オレとレオ【前編】(グレン視点)


「グレン。お前を私の子だと認める。認知に関する書類もすでに提出したから、お前はグレン・バートンとなった」


 母親と二人で暮らすあばら家に突然訪ねてきた身なりのいい男は、偉そうにそう告げた。

 十年オレと母さんをほっといた奴が、いきなり来た上にいかにも「認めてやった」といわんばかりの態度でそんなこと言うなんて。

 笑える。


「グレンを引き取り、貴族としての教育をさせる。お前も別宅に住まわせてやる」


 母さんはわなわなと震えながら、それでも冷静さを失わなかった。


「ひとまずお引き取りください、閣下。すぐには答えを出せません」


「まあいいだろう。後日使いを寄越す」


 偉そうな男は、それだけ言って帰っていった。


「母さん……」


「ごめんねグレン。急なことで驚いたでしょう」


 その時、母さんは初めてオレの出自について話してくれた。

 母さんは伯爵家のメイドとして働いていて、その時に伯爵の子、つまりオレを身ごもったこと。

 妊娠を伯爵夫人に知られ、身の危険を感じて伯爵家を出たこと。

 伯爵家には既に息子がいたけれど、病弱であったこと。

 その時母さんはそれ以上のことを話さなかったが、伯爵と関係を持ったのは母さんの意思ではなかったんじゃないかと思う。

 だって母さんが伯爵を見る目には少しも愛情なんて感じられなくて、嫌悪と恐怖しかなかったから。

 クソだなあいつ。

 十年経ってから引き取るとか言い出したのも、正妻の子の病状が深刻になったせいか。

 万が一に備えて、焦って代わりの跡継ぎを用意しようと思ったんだろう。

 マジでどうしようもねーわ。


「グレン、どうするかはあなたに任せるわ。お屋敷に行けば、こんなに貧しい暮らしをしなくてすむの。いい服を着て、いいものを食べられるわ。ただ、夫人からはきつく当たられるかもしれない」


「オレは行きたくない。母さんと一緒にいたいし、あんなやつ父親なんて思いたくない」


 そう言うオレを、母さんはきつく抱きしめた。

 後日、伯爵家から使いが来たけれど、オレも母さんも行かないと突っぱねた。

 使いは何度か来たけど、オレたちの心は変わらなかった。

 最後に伯爵本人が来た時に思いっきり口汚く罵ってやったから、手に負えないクソガキだと判断したんだろう。

 使いも伯爵も来なくなった。

 けど、オレは少し後悔もした。オレが伯爵家に行っていれば、母さんに楽をさせられたんじゃないかと。

 それを言ったら、頬をぎゅっとつねられた。

 子供を犠牲にしてまで楽な暮らしなんてしたくない、と。

 食堂で朝から晩まで働く母さんは、時々辛い副業をしていたのを知っている。

 それを知りながら養われるだけの無力な自分が、みじめで情けなくて仕方がなかった。


 十二歳になったオレは、全寮制の騎士養成学校に入学した。

 運動神経以外は何も取り柄がないオレが稼げるとしたら、それしかないと思ったから。

 騎士見習いのうちは小遣い程度だけど、騎士になればそこそこいい給与をもらえる。

 それに騎士養成学校は、広く優秀な人材を求めるために入学金は無く、成績上位者は授業料と食費が免除される。

 だからオレは必死で頑張った。

 座学は頑張っても成績が悪かったけど、剣技は学年で十位以内をキープした。

 おかげで授業料と食費が免除になって助かった。

 食い扶持が減った分、少しは母さんも楽になったかな。

 

 成績を三年間維持して卒業間近になった頃、オレは神聖騎士団に配属希望を出した。

 城門の内側に詰所がある騎士団は近衛と神聖だけだが、その二つは給料がいいから。

 一応貴族という扱いだから近衛騎士を希望することもできたし給料はそっちのほうがいいが、貧しい育ちのオレは生粋の貴族の中でうまくやっていける気がしなかった。

 騎士養成学校でも、近衛騎士希望の貴族はエリート意識が強いから相性が合わなかったし。

 神聖騎士団なら半分弱くらいは平民出身だから、なんとかやっていけるだろう。

 そう思い、神聖騎士団の面接にのぞんだ。


「グレン・バートン。ふむ、伯爵家の……。座学の成績は悪いが実技はなかなかいいな」


 横長のテーブルの向こうに座る、四十代なかばくらいのいかつい団長が、紙を見ながら言う。

 伯爵家の……で止めておいてくれたのは一応の気遣いか。

 予想はしてたが、色々調べられるものなんだな。

 一度認知したものは取り消せないから、オレの名前はずっとグレン・バートンだ。忌々しい。


「君が神聖騎士団に配属を希望した理由はなんだ?」


 金髪に青い目の副団長がオレに問う。

 すげぇかっこいいなこの人。

 周囲にさわやかな風でも吹いてそうな、優しげかつ男らしさもある美形。

 絶対モテるわ。

 

