第10話中学校その3

 中学生という年頃は、どんないい加減な人間でも将来のことを考えないことはありません。それは義務教育の終わりが起因しているのだと思います。自分で行きたい高校を決めること。それは人生の選択を決めるのと同じなのです。


 しかし僕の場合は進路なんてどうでも良かったのです。どんな高校に行こうが、どんな大学に行こうが関係ないと思っていました。

 自分の能力の高さに胡坐をかいていたのです。県内の模試で偏差値七十前後の学力を持っていた僕は、願えばどんな高校にも進学できたでしょう。


 まあ内申が高く生徒会長を務めていた僕は試験でミスらなければ、それは可能だったのでしょう。

 しかし僕が選んだ高校は偏差値六十ぐらいの進学校でした。


 もっと上の高校でも行けてたのにという周りの声もあったのですが、あえてそこには行きませんでした。

 何故か? それは単純に家から一番近い進学校だったからです。


 地元の駅から二駅で、駅からも比較的近い高校は、サボり癖のある僕でも無理なく通えるだろうと考えました。


 まあその選択は結果的に間違いではなかったのです。偏差値はそこまで高くないのですが、県内で一番歴史のある学校という触れ込みは僕の心に触れるものがありました。


 僕は歴史が好きです。今でも大好きです。偉人の優れたエピソードや意外な逸話が大好きなのです。何が僕の心を動かすのか分かりませんけど、知ることで心の栄養になるのだと思います。


 というわけで僕は受験に関しては焦ったりしませんでした。むしろ学校生活を充実させようとしていました。


 生徒会長として学校の治安をより良いものにしたり、レギュラーにはなれなかったけど、バドミントンの練習を頑張ったり、学校の勉強をそこそこに頑張ったりしてました。


 でも、僕の空虚を満たしてくれるものはありませんでした。どんなに楽しく過ごしても、心から楽しいと思いませんでした。


 それは兄のことで家族から離れて生活したこともあるかもしれません。アイさんと会話しているのが楽しかったこともあります。


 この頃から僕は一人でいるのが楽だったのかもしれません。人との関わりが希薄だったから、一人でいることを楽しもうと思うようになったのかもしれません。


 まあ当時の心境なんて大人になった僕には分かるはずもありません。小説もどきを書いている身としては、多分中学生のキャラクターを書くことは可能でしょうが、中学生だった僕を書くことは不可能でしょう。


 今でこそ謙虚になった僕ですけど、中学生の僕は傲慢で鼻持ちならない人間でした。もしも過去に戻れたら、多分僕は昔の僕の頬を叩いたと思います。

 そのくらい嫌なガキでした。苛々するくらい嫌なガキです。


 そんな嫌なガキを愛してくれる人なんていませんでした。アイさんぐらいでしょう。しかしイマジナリーフレンドだったからで、アイさんが今でも生きていたならば、僕を蛇蝎の如く嫌っていたでしょう。


 今でもそうですけど、僕はモテたりしたことはありません。女の子とは普通に話せるのですが、好かれるまではいかないのです。


「優しそうで賢そうな顔をしているね」


 そんなことを言われたことはあります。しかし『優しそう』とは『優しい』と同じではありません。同様に『賢そう』とは『賢い』とは違います。

 僕は全然優しくはありませんし、賢いとも違います。頭は良いのですが、使い方が馬鹿みたいだと自己分析します。


 いかにして人から嫌われ憎まれるかを考えている人間が愚かなように、僕は悪意を浸透させようと足掻いている馬鹿な人間なのです。

 生徒会長でありながら、学校の治安を守りつつ、悪意をもって生徒に悪事を働かせていたのです。

 僕は小学校とは違って上手く人を操れる術を身につけていました。


 中学生の精神は操りやすかったです。大人は自制心があり留まることを知ってしますが、中学生は基本的に向こう見ずなので簡単に悪の道を歩むのです。

 それはまるで重力と同じでした。そっと背中を押すだけで、すぐに堕ちていきました。


 先生に不満を持っている生徒を唆して、夜中に窓ガラスを割らせたり、学校の壁に落書きさせたり、気に入らない先生の授業をボイコットさせたり。

 学校で発生する悪事には僕が必ず関わっていました。

 しかしそれを先生たちに悟らせないようにしていました。


 怒られるのは実行犯だけで、計画犯の僕は何度も何度も見逃されました。一度も怒られたことはありませんでした。

 自分でも不思議に思います。なんでみんな僕を叱らないんだろう。何故僕は怒られないんだろう。

 みんなには僕が見えていなかったのでしょうか?


 そう考えると、僕は透明人間なのかもしれません。良い人そうに見えるから悪事を考えるように見えないのでしょうか。

 学業が優秀で生徒会長。そんなレッテルを貼られるからこそ、僕は見過ごされていたのでしょう。

 そのことがますます僕を助長させました。バレなければ何でもやっていいと思うようになりました。


 表では善行を重ねながら、裏では悪事を重ねる僕を叱ってくれる人はいませんでした。

 いや、アイさんだけは叱ってくれたのです。


 洋一くん、どうして君は悪いことをするんだい?

 僕だけが不幸なのは嫌なんです?

 不幸? どこが不幸なんだい?

 親と離れて、兄があんななのが、不幸じゃなくてなんなんですか?

 そんなの不幸とは言えないよ? アフリカで餓えている子供のほうが不幸だよ。

 ここは日本ですよ? アフリカなんて遠い国のことなんて知りません。

 じゃあ私は不幸じゃないのかな?

