第12話 たとえ憎まれても


「何をする。離せ」


 セティに、シャツをめくり上げていた手を振り払われる。

 そういえばセティは私とレオ以外に触れられるのを極端に嫌っていたのを思い出した。

 そうじゃなくても、知らない人に服をめくり上げられれば誰だって嫌だろうけど。


 最後にセティに聖印を施したのはいつだったろう。

 ああ、体調が悪くなってきた頃だわ。つまり死のひと月ほど前。

 魔力のコントロールがかなり上達していたからもう必要はなかったのだけれど、セティ本人が望むから施した。

 これがあれば、ミリア様の聖なる力を身近に感じていられる、ミリア様がいつも側にいるみたいで嬉しい、と。

 そう、言っていた。


 だからなの?

 そんな消えかけの聖印を、後生大事につけているのは。


 本来なら、こんな弱い聖印はとっくに消えているはずだった。

 魔力が放出されるたび、聖印は弱まっていくから。だから定期的に施しなおす必要があった。

 けれど、十六年もの間その聖印が消えなかったということは。

 魔法を使うどころか、魔力を外に一切放出していないということ。

 では、あの強い魔力はどこへ?


 ――セティの体の中に、押し込められている。


 さっき少し触れたとき、彼の体の中に歪んだ魔力の奔流を感じた。

 おそらく、あそこまで歪んだものが体の中にあると、聖なる力も正常には作動しない。

 つまり腕をつなげることはできない。

 それどころか、歪んだ魔力はセティの体を蝕んでいる。

 あの痩せた体も目の下のクマも、ただミリアの死を悼むあまりのことではないはず。


「ランス卿」


「はい」


「腕を」


 彼に手を差し出す。


「お手伝いいたします」


「いいえ、大丈夫です。わたくしに渡してください。腕を接合できるかいったん試すだけです。おそらくは難しいでしょうが」


「やめろって言ってるだろ」


 聖印が消えるのを怖がっているの?

 そんなものを守るために、腕を失うのも命すら失うのも厭わないとでも?


「ひとまず試すだけです。外部からの力ですから、その消えかけの聖印に影響はありません」


「……」


 彼の腕の包帯をほどく。

 赤い肉と骨が見える断面があらわになった。目をそむけたくなるような光景。

 こんな風に腕を切り落とされて、どんなに痛かったかしら。かわいそうに。

 ランス卿から腕を受け取る。案外、ずしりと重い。

 ぷくぷくしたかわいい腕は、筋張った男性の腕になったのね。細いけれど。

 腕をかかえて傷口同士を合わせる。

 そして聖なる力を放出する。

 けれど。

 やっぱり、つかない。

 体の中の異様な魔力の流れが、聖なる力を拒んでいる。

 一所にとどまる水が腐るように、彼の魔力もまた淀んでいた。

 そして、それが体を蝕んでいる。

 今の彼の様子を見るに、睡眠もろくに取れず食欲もかなり減退しているに違いないわ。

 ――このままでは、いつ突然死してもおかしくない。


「つかないみたいだね? もういいよ」


 私は深く息をついて、腕を彼の横に置いた。

 ランス卿が、セティウス、と呼びかける。


「何度も腕に氷の術をかけなおしているから、私の“気”の力も限界だ。紋章術で保存できなければ、腕が腐ってしまう。そうなればいくら治療師殿のお力でも無理だろう」


「だからいいんですって団長。腕なんかなくてもいい。ほっといて」


「馬鹿野郎!」


 怒鳴ったのはレオだった。


「いい加減にしろ! この方の力でも治らないのは、その聖印のせいなんだろ! そうやって消えかけた聖印に執着して、死ぬつもりか!」


「さあ。どうでもいいんだよもう」


「ミリア様がそんなつもりでお前に聖印を授けたとでも!? そんなザマでくたばって、ミリア様が喜んでお前を迎えてくれると思うのか!」


「その名を出すな!」


 胸が痛い。

 セティにとって、そこまでミリアがすべてだったの?

 それとも、ミリアの死後に自暴自棄になるような出来事があったの?

