第44話 まだ終わりじゃないよ?


 昼寝の後、俺と奏は記念公園内を散策した。

 風景を楽しんだり、童心に戻って少しだけ遊具で遊んでみたり、そんな感じだ。

 そして、ひと通り自然を堪能したら、


 

「そろそろ帰ろっか……しんたろー……」



 奏がそんなことを言ってきたわけである。


 まだ名前を呼ぶのに慣れていないからだろう。

 はにかむ表情で照れながらである。

 普段が活発な子だけに、恥ずかしがるその態度が妙に初々しく感じ、心にぐっとくるものがあった。

 昔のツンとしていた時を知っているから余計にドキリとしてしまう。

 

 ……ほんと、変わったよなぁ。


 俺はそんなことを思い、にこりと笑顔を見せてから奏に聞き返す。



「えーっと……早くないか? まだ17時だけど」


「そうかなぁ~? 私としてはちょうどいいと思ってるよ。陽も傾いてきたしねー」


「まぁそれもそうだが……」



 小学生が遊んでこの時間に帰るならわかる。

 夜道が危ないとか、夕飯の時間があるからって理由があるしね。


 でも、俺達は両方とも大人だ。


 奏の家も厳しかった時期も門限があるわけではなかった。

 それに奏のことだから、なんだかんだで理由をつけて帰らないと思ってたんだけど……。


 うーん。

 ここで帰る理由がわからないな。



「あれ? なんか不思議そうじゃない?」


「そりゃあそうだろ。大人のデートって、寧ろ夜からが本番と言ってもいいぐらいだしさ」


「え~? なんか“夜が本番”って言い方がやらしくな~い??」


「ちがっ! そんなことは――」


「はいはい。わかってるよ~。有賀っちは高級ディナーとか、そういうのを想像したんだよね」



 頬をつんつんと突き、にししと可愛らしい笑みを浮かべた。

 対する俺は、見事に考えを当てられてしまい、苦笑いしか出来ない。


 ったく、からかいやがって。



「でもさ。