「グレン・バートン?」


 副団長に呼びかけられてはっとする。

 やべ、見とれてた。


「はっはい、給料がいいからです!」


 あっ。

 しまった。

 本音を言ってしまった。

 いや違うんだ、色々考えてきたんだ。

 この大陸を支える聖女様をお側でお守りする栄誉を云々。

 団長は眉をひそめ、副団長はちいさく吹き出した。

 ああ、終わったオレ。

 何やってんだ。


「そのような不真面目な理由で?」


 いかにも堅物そうな団長が不機嫌そうに言う。

 何も答えられない。

 副団長がクスクスと笑う。


「まあまあ団長。口ではなんとでも言えるものですよ。聖女様をお側でお守りする栄誉がどうのという理由は、もう聞き飽きました。グレン・バートン。君はいい給料をもらってどうするんだ? 正直に話してくれ」


「……母に、できるだけ多く仕送りしたいんです。女手一つで育ててくれました」


「女手一つで?」


 団長のその問いには、伯爵家の援助はどうしたという含みがあった。


「はい、誰の手も借りず、朝から晩まで働いて私を育ててくれました」


「……ふむ。では、誰かが大金をやるから聖女様の情報を教えろと言ってきたらどうする? 金が欲しいのだろう?」


 半笑いで団長が訊いてくる。

 まあ金のためと言ったんだから仕方がないけどさ。


「母は汚れた金を受け取る人ではありません。それに、私は逆らえないメイドに手を付けるような人間の血を引いているからこそ、それを反面教師として正しい人間でありたいと考えています」


 それは本当だ。

 オレはあんな人間にはなりたくない。

 母さんの苦労を間近で見てきたから、心からそう思う。


「相手は伯爵だ。思うところがあるだろうが、人前で悪く言うのは君にとっても良くない」


「……申し訳ありません。このとおり私は頭も口も悪いですが、性根はまっすぐです。全力で騎士としての職務を全うします。だから神聖騎士団への入団を許可してください!」


 勢いよく頭を下げる。

 団長はうーん、とうなり、副団長はまたちいさく笑った。


「どうしたものかな」


「私は気に入りました。自分で言うとおり性根はまっすぐなようですし、情熱もある。根性もありそうだ」


 それに、と続ける副団長を、顔を上げて見る。

 いたずらっぽいというか、腹黒そうというか。そんな笑みを浮かべていた。


「レオと案外相性がいいかもしれません。同い年ですし」


 レオ? 誰だ?


「あの問題児か。腕は一流だが、性格がな……」


「大人になれば落ち着きますよ」


「グレンにレオの面倒を見させようと?」


「まさか。それは酷でしょう。そういうことではありませんよ。さて、私はグレン・バートンを採用したいと考えています」


「ふむ。まあランスがそう言うのならいいだろう」


「では、グレン・バートン。神聖騎士団の騎士見習いとして君を採用する。学校の寮に書類を送るから、目を通しておくように」


「はい! ありがとうございます!」


 やった、採用されたぞー!



 そのひと月後、オレは騎士見習いとして騎士団の詰所に引っ越してきた。

 同室になったのは、レオという同い年の男だった。 

 顔はオレより大人びていて、体つきも見習いとは思えないくらいイイ体をしていた。背も高いし。

 そして男らしいイケメン。

 けど、その目は常に冷めていて、人間らしい熱というものがまったく感じられなかった。

 オレなりの処世術である“楽しい話術”で色々話しかけてみたが、一言二言返ってくるだけ。

 オレこいつとずっと同室? 息が詰まって死にそうなんだけど。


 と思っていたら、翌日、レオは部屋に帰ってこなかった。

 休日じゃないよな? 見習いの休日はみんな一緒だし。

 そういえば訓練にもいなかったし、どうしたんだ。

 その翌日も帰ってこず、さすがに心配になって話しやすそう(つまり口が軽そう)な先輩騎士に聞いてみると、レオは「懲罰房」に入っているという。

 なんでも先輩である騎士を私闘で完膚なきまでにボコボコにしたとか。

 こっわ!