 自分の命すらどうでもいいと思うほどのことが。

 ほんのわずかに残る聖なる力の痕跡を抱いて、そのまま生を終えたいと思うほどのことが。

 ミリアの死後、セティは幸せを感じることはなかったのだろうか。

 レオだっていたのに。その心はずっと閉じたままだったの?


 ごめんなさい、セティ。

 これは私の罪。

 傷ついてからっぽになった心に入り込んで、まだ幼いあなたの元を去ってしまった。

 さらに大きな傷をつけてしまった……。


 ねえセティ。

 私は、あなたに生きてほしい。

 生きて幸せを探してほしい。生きていてよかったと思ってほしい。

 それがエゴだったとしても、何もないまま、あなたの人生を終えてほしくないの。

 だから。


「ごめんね……」


「何?」


 これは、私の新たな罪。

 どうか私を恨んで。


 私はセティの胸に服の上から触れると、その消えかけの聖印をかき消した。


「な……に……を」


「……」


「聖印、が……! よくも……!」


 セティの体からすさまじい魔力がほとばしる。

 風となったそれは部屋の中で荒れ狂い、窓ガラスを粉々に砕いた。

 レオとランス卿が駆け寄るよりも早く、私は再度セティの胸に触れ、新たな聖印を施した。


 風が、止む。

 魔法を封じられたことに気づいたセティが私に掴みかかろうとしたけれど、レオが私の前に出て、さらにランス卿がセティの右腕を掴んだので、それはかなわなかった。


「お前っ……絶対に許さない……!」


 なおも私に襲い掛かろうとするセティ。

 仕方がない、とランス卿がつぶやき、セティの首の後ろに手刀を入れた。

 彼が、糸が切れた人形のようにベッドの上に倒れこむ。


「聖女様、危険なことを……。セティウスにとってはあの聖印は」


「ランス卿、わかっています。彼はわたくしを恨むでしょう。とても」


「それをわかっていて何故」


 そう問うたのはレオ。

 何故恨まれるとわかっていて一介の騎士の事情に立ち入り、強引に聖印を消したのか。

 そう思うのが当然でしょうね。


「あの聖印が消えるよりも早く、彼の命が消えていたでしょう。わたくしは彼に生きてほしかった……聖女らしいただの身勝手な偽善です」


「しかし」


「今はこれ以上何も聞かないで下さい」


 意識を失っているセティを見下ろす。

 どうか生きてほしい。どうか。


「それよりも、今のうちに腕を治してしまいますわね。さっき彼は思い切り魔力を放出しましたから、魔力の歪みもだいぶ解消されているはずです」


 私はベッドに置いた彼の腕をとり、再度傷口同士を合わせる。

 あれ? 腕がなんだか不自然な方向を向いている。

 このまま癒しちゃダメよね。もうちょっとこっち? あれこっち?

 こう? こう? こう?


「聖女様、腕で遊んでないで」


 とレオ。


「遊んでなんていませんわ」


「そうですか。でも向きがズレてますよ」


 レオがさっと直してくれる。

 あ、自然な感じになった。 

 癒しの光は、今度は淀んだ魔力に邪魔されることなく、彼の腕を元通りにしていく。

 よかった。

 これで腕も動くようになるはず。

 振り返ると、ランス卿の口元が笑いをこらえるように歪んでいた。

 えっ、腕で遊んでたから? いや遊んではいないんだけど。

 この場面で笑えるとは、相変わらず大物ね。


 それにしても。

 力を、使いすぎた。

 もう完全に限界を迎えている。今にも倒れてしまいそうだわ。


「レオ。神殿に戻りましょう」


「わかりました」


「そういえば重傷者がここに運び込まれて間もないのに、随分と早くいらっしゃいましたね。騎士ならともかく、聖女様の外出許可もそんなに早く下りるものなのですか?」


「……」


「……」


「脱走ですか」


「どうでしょう」


「さあね」


 ランス卿が深く息を吐く。


「裏門の門番はクビにしなければなりませんね。しかし、出るときよりも入るときのほうが入念に調べられますよ。城壁内に不審者を入れるわけにはいきませんから。時間もたっているから門番も交代しているでしょうし」


