやく、どこからともなく一匹の大きな白い猟犬が現われた。


「なんだ、この野郎」野良犬の一匹が叫んだ。

「やめろ、あいつは紀州犬だ。巨大なイノシシが相手でも平気だと聞く、俺達の勝てる相手じゃない、逃げるぞ」三匹のリーダーが警告した。

野犬たちは、さっさと引き上げていった。




「だいじょうぶか」

白い猟犬は、トムを心配そうにのぞき込んだ。

「お前、チビ助。立派になりやがってよお」

トムは、夢でも見ているかのように、自分を

助けにきてくれた大きな犬を見上げました。


「ママには、会えたのか?」

「うん。会えた」チビ助は、笑顔を浮かべながら応えた。

「そうか、よかったな」トムもおなじくらい喜んだ。

「うん」

「なあ、チビ。なんでこんなところに戻ってきた」

「さあ、絆かなぁ」

「絆……」トムは、聞き返す。

「いつか、トムが教えてくれた言葉だよ」

「そうか」

「うん。なんだか、トムが呼んだような気がしてさ」


「そうだ。お腹、空いてるだろ。

これ、魚だけど食べるか」

「食べる。なんでも食べないと大きくならないし。昔、トムが教えてくれたね」

「おいっ、お前。もう十分すぎるくらい大きいよ……」

といって、トムは大笑いしました。

つられて、チビ助も笑いました。


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