伯爵夫妻へご挨拶【後編】(レオ視点)
伯爵が目元を覆っていた手を下ろす。
泣いてはいないようだが、その目元は寂しげだった。
しかし、文句をつけようのない男? 俺が?
ついさっきまでは華やかな過去がどうのとか言っていた気がするんだが。
「顔も体つきも良い。過去がアレだとはいえ今はリーリアに一途なようだし、結婚まで手を出さないという真面目っぷり。男気もある。極めつけは最高の騎士ときた」
独り言のように話す伯爵に対して、どう反応していいかわからない。
「レオ卿。君は将来は神聖騎士団長になるのは確実なのだろう」
「確実とまでは言えませんが、今の団長とは年齢が離れているので、順当にいけば……」
「くっ、やはり完璧ではないか」
完璧って。
過去をつつかれるのはしんどいが、だからといって完璧な男と思われるのも重い。俺はそんなんじゃないし。
「そのように仰っていただいてありがたいのですが、私は決して完璧な男などではありません。元は孤児ですし、リーリア様が十八歳になられる頃にはもう三十も近い年齢です」
「それくらいの年齢差なら珍しくはない。それにリーリアは貴族籍を抜けたのだ、相手の出自など関係ない。騎士団長ともなればリーリアに苦労はさせないだろうし、そもそも神聖騎士団長と聖女など絵本に出てくるような完璧すぎる組み合わせではないか」
「……そのように思っていただけて光栄です。団長職は確定ではありませんが……」
としか言えない。
なんで急に俺を認めるようなことを言い始めたんだ。
「レオ卿。ちょっと二人で話せないか」
「承知しました」
何を言われるのか緊張するが、ここで引くわけにはいかない。
リーリア様が近づいてくる。
「お父様。レオと二人で話したいと聞こえましたが、何を話すのですか」
「そこは男同士の話だ」
「これ以上レオに対して礼を欠いた振る舞いをされるのでしたら、わたくしにも考えがありますが」
無表情でリーリア様が言う。
もうリーリア様は爆発寸前と言ったところだな。
普段は柔らかな物腰でそう感じさせないが、本来は気が強いというのは知っている。
やっぱり、伯爵夫人に似ているな。
「そう凄むんじゃない。まったく、年々リアーナに似てくるな。もう彼に対して失礼なことを言ったり試すようなことはしないから、そんなに私を嫌わないでくれ……」
「嫌ってなどいませんわ。それを聞いて安心しました」
リーリア様がにっこりと笑う。
ちらりとこちらを心配そうに見るが、大丈夫というようにちいさく頷くと、ほかの家族と共に家の中に入っていった。
「まずは座ろう。こちらへ」
庭園にあるガゼボに案内され、そこに置かれた丸テーブルを挟んで向かい合って座る。
メイドがお茶の準備をし終わって下がるまで、伯爵は一言も話さなかった。
「まずは非礼を詫びよう、レオ卿。最高の騎士に対してとるべき態度ではなかった。どうか許してほしい」
伯爵ともあろう人が、騎士とはいえ平民の俺にこんなに素直に謝るとは。
思っていたよりもずっと人格者のようだ。
「どうかお気になさらず。慈しんでお育てになったお嬢様の相手ですから、色々と気になるのは当然です」
「慈しんで、か。その通りだ」
ため息をついて、紅茶を一口飲む。
「知ってのとおり、リーリアは末子だ。あの通り見た目も愛らしいし、小さい時からとにかく可愛くて可愛くて」
「……はい」
溺愛されて育ったということだったな。
小さいリーリア様……想像したらものすごくかわいい。
「だが、あの子は普通の子ではなかった。金色の光に包まれてこの世に生まれたのだ」
「えっ!?」
聖女だからといってそんな風に生まれるものなんだろうか。聖女の力に目覚めたのは数か月前だというのに?
金色の光……思い出すのは、討伐隊に参加していた時に見た光の柱。
女神による力だろうか?