 それはそうよね。

 レオをちらりと見ると、俺は知らんという顔をされた。冷たい。


「聖女様には感謝してもしきれませんので、今回は私の団長印を使って門番に文書を書きましょう。極秘の任務だったのでレオの連れている女性について詮索するなと」


「感謝しますわ。ところで、ランス卿はもともとわたくしに治療を依頼する予定だったのでしょう? 切り落とされた腕を保存していたのですから」


 彼が視線を伏せる。


「お察しの通りです。騎士だからといってそんなことを聖女様に依頼するのが許されるのか、神殿が許可を出すのか、新しい聖女様が引き受けてくださるのか、そもそも治療は可能なのか……そんなことを考えながらも、望みを捨てられませんでした」


「ランス卿は部下想いなのですね」


「いいえ。ただの身勝手です。もちろん部下が助かったことは心から嬉しく思いますが、聖女様にご負担をかけた挙句、セティウスに関しても……」


「彼のことは強引な手段をとったわたくしの責任です。でも後悔はしていません」


「セティウスもいずれは分かってくれると信じています。それまでは神聖騎士団が聖女様を命にかえてもお守りします」


 ランス卿がレオに視線をうつす。

 レオは力強く頷いた。


「さて、文書を作成してまいりますので少々お待ちください。大きな音がしたので職員や他の騎士が心配しているかもしれません。それも説明してきます」


「何から何までありがとうございます」


「いいえ、こちらこそ。レオ、まだ目は覚まさないはずだがセティウスから目を離すな」


「わかっています」


 ランス卿はちいさくうなずくと、部屋から出て行った。


 気絶しているセティを見下ろす。

 目を覚ましたら、彼はどうするのだろう。

 あの様子だと、私に何か仕掛けてくるかもしれない。下手をすると、殺意を向けてくるかも。

 そうだとしても仕方がないわね。

 セティの気持ちを無視して、彼が何よりも大切にしていたものを消してしまったのだから。

 憎まれても、それを受け止めなくては。

 だからあえて聖印は弱くかけた。もってせいぜい三日、躍起になって消そうとするだろうからもっと早いかもしれない。

 仕掛けてくるなら魔力が戻ってからでしょうね。

 もちろん、殺されてあげるつもりはないけれど。


「聖女様は強引すぎます」


「おっしゃるとおりですわ」


「セティウスがあなたに何かするかもしれません」


「そうかもしれませんね」


「何をのんきな。こいつは色々普通じゃない。昔からぶっ壊れてるんです」


「……」


「詳しくは知りませんが、セティウスは悲惨な環境で育ったらしい。そんな中、こいつに愛情をかけて育ててくれたのが聖印を授けてくれた三代前の聖女様です。その方が亡くなったとき、すでに危険な精神状態だったのに、その後実の母親に偶然教会で会って、ひどい暴言を吐かれ……」


 えっ。

 私が死んだ後、実母に会ったの!? 

 一体何を言われたのかわからないけど、きっと深く傷ついたのだわ。

 もう家に帰れなくてもいいと言いながらも、セティは心の中では母親を待っていると感じていたのに。

 どこまでもかわいそうな子。


「聖女様、俺があなたをお守りします。こいつの命を救ってくれたことに感謝していますし、そもそもこいつが聖印にこだわったのは俺のせいですから」


「え?」


「大切な人……ミリア様を亡くしてセティウスが暴走しかけた時に、それを止めようとして言ったんです。ミリア様に最後にもらったものを壊す気か、と。暴走は止まりましたが、変に聖印にこだわるようになってしまいました」


「でもその時は暴走を止めるためにそう言うしかなかったのでしょう」


「暴走して神殿に迷惑をかけ、追い出されたら……こいつに帰る場所なんてありませんから……」


「あなたはその時できる最善を尽くしました。何も悪くありません。聖印にこだわるようになってしまったのも、結果論にすぎません」


 優しいレオ。

 私が施した聖印が、二人をこんなに苦しめてしまうなんて。

 