 …………

 君は生きているんだから、真っ直ぐに生きるべきだよ。君はどんなにひねくれても、家庭に不幸があっても、それでも真っ直ぐ生きなくちゃいけないんだよ。


 そんな会話をしたような気がします。僕の歩む道を指し示してくれる、アイさんの存在を僕はおせっかいと思いつつ、感謝していました。

 僕の根底にあったのは、自分だけが不幸なのが嫌だというワガママでした。周りも不幸じゃなきゃ許せないと思い込んでいました。


 だからこそ、僕は悪事を働いていたのです。それと同時に善行もしたのは、不幸な人間を見ると自分を見るようで、手を差し伸べざるを得なかったのです。


 マッチポンプと言われるかもしれませんが、僕は自分が不幸にした人間を助けたりしませんでした。不幸にする人間はなるだけの理由があり、僕が助けたいのは理由もなく理不尽に不幸になった人間でした。


 自縄自縛な人間は助けない。

 辛労辛苦な人間は助ける。

 これが僕の行動倫理でした。


 しかしその考え方を自ら曲げる出来事がありました。

 僕の同級生に不良がいました。

 一年の頃から居た生徒ではなく、三年の途中から転校してきた生徒です。


 その生徒とはあまり関わりがありませんでした。近づくことも考えませんでした。

 何故ならどうしようもない人間だと一目見て分かったからです。

 馬鹿でクズな、救いようの無い人間だと理解したからです。


 彼は家庭に不幸があったみたいですけど、そのくらいの不幸なんて僕の背負っているものと比べたらカスみたいなものでした。

 しかし彼はクラスに溶け込んでいるみたいで、問題児だったのですが、好かれる人間だったみたいです。


 まあそんな彼は中学を卒業するとすぐに就職したそうです。建設の作業員だと聞いています。土方と言えば分かりやすいでしょうか。


 彼は卒業式に出ませんでした。理由は分かりませんけど、まあ不良だったので何か問題を起こしたのでしょう。これは彼本人が悪いので同情する余地もなければ価値もありません。


 しかし僕はある情報を手に入れました。どうやら卒業式前に彼の居るクラスが学校側に抗議するらしいとのこと。卒業式に出られない彼の処遇を改善してほしいらしかったのです。


 僕は下手をしたら卒業式を延期させられると思いました。彼のために日程を変えられる可能性があると思いました。

 僕はすぐに動きました。彼のクラスの人間に近づいてこう囁きました。


「今言っても彼の欠席は避けられないよ。だったら卒業式の日に抗議したらいいよ」


 そう説得したら、騒ぎは一時落ち着きました。なんて単純な連中でしょうか。同じ学校だとは思えない、もっと言えば同じ年齢だとは思えない子供でした。

 これでもう大丈夫だろうと思って、僕は卒業式に臨みました。卒業生代表として答辞を自分で考えて読まなければいけなかったのでそのことで頭が一杯でした。


 卒業式当日。何事もなく式は進行しました。

 僕は軽い緊張をしながら自分の出番を待っていました。頭の中は答辞のことで占められていました。

 そして答辞をするために壇上に立ちました。


 校長先生の目の前で、答辞を読みました。つっかえないように、噛まないように気をつけながら、僕は落ち着いて読みました。

 静まり返る体育館。僕の声とBGMだけが空間に響きます。

 読み終えて答辞の書かれた紙を校長先生に手渡し、ようやく緊張から解放されると思って自分の席に戻ろうとしたときでした。


「ちょっと待ってください!」


 その声が体育館中に響きました。

 どきりとして、声のしたほうに向くと、彼のクラスの人間が一斉に立ち上がったのです。


「この場に○○くんがいないのはおかしいと思います! どうして○○くんが出ちゃいけないんですか!?」


 一人の女生徒がそう言いました。

 なんて愚かなことをしたのでしょう。せっかくの卒業式をぶち壊すような一声。僕はまさかこんなことが起こるとは思いませんでした。卒業式の日と言ったけど、卒業式の真っ最中にやるなんて、予想もしませんでした。


 すると校長先生が壇上で「君たちは何をしているのか分かっているのか! すぐに座りなさい!」と一喝しました。


「でも○○くんが――」

「卒業式は人生で一回しかない。それを君たちの行動で台無しにしていいのか? 良くないだろう!」

「でも――」

「でもじゃない! 座りなさい!」


 結局、邪魔しただけで、彼女たちの主張は通りませんでした。

 僕はくだらないなあと思いました。そして怒りを覚えました。

 彼がどんな人間か知らないけど、たいしたことのない人間のためにせっかく準備した卒業式がぐだぐだになってしまったのは許せなかったのです。


 ああ、なんて馬鹿が多いんだろう。

 僕はこのとき決めました。

 中学の人間とはあまり関わらないようにしよう。縁を切ろうと思いました。


 友人関係をなくそうと決めました。

 損しかないだろうと思ったからです。こいつらは大人になっても同じことを繰り返すだろうと分かりました。

 成長しない大人になるんだろうと分かりました。


 アイさんも関わらないほうがいいと言ってくれました。アイさんも肯定してくれたので、そうしようと心に決めました。

 散々悪意をもって人の心を弄んだ僕が、何を言っているのか自分でも理解できませんけど、一度決めたことは変えることはありませんでした。


 僕にとって、中学の生徒は遊び飽きた玩具と同じでした。

 新しい玩具を探そうと考えました。

 高校に入学したら新しい玩具を探そう。今度はつまらなくないものを探そう。


 僕は卒業式を期に中学校を訪れることはありませんでした。

 中学の生徒と再会するのは、成人式になるまでありませんでした。

 それまで一切、コンタクトを取ることはなかったのです。

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