第27話 力と責任
騎士たちの距離感が変わった気がする。
どこかよそよそしいというか、恐れているというか。
ラッセルが国外追放になったことやアイラが修道院送りになったことが原因かしら。
グレンも警護の不手際を責められたらしく顔を腫らしていたし。
あれは痛々しかったわ。治してあげたかったけれど、ああいうのはきっと治しちゃだめなのよね。
あの傷を作ったのがランス卿らしいとルカから聞いたときは驚いたけれど。
普段は優しげだけれど、屈強な騎士たちをまとめあげる団長だもの、厳しさも必要よね。
占月官も一時は関与が疑われたけど、潔白の証明のために自らの希望で真実の口を受け、無実が証明された。
月のものも、彼女が言う通りに来た。
今日は久しぶりに王宮の図書館に足を運んで、本を借りることにした。
ダミアン殿下に会ったりラッセルに会ったりとあまりいい思い出はない場所だけれど、本は好きだしこんなに立派な図書館があるのに利用しないのはもったいない。
エイミーと、護衛騎士二人とともに図書館へ向かう。
副団長になったレオに、神殿の敷地外は二人以上の護衛をつけて歩くように言われているのよね。
「こんにちは、マーサさん」
受付に座る美人司書のマーサさんに声をかける。
エイミーと護衛騎士の一人はそのまま入り口で待機して、もう一人の護衛の騎士は図書館の中を見て回った。
「これは聖女様。ようこそいらっしゃいました。どうかわたくしのことはマーサとお呼びください」
「わかりました。今日は気軽に読める本を探しに来たんですが、何かおすすめはありますか?」
「そうですね。聖女様は恋愛小説などはお読みになりますか?」
「実はあまり読んだことがなくて。でもたまに読んでみるのもいいかもしれません」
「人気があるもので今借りられていないものだと『私の騎士様』がございますね」
「私の騎士様……」
なんとなく胸のあたりがもやっとする。
あの事件のせいかな? と思うけれど、恐怖や不快さは感じない。
その正体が気になったので、借りてみることにした。
「ああ、あとは『背徳の騎士 ~薔薇色の唇に惑わされ~』も人気がございます」
「そっちは結構です」
タイトルからしていかがわしい。
若い護衛騎士はもじもじしていた。なぜあなたがもじもじ。
マーサが私にだけ聞こえるように「あとでお部屋にお届けしましょうか?」と尋ねるけど再度断った。
騎士や侍女の手前恥ずかしいから断ってるわけじゃないってば。
結局恋愛小説は一冊だけで、『世界の不思議な生き物辞典』『後宮の呪い』『推理小説のトリックは本当に実行可能か ~トリックにロープ使い過ぎ~』といった様々なジャンルの本を借りて図書館を後にした。
図書館の裏側にまわると、整備された庭園がある。
神殿や王宮の庭園のように花々で彩られているわけではないけれど、ベンチと芝生、奥には大きな池や木立があって落ち着いた風情がある。
少し歩いていると、近衛騎士と侍女らしきカップルが木陰にちらちらと何組か見えた。
邪魔しては申し訳ないので少し離れ、エイミーにそっと尋ねるとこの場所は逢引きが許されている場所なのだとか。
そして出会いの場所でもあるらしい。
ここを利用するのは城に勤める侍女や近衛騎士が多いらしいけれど、神殿の侍女や神聖騎士も立ち入ることができるとのこと。
でも神殿の侍女がここをウロウロしていると城の侍女に追い返されることもあるとか。
曰く、近衛騎士様は私たち城の侍女のもの! だそう。
なにか色々大変ね……。
でも騎士や侍女だって恋愛したいだろうし、一生独身でいたいわけじゃないわよね。
恋愛。結婚。
どちらも私には縁がなさそう。
恋人同士ってどんな感じなのかしら。
結婚はしてみたかったわね。子供が欲しかった。まさか前世も今世も聖女だなんて。
……だめね。考えても仕方がないわ。
こんなところを聖女がウロウロしていたら恋人たちの邪魔になるだろうし、立ち去ろう。
そう思って庭園の出口へと向かっていると。