 見習いなのに騎士をボコボコにできんのかよ。

 やっべぇなマジで。


「でもまあ、今回のはボコられたやつが悪い」


「え? なんでですか?」


「レオに禁句を言っちまったからな。わかってて言ったんだからタチ悪いよ」


「禁句?」


「“ミリア様”だ。話題に出すくらいなら嫌な顔をするくらいでキレはしないが、ちょっとでも悪く言うとマジでボコられるぞ。お前も気をつけろよ」


 ミリア様? 恋人かなにかか?


「孤児だったレオを引き取って十歳まで面倒みてくださった聖女様だよ。もう亡くなってるが」


「そうですか……」


「あいつ引き取られた七歳から騎士見習いとしてここにいたんだけどさ。ミリア様が亡くなるまでは、やんちゃではあったけど明るいクソガキで、あんなんじゃなかったんだ。ミリア様が亡くなってからああいう感情のない目をするようになっちまって、騎士や見習いとも交流しなくなった」


 あいつ孤児だったんだ。

 それを引き取ってくださったのがミリア様という聖女様なのか。

 その方が亡くなってからそんな風になってしまったというなら、きっとレオはミリア様が大好きだったんだな。

 オレだってもし母さんが、と思うとあまりにつらすぎる。


「ミリア様ってどういう方だったんですか?」


「お優しくて責任感のある方だったよ。子供には特に優しかった」


「ボコられた人は、そのミリア様を悪く言ったんですか?」


「ああ。レオってほら、あの顔と体だし強いしまだガキなのにモテるんだよな。女性いわく退廃的な魅力があるとかなんとか。街に行っては色っぽいオネエサン達と遊んでるらしいって噂もある。あ、これは団長と副団長には内緒な」


 えっ!

 わずか十五歳でそんな!?

 し、信じられねぇ。なんかもう別世界の住人だわ。


「ボコられたやつは若い侍女に告白してレオが好きだからって断られたらしい。で、そいつがレオの素行の悪さを指摘して“ミリア様の育て方が悪かったんだな”と」


 だっせ。

 フラれた腹いせにそんなこと言うのかよ。それに関してはレオ悪くないじゃん。

 それでも騎士か?

 オレだって母さんを引き合いに出されてそんなこと言われたらキレるわ。

 レオって感情死んでる奴なのかと思ってたけど、そうじゃないんだな。

 ちゃんと心の中に大事な人がいて、その人をずっと大事に思ってるんだ。

 人間らしいところがあるんだな。

 この歳でオネエサンと遊んでるのは憎たらしいけど。


 翌日の夜になって、レオは懲罰房から部屋に戻ってきた。


「おかえり」


「……ああ」


 面倒くさそうにレオが答える。


「お前は悪くないぞ」


 ベッドに寝転がろうとしていたレオの動きが止まる。


「ルイス先輩から色々聞いた。先輩も相手が悪いってさ」


「人の事情に立ち入るなタレ目」


「気になったんだからしょーがないだろ。同室で同い年だしぃ」


「……」


 レオが無言で寝転がる。


「オレだけそっちの事情を知ってるのも不公平だよなー。じゃあオレの話も」


「興味ない」


「オレ貴族がメイドに手を付けて生まれた子でさー、でもほっとかれたから超貧乏で。母さんがすげぇ苦労して育ててくれたんだ」


「……」


「だから何が言いたいかと言うだな、女性は偉大だということだ」


 ミリア様も、という含みを持たせたんだけど、伝わったかな。

 大事な人を悪く言われっぱなしで気分悪いかなと思ったから言ってみたんだけど……我ながら下手くそな慰めだな。


「女性だって色々だ。尊敬できる方、どうしようもない女。でもお前の母さんは立派な方だったんだろう」


 そんなこと言われて、めっちゃ嬉しくなった。

 身の上を話すことなんて滅多にないとはいえ、そんなふうに言ってくれるやつなんていなかったから。


「レオって案外いいやつだな」


「はっ、冗談だろ」  


「今はやけっぱちに見えるけどさ、根はいいやつっぽいもん。育ててくれた方がいい方だったんだな」


「あの方の話は出すな」


「……悪い。触れられたくない部分はあるよな、誰にだって」


 調子に乗りすぎた。

 オレってなんでこうドジばっかなんだろうな。

 さっきの話だって、オレの母さんは生きていてミリア様は亡くなっているというのに。

 あーバカだオレ。

 でも。

 レオの口元が、少しだけ笑みの形を作っていた。

 えっ、なんで?