「聖女様、ありがとうございました。ミリア様のもとで一緒に過ごしたセティウスは、俺にとって弟のようなものなんです。生きてほしいと思っています」


 レオはずっと、セティを心配してくれていたのね。

 あの頃と変わらず、お兄ちゃんでいてくれた。

 その思いがセティにもちゃんと届けばいいのだけれど。


「手段が強引すぎましたわ。申し訳なく思っています」


「たしかに強引でしたが、ああでもしなきゃこいつは聖印を守り通して死んでたんでしょう。俺のせいとはいえ命よりも聖印が大事なんて、馬鹿なやつです。ミリア様がくれた最も大切なものは、聖印じゃなく幸せな思い出だろうに……」


 独り言のようにつぶやくレオの言葉が、胸を締め付ける。

 泣いてはダメ。

 変に思われるわ。

 レオ、ありがとう、ごめんね。

 セティ、ほんとうにごめんね。



 団長から書付を受け取り、私たちは城門へと向かった。

 立っている時は気力を振り絞っていたけれど、馬に乗った途端に疲れがどっと出て、何度となく意識を失いそうになる。

 そのため、レオは私のお腹のあたりに腕を回して支えてくれた。

 行きの時は触れるか触れないかくらいの距離にいたけれど、今は私が彼に背中を預けるような形になっている。

 背中に感じる体温が心地よくて、よけいに眠くなった。


「かなりお疲れのようですが、大丈夫ですか」


「ええ。少し力を使いすぎただけです。眠れば回復します……」


 パカパカという馬の蹄の音ですら子守歌のようで。

 意識が遠のき、首がかくんと揺れてはっと顔をあげる。

 レオがちいさく笑った。


「どこかで座って休んでから戻りますか? 馬はお辛いでしょう」


「平気ですが……レオにお任せします」


「なんなら俺の家でもいいですよ。ここから近い」


 笑いを含んだからかうような声。

 独身者なのに城門の外に家を持っているのは珍しいわね。

 レオはどんな家に住んでいるんだろう。掃除なんかも自分でしているのかしら。


「どんな家なのか興味はあります」


 私を支える腕が、ぴくりと動く。

 後ろからため息がきこえた。


「あなたは無防備すぎる」


 今度は少し怒ったような言い方。


「……?」


「あなたは若くて美しい女性なんです。それを自覚したほうがいい」


「自覚はしていますが」


「あークソッ」


 だからクソはだめだってば。

 これだけはなおらないわね。

 それにしても、眠い。頭が回らないわ。


「俺が悪い男だったらどうするんです」


「悪い男ではないでしょう」


「わかりませんよ。あなたのような人がのこのこ家についてきたら、へんな気を起こして豹変するかもしれません」


 私を支える腕に力が入る。

 声がやけに近くで聞こえる気がした。


「へんな気、ですか……。…………」


「いや今この場面で寝るんですかあなたは」


 そう言われてはっと頭をあげる。

 一瞬寝落ちしてたみたい。


「なんのお話でした?」


 長い長い、レオのため息。


「男の家にホイホイついて行ってはいけませんという話です」


「ああ、貞操を守るというお話でしたか。行きませんわ」


 前世含めて男性とは関りが少なかったとはいえ、淑女としてそれくらいの教育は受けているわ。

 相手がレオだから実感がないだけで。

 だいたい自分で俺の家でもいいですよとか言ったくせに。


「わかっていただいたようで何よりです。それと男と一緒に馬に乗るのも良くない。これきりになさって下さい」


「でもレオのことは信用していますから……」


「出会ったばかりでしょう。そう簡単に信用してはいけません。俺も他のやつも」 

 