あら……殿下。
向こうも私に気づくとぎょっとしていた。
「聖女殿」
あら? リーリアじゃなくて聖女殿になったわ。
「殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう」
「あぁ……まあうるわしくはないが……」
はああ、と盛大な溜息をつく。
何かあったのかしら。
「ちょっとそこのベンチで話さないか」
「え?」
嫌だ。
「安心しろ、そなたのことはもう狙ってはいない。私もこの歳で死……いや。とにかくそなたの意見をきいてみたい。そなたなら正直に話してくれそうだから」
「わかりました」
何か本当に悩んでいるようだし、護衛の神聖騎士も近衛騎士もいるからまあいっか。
もう狙っていないというし。
二人で少し距離をあけてベンチに座ると、神聖騎士とエイミーは話が聞こえないくらい離れた場所に移動した。
近衛騎士は王子の護衛ということもあって、少し離れながらも話が聞こえるか聞こえないかくらいの距離に立っている。
「それで、お話というのは?」
「ああ……。そなたの
指を組み、足元を見ている殿下の顔はいつになく真剣だわ。
どうしたのかしら。
「私は次期国王にふさわしいと思うか」
「いいえ」
王子がうなだれる。
「正直すぎるだろう。身も蓋もないな」
「申し訳ありません。忌憚なくとのお言葉でしたので」
王子は天を仰いだ。
「何かありましたか」
「私の立太子の話が一向に進まなくてな。それどころか最近第二王子を王太子に、という話が出てきた。腹違いの弟で私の母も弟の母も亡くなっているが、弟の母親のほうが身分が高く後ろ盾も強いという背景もある。それだけでないというのは私もわかってはいるが」
かわいそうだけれど、この王子の様子じゃあそういう話が出ても仕方がない気がする。
第二王子は幼くていらっしゃるけれど聡明そうだし。
「そなたも弟のほうがふさわしいと思うのか」
「第二王子様についてはわたくしは存じませんので」
「だが私は国王の器ではないと思っているのだろう」
「はい」
「ぐうっ」
ぐうの音も出ないとはいうけれど、本当にぐうって言う人がいるとは。
少し離れているはずの近衛騎士は、どこか笑いをこらえているように見えた。
「……私のどこが駄目なのだ。自慢ではないが知識量はかなりのものだぞ。外国語も完璧だ」
それは意外ね。
基本的に頭は悪くないってことよね?
「正直な意見をお聞きになりたいですか」
「ああ」
「お耳に痛いお話になるかと存じますが」
「あ、ああ。今更後には引けん」
「そうですか。では申し上げます。殿下は致命的に無神経でいらっしゃます。考えなしに発言をしてしまうところが王族としては一番の問題です。発言をする前に一呼吸おいて、言っていい言葉かどうか考えてから発言されたほうがよろしいかと」
「ぐっ……た、たとえば」
「わたくしの容姿について言及したり、前聖女を貶めたりといったことですね」
「それはそなたを褒めるつもりで……」
「褒めることは悪いことではありませんが、じろじろ見ながらや必要以上に容姿を褒めるのは不躾と思います。そういったことは一事が万事でございますので、相手の気持ちを考えない、思ったことをそのまま口に出してしまうということが普段から多いのではないでしょうか」
「そうか。なかなか死にたくなる勢いで正直に話してくれるな」
「申し訳ございません」
「心のこもっていない謝罪はいい。だが……父上にも同じようなことを言われている。王族と同等ともいえる身分を持ちながら政治に関わらないそなただからこそ、本当のことを私に遠慮なく言えるのだな。だから私もそなたに尋ねたのだ」
涙目でふう、とため息をつく。
ちょっと正直に言いすぎたわね。
でも、陛下はダミアン殿下を次の王にと考えていらっしゃるのかしら。
殿下のお話を聞いていると、陛下は殿下を見捨ててはいない気がする。
第一王子だから? それとも、第二王子の母君の実家が力を持ちすぎるのを懸念してのことかしら。