 驚いてレオを見ていると、あっちを向いてしまった。

 なんだか、少しだけ仲良くなれた気がして、うれしかった。 



 翌日の訓練には、レオも参加した。

 そういえば初めてだな、レオが訓練を受けてるのを見るのは。

 なんせオレの入団翌日に懲罰房行きになってたから。

 面接でチラッと聞いた通り腕は一流で、本当に人間か疑わしいくらい体力はあるし、剣もレオの相手をできるのは騎士団の中でも上位の騎士だけだった。

 まだ騎士見習いだっていうのに。

 いくら七歳から騎士見習いだったからって、ここまで強くなれるもんなのか。

 くそ、なんか悔しい。同い年だっていうのに。

 だからレオに訓練の相手を申し込んだ。

 何度か断られたけど、オレが引き下がらないとわかったんだろう、ようやく引き受けてくれた。

 で、オレは手も足も出ずにボコられて、訓練が終わって人がいなくなっても床にのびていた。

 立てねぇ……。

 ただひたすら悔しい思いで天井を眺めていると、ぬっと大きな手があらわれて視界がひんやりと濡れた布で覆われた。

 レオの木剣に打ち据えられてできた頭のタンコブが、冷やされて気持ちがいい。

 布をずらして手の持ち主を見ると、レオだった。

 オレを一瞥し、そのまま訓練所を出ていく。

 くそぉ、敵に情けをかける気か。いや敵ではないけど。

 もう誰もいなくなったと思った訓練所に低く笑う声が響いて思わず体がビクッと揺れる。


「この短期間でずいぶんレオと仲良くなったようだな? グレン」


 副団長の声だ。

 涙目になってるのを見られるのが恥ずかしくて、布を再び目元まで引き下げる。


「仲良くはなってません。このとおり叩きのめされました」


「訓練は訓練だ、仲が良かろうが悪かろうが関係ない。だが降参もせず何度も立ち向かっていってそれくらいで済んでいるんだから、レオにしては優しいほうだ。ましてや濡れた布まで用意してやるなんてな」


「オレ悔しいっす。あいつに負けたくない」


「そこまでやられてそう言えるんだから、お前は根性があるよ」


「なんであいつ見習いなのにあんなに強いんですか」


「見習いなのは単に騎士になれる十六歳に達していないからで、実力はすでに並の騎士ではかなわないレベルだ。見習いとして訓練してきた期間も長いし、才能も私よりずっとある。だから負けて恥じることは何もない」


「七歳から見習いになれるもんなんですか」


「普通はなれないさ。養成学校に通わず十二歳から見習いになることもできるが、それも推薦が必要だ。レオが七歳から見習いになれたのは、言ってしまえば“聖女様が引き取った子”だからだ」


「……」


 ってことはコネかよ。


「ずるいと思うか? 皆そう思っていたよ。だからレオは人の何倍も努力した。ミリア様が才能もない子供を無理やり騎士団に入れたと思われないように。十三歳の頃には、見習いの中で一番の腕になった。そろそろ体も出来上がりつつあるから、さらに強くなっているが」


 十三歳で見習いトップ? 化け物かよ。

 十八歳や十九歳の騎士見習いもいるだろうに。

 二十歳までに騎士になれなきゃお払い箱だから二十代の見習いはいないけど。

 なんだかなぁ。あいつ、オレとはレベルが違いすぎる。


「でも、悔しいっす」


「ふ、そう思うのは悪いことじゃない。二人で切磋琢磨して強くなっていってくれたら副団長としては幸いだ」


「オレなんかとやり合ったってレオは変わらないでしょう」


「グレンにあってレオに欠けているものもたくさんある。主に精神面だが。お前もいい騎士になると確信しているよ」


 団長の足音が近づいて、オレの横を通り過ぎて遠ざかる。


「入団したてなんだから、焦る必要はない。無理はするなよ」


 ドアが閉まって、オレはようやく体を起こす。

 くっそ、騎士養成学校じゃわりといい成績だったオレが、手も足も出なかった。

 十三歳で騎士見習いの中で一番になれるやつなんだから、当然といえば当然なのかもしれないけど。

 でもむっちゃ悔しい。

 給料のために入った騎士団なのに、勝てない相手がいることがこんなに悔しいなんて。

 オレ……もっとがんばろ。

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