そういえばリーリア様は、産まれた自分を通して女神が地脈の光気の孔をふさいだと言っていたような。
「だから、きっと普通の人生は歩めないだろうとどこかで覚悟していた。聖女だと神殿から連絡が来た時も、妙に納得したよ」
「……そうでしたか」
「その分、大切に大切に育てようと思った。あんなにかわいい子だしな。小さなリーリアたんが初めてパパと言ってくれた日はもう嬉しくて転げまわったよ」
リーリアたん。
「リアーナ……妻にはそれは良くないと言われていたが、あらゆる危険から遠ざけたし、アホかつ面食いで有名なダミアン殿下の婚約者候補に入らないよう、色々と手を回したりもした」
アホとか言ってしまっていいのか。
最近はずいぶんと精神的に成長して立太子も間近とかいう噂を聞いたが、それを言うわけにもいかないしな。
「あっという間に大きくなって、神殿へ連れていかれて。覚悟はしていたが、とても悲しかった。聖女になるということは俗世と切り離されるということだ。実家へは二度と顔を出せないとすら聞いていた。今回よく許可が下りたものだ」
「今までの聖女様は何かと不自由なことが多かったようですが、リーリア様の努力や陛下のご理解もあってそういう点はかなり改善しつつあります。ご実家への帰省も今後はそう難しくはないかと思われます」
実家と縁を切らせたのも、おそらく短命を知られないためだったんだろう。
里心がつかないようにという意味もあったのかもしれないが。
結婚、帰省、あらゆるものの規制を昔と同じ程度にまで緩めると大神官は言っていた。
今回の伯爵家訪問の許可もあっさりと下りた。
「そうか……! それを聞いて安心したよ。またリーリアに会えるんだな」
伯爵はテーブルに肘をつき、目元で手を組む。
泣いているように見えた。
「君からしてみたら、私はどうしようもない男に見えるだろう。娘の恋人のことを調べ、いびるような真似をして」
「そのようなことは決して。リーリア様を心から大切に思っていらっしゃるがゆえだと思っています」
「そうだな。リーリアがかわいくて仕方がない。そのリーリアが、パパより大事な男を急に連れ帰るものだから、悔しくて醜態をさらしてしまった。しかも文句のつけようのない男だ。よけいに悔しかったよ」
「そのように評価していただいてありがたいのですが、私は決して文句のつけようのない男などではありません。欠点もたくさんあります」
「私からすればそう思えるんだ。リーリアの相手として、君よりいい男はそういない。その気持ちは素直に受け取っておきなさい」
「恐れ入ります」
伯爵が一口紅茶を飲む。
俺もそれに倣った。
「想像してみたまえ」
「?」
「君たちが結婚して、リーリアそっくりのものすごくかわいい娘が生まれたとしよう」
リーリア様そっくりの女の子か。
それは……かわいいな。
「日々成長して、パパと呼んでくれるようになって。そのうちパパしゅきーとか言ってくれるんだ。キラキラのお目々で見上げながら。パパが痛がっていたりしたらつるつるすべすべの小さなお手々で撫でてくれたりもするんだぞ」
なんだそれは。
想像するだけで愛しさがあふれてくる。
「その娘が成長して、思春期に入った頃にはお父様くさいとか言われるかもしれないが、それも過ぎて結婚も考える年ごろになって」
お父様くさい。
言われたら死ぬほどショックだな。
伯爵が「ああ、リーリアには言われなかったが」と付け加える。
姉君のどちらかには言われたんだろうか。
「ある日……恋人を紹介したいと男を連れてくるんだ。しかも非の打ちどころのない、いい男」
リーリア様そっくりの娘が、成長して男を連れてくる?
……。
「なるほど。お気持ちはわかりました。こう言ってはなんですが、心情的には一発くらい殴ってやりたくなりますね。実際にはやらないでしょうが」
しまった。思わず素が出てしまった。
「そうだろう!? いや、君を殴りたいというわけじゃないぞ。それにアホなダメ男なら許せるのかと言えばそうではなく、死ぬ気で反対するだろう。それこそ殴ってやりたくなる。だからといって、反対する理由もない男が来てしまえば、この複雑な気持ちをどう扱っていいのか自分でもわからなくなる」
「そうですね。想像しただけで辛いのですから、実際にそれを体験するとなるとどれほどお辛かったか」
「そうか! わかってくれるか!」
「はい」
「やっぱり君はいい男だ! ふむ、悔しくて仕方がなかったが、君のことは気に入った。実にいい。今度酒を酌み交わそう」
「ありがとうございます。是非ご一緒させてください」
「いやー楽しみだ。そして楽しみなことがもう一つある」
「なんでしょうか」
くっくっく、と喉の奥で伯爵が笑う。
悪役のように。
「孫だよ……」
座った目で笑いながら言う伯爵。
からかっているのではなく真剣にそれを楽しみにしているのが伝わってきて、恐ろしくなった。
「気がお早いのでは」
「そうだな。結婚すらまだだしな」
「失礼ですが、お孫さんは?」
「嫁いだ長女に男の子が一人。ただ、嫁ぎ先の大事な跡取りだから数えるほどしか会えていない。息子も次女も結婚してそう時間も経っていないし、孫はその一人だけだ。楽しみだなあ、リーリアの子供」
ニコニコと笑う伯爵が恐ろしい。
気が早いにも程がある。
「子供は授かりものと申しますし……」
「わかっているよ。催促するつもりはないし、授からないことがあるのもわかっている。その時は潔くあきらめるさ。リーリアが幸せならそれでいい」
結婚前から催促しているように聞こえたが。
「私そっくりの男の子が生まれてくるかもしれませんし」
「それはそれでいい男に育ちそうで楽しみじゃないか。大きくなったら一緒に乗馬など楽しみたいものだ」
「私はリーリア様より十歳も年上ですし」
「その点は君なら問題ないだろう」
どういう意味だ。
いやわかるが。
「いや、先走りすぎたな。忘れてくれ」
「はい……」
疲れが一気に襲ってくる。
伯爵は人格者だが、リーリア様のことになると暴走するようだ。
「さて、リーリアも神殿に戻らなくてはならないだろうし、今日はそろそろお開きにしよう。君に会えてよかったよ」
「私もお会いできて光栄でした」
「社交辞令でもなんでもなく、是非また遊びにきてくれ。可能なら領地にも」
「はい」
「レオ卿。リーリアは……神殿で幸せに暮らしているか? 辛いことはないか」
「正直に申し上げますと、大変な時期もありました。ですが、今は皆に心から慕われ、心穏やかに過ごされています」
「大変な時期とは、先日現れたあの金色の光の柱と関係があるのかな?」
「……」
あの光の柱は、空高く上ったからな。
王都からも見えただろうし、色々と噂にもなっただろう。
聖女という存在に馴染み深いこの国だから、「聖女様の奇跡らしい」で落ち着いているようだが。
「いや、詳しいことは言えないだろうな。忘れてくれ。リーリアがいま元気で幸せならそれでいいんだ」
「はい」
「娘を頼んだよ」
「お任せください」
一礼して顔を上げると、伯爵は穏やかな顔で微笑んでいた。
これが父親の顔というものなのかと、漠然と思った。
帰りの馬車が動き始めるなり、リーリア様は「お父様に変なことを言われなかった?」と聞いてきた。
ずっと心配してくれていたんだろう。
「何も。気に入った、今度一緒に酒を飲もうとまで言われましたよ」
「本当に?」
「はい。もちろんです」
「そう、それならよかった。今日はお父様が色々とごめんなさい。何度お父様に対して怒りをぶつけそうになったことか」
「俺を気遣ってくれてありがとうございます。ですが、リーリア様を大事に思うあまりのことでしょう。俺に謝罪までしてくださったし、良い方でした」
「そうね。少し暴走するところがあるけれど」
たしかに。
「リーリア様はお母様やお兄様お姉様たちとゆっくりお話ができましたか?」
「ええ。久しぶりに話せてとても楽しかったわ。お母様もお兄様もレオのことを褒めていたわよ。お姉様たちはレオのことすごく素敵だと」
「恐れ多いですね」
「レオはやっぱり女性に人気があるようね」
リーリア様ほどじゃないだろう。
そういえば帰り際に物陰で泣いてたな、カイという男。
「お世辞ですよ」
「そんなことはないと思うのだけど。ところでお父様とはどんなお話をしたの?」
……孫……
「リーリア様がお元気に幸せに過ごしているか、気にされていました」
「そうなのね」
結婚に、子供、か。
それについてはかなり真剣に考えているが、実感はわいてこない。
リーリア様の気持ちがこのまま変わらず求婚を受け入れてもらえれば、リーリア様が、俺の……妻に。
信じられない。やっぱり実感がわかない。
この方と一緒に暮らして、……。
駄目だ、まだ先は長いし確定したことでもないんだから、余計なことは考えないほうがいい。
煩悩退散。
「レオ。どうして目をつむっているの?」
「瞑想中です」
煩悩を振り払うための。
「? そう。何かと気を使って疲れたでしょうから、眠っててもいいのよ」
「護衛も兼ねているので寝ません」
「ふふ、そうだったわね」
リーリア様が俺の手をそっと握って、俺の腕に頭を預けてくる。
くっ、よりによって今そんなことを。
だが、すべすべの手もその温かさもものすごく心地いい。
少しもどかしいが、これはこれで幸せだ。
この初々しい関係は、きっと今だけ。いや……リーリア様相手なら、結婚するまでずっと「お友達より親しい」程度の関係のままかもしれないが。
今はあれこれ考えすぎず、ようやくかなった恋を楽しんでいよう。
リーリア様が俺の隣にいて、手を握ってくれるこの幸せを噛みしめながら。
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