「殿下は王になりたいのですか?」
「当然だろう」
「何故ですか」
「何故? それはもちろん第一王子として生まれたからには……」
まずそのあたりが曖昧だから王になるという自覚が生まれないのね。
「わたくしは聖女にはなりたくはありませんでした。結婚し、子供を産み……そういう平凡な人生を夢見ておりました」
王子が意外そうにこちらを見る。
私は一度視線を合わせたあと、まっすぐに前を見た。
「ではなぜ聖女になった?」
「わたくしが力を得てしまったからです。他の誰も持ちえないほどの力を。神殿に入らなくても力を行使できますが、聖女の力を持った者が市井に身を置けば混乱を招くでしょう。だから神殿の籠の鳥となりました」
「籠の鳥、か」
「はい。籠の中で少しでも楽しく過ごせるよう、何かとわがままを通してはおりますが」
苦笑しながら王子を見ると、ぱっと視線をそらされた。
うつむいた彼の顔は、前髪に隠れて見えない。
「大いなる力には大いなる責任が伴うと申します。望むと望まざるとにかかわらず、聖女の力を持ったからには聖女として生きていくだけです。それがわたくしの役割ですし、だからこそ人にかしずかれ民が納める税金で生きていく生活が許されるのでしょう」
「……権力も。王族も同じだと?」
「そう考えます。この国の最高権力者たる王になるのであれば、それに伴う大いなる責任が生まれます。同時に、大いなる不自由も。そのすべてを受け止める方が王になられるのだと思います」
「……やはり私は相応しくはないのだろうか」
「殿下のお心次第かと」
「そなたは私が国と民を導いていけると思わないのだろう?」
「現時点では。でも心から王座を望むのであればきっと殿下は変わられると思います。それに王一人で国を動かすわけではなく、優秀な家臣の方々がいらっしゃいますから」
王子はしばし無言になって何事かを考えていた。
私もそれ以上は何も言わず、彼の言葉を待つ。
「不思議だな……」
「?」
「父上や家庭教師にも同じようなことを言われてきたはずなのに、何故かそなたの言葉ほど心に入ってはこなかった」
「わたくしが殿下に何も望んでいないからかもしれませんね。期待していないというのではなく、王になることもならないことも望んではおりませんから」
「そうかもしれないな。あとは直球すぎるその物言いがかえって響いたのかもしれん」
王子がちいさく笑う。
初めてその顔を王族らしいと感じた。今は不思議とアンポンタン感がない。
私も、つられて笑みをうかべる。
「辛辣すぎました。申し訳ありません」
「構わん。それにしても……あれだな」
「はい?」
「やっぱりそなた私の后にならないか」
「お断りいたします」
「ぐうっ。やはり身も蓋もない」
また、近衛騎士が笑いをこらえているような気がした。
今夜は早めに夕食とお風呂を済ませて、さっさと夜着に着替えた。
なんだか今日は疲れたわ。王子と話したからかしら。
自分がダミアンポ……ダミアン殿下を変えられたなんて自惚れるつもりはないけど、何かのきっかけになればいいとは思う。
あとは本人次第よね。
いい王様になってくれたら嬉しいのだけれど。
国民のためというのももちろんあるけれど、そのほうが聖女が生きやすいから。
ちょっとはしたないけれど、今夜はベッドに寝転がりながら本を読むことにしよう。
ここのところ色々あって、少し頭をからっぽにしたい気分だから。
最初に読んだのは『世界の不思議な生き物辞典』で、興味深い内容で楽しく読むことができたけれど、辞典ということもあってすぐに読み終えてしまった。
まだ眠くならないので次に手に取る本を考える。
『後宮の呪い』……怖い。夜に読むものじゃないわ。
『推理小説のトリック(以下略)』……無駄に頭を使いそう。
というわけで『私の騎士様』を読んでみる。
内容は、城の侍女と近衛騎士の恋物語だった。
それはいいのだけれど……侍女の名前がイーリアで、騎士の名前がレオンって。
何かの陰謀?