 ほかの人は知らないけど、レオは信用できるのだけど。

 レオは根本的なところは変わっていなかったから。

 でも昔と違って体はすっかり大きくなったわ。私を包み込んでしまえるほどに。


 レオの体温が心地いい。

 温かい。眠い。

 ……。



 体をゆすられて目を開けると、城の裏門のすぐ手前だった。

 すっかり眠ってしまっていたのね。


「ヨダレたらしてましたよ」


「えっ嘘!」


 あわてて口元に手をやる。

 レオが喉元でくくっと笑った。


「冗談です。さあフードをかぶってください」


「……かわらかわないでください」


 裏門を通るときは少し緊張したけれど、ランス卿の書付のおかげですんなりと通ることができた。

 騎士団長って思ったよりも権力があるものなのね。

 馬を厩舎につないで、神殿の私の部屋の下までレオと一緒に戻る。

 私の部屋は三階にあるけれど、防犯上の理由か私の部屋の窓の下にはほかの窓がない。

 地面に敷き詰められた白い玉砂利も美しいだけではなく踏むと案外大きな音がなる。

 昼間である今はいないけれど、夜間はここも騎士が警護することになっている。

 昼間のうちに戻ってこられてよかった。

 部屋の中にいるエイミーに魔法で合図を送り、縄梯子を下ろしてもらう。

 のしのし登っていく様を、レオは笑いをこらえながら見ていた。

 そりゃあ縄梯子をのぼる聖女なんて珍しいかもしれないけれど。

 登りきったところで、下にいるレオに手をふる。


「今日はありがとう、レオ」


「こちらこそ感謝してもしきれません。夜間は俺が警護につきますので、安心してお休みください。部屋の前にいますので、少しでも変だと思ったら必ず知らせて下さい」


「頼もしいですわ。ありがとう」


 もう一度お礼を言い、窓を閉めた。


 その夜はひどく疲れて、夕食後には強烈な眠気に襲われた。

 念のため一度扉の外を覗いてみると、レオともう一人の騎士が少し離れた場所に立っていた。

 レオがいると安心感があるわね。

 ベッドにもぐりこみ、エイミーに明かりを消してもらう。


「おやすみなさいませ、聖女様」


「おやすみなさい、エイミー。あなたもゆっくり休んで」


「ありがとうございます」


 静かに扉が閉まる。

 続き部屋は使えない状態だから、エイミーは毎日向かいの部屋に待機してくれていた。

 侍女が一人だと彼女の負担が大きいかしら。

 折を見て信用できる侍女を増やしてもらおう。


 それにしても、今日は色々あったわ。

 セティ。

 あの子をどうしたらいいだろう。

 今は何を言っても無駄な気がするけれど、どうにか幸せを見つけてほしい。

 それ以前に、まずは体を回復させないと。

 私への憎しみが、生きる糧になってくれればいいのだけれど……。



 朝になって私の無事を確認すると、レオは部屋の前の警護から外れた。

 また夜に警護に来るという。

 夜間の警護って大変よね。私が勝手なことをしたばかりに、なんだか申し訳ないわ。

 昼間も別の護衛をつけて少しだけ散歩したけれど、心配していたようなことは何も起きなかった。

 私の様子を見に来てくれたランス卿によると、セティは眠ったままだという。

 急激に戻った魔力が何か悪さをしているの? 命に別状はなさそうだということだったけれど、心配だわ。

 ランス卿は様々な事後処理に追われているらしく、すぐに城門の外へと出かけて行った。


 夜になってベッドに入っても、色々と考えてなかなか寝付けなかった。

 セティのお見舞いに行く? ううん、行っても彼が不愉快なだけよね。

 今、彼は何を思っているんだろう。

 セティのこと、どうにかしなきゃ。どうにか……。

 ……。


 頬に風を感じて、ふと、目が覚める。

 ……風……?

 涼しい風が、吹きこんでくる。

 あれ、私、窓を開けて寝たかしら……?

 

 重い瞼を無理やり開けて、上半身を起こす。

 窓のほうに視線をうつして、ぎょっとした。


 月を背に、開けっ放しの窓辺に腰掛けるシルエット。

 銀色の髪が、月の光をはじいてきらきらと輝いていた。

 その足がすとんと床につく。

 彼が軽く手をふると、窓はひとりでに閉まり、ご丁寧に鍵までかかった。

 一歩、二歩と、こちらに近づいてくる。

 長い銀色の前髪からのぞく、濁った緑色の瞳。隠しきれない憎しみの色。


「さて、どうしてやろうか」


 セティが、口元に笑みを浮かべた。

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