ううん、意識しすぎよね。何考えてるのかしら私。
内容としてはそう珍しいものではなさそう。
『ふっ……俺を殴るとは面白い女だ』とか
『お前は俺の女だ。他の男になんて渡さない』とか
いわゆる“俺様”というジャンルの男性らしい。
私の攻撃技ではない壁ドンなんかも出てくる。
よかった、レオと似た感じの騎士じゃなくて。
レオンの元彼女の登場やイーリアに惚れる幼馴染の騎士(当て馬)の登場があって盛り上がったり盛り下がったり、という展開をパラパラと流し読みする。
そしてようやくお互いの気持ちが一つになった、らしい。
『イーリア』
『レ、レオン……』
二人は熱い口づけを……って、なんだか恥ずかしい。
そのままベッドに押し倒され、服を……あわわわわわ
本を閉じる。
思ったよりも過激な内容の本だったみたい。
しかも挿絵まで。
これを借りたと思われるのが恥ずかしい。
それともこんな本はみんな普通に見てるもの? 中身はイイ歳なのにこんなことで動揺するのもおかしい?
ああっもう。考えたくない。寝よう。
わたわたしながら掛布団をひっぱると、ベッドの上に置いていた本がバサバサと落ちた。
しまった、借りた本が。本の存在が頭から完全に抜けてたわ……。
あわててベッドから下りようとしたところ、今度はサイドテーブルの水差しに手を引っかけてしまい水が派手にこぼれる。
かろうじて水がかからなかった本を急いで避難させようとして、今度は私がベッドから転がり落ちた。
「いたた……」
なにやってるの、私。
ばかみたい。
本は無事でよかった。
本をテーブルの上まで移動させようと立ち上がると、ノックの音が聞こえた。
「聖女様。何かありましたか」
レオの声。
それはそうよね。こんなにバタンバタン音がしてたら確認されちゃうわよね。
「問題ありません。寝ぼけてベッドから落ちただけですから……」
本を置いて答えるけれど、声がうわずっている。
「……それだけですか?」
「それだけです。な、なぜわたくしが嘘なんて」
「……」
わかってるわ。
我ながら怪しいと思うもの。私って動揺するとどうも怪しくなるみたい。
それに前科があるものね。
以前にも同じようなことがあって、そのときにはセティがいたんだから。
また誰か連れ込んでるとか思われるのも楽しくないわね。
ショールを肩にかけて、扉を開ける。
「そんな恰好で出てきてはいけません」
レオって時々お母さんみたい。
「レオに疑われたくありませんから」
「疑ってなどいません」
「いいんです、前科がありますから。部屋の中を見て構いませんわ」
レオが入れるくらいまでに扉を開ける。
レオは「失礼します」と一歩部屋に入ると、あたりを見回した。やっぱり疑ってるんじゃない。
「疑いは晴れましたか」
「心配だっただけです」
「……色々ありましたものね。いつもありがとう」
「いえ、これが仕事ですから。それよりも、頬が少し赤いですね」
「え!?」
あの本のせい?
そう考えると、よけいに恥ずかしくなった。
「ますます赤くなっていますが、お熱でも? 侍女を呼びましょうか」
「いいえ、大丈夫です。体調は悪くありません」
レオの顔が見られなくて、視線をそらす。
恥ずかしい。
ちょっと過激な本を読んでいたのを、見透かされてしまいそうで。
レオに知られたら死んでしまうかも。
「……。何事もないようで安心しました。夜分に失礼いたしました」
「いいえ。お疲れ様です……」
ドアが閉まるのを見てから、なんだかもう色んな意味で恥ずかしくて両手で顔を覆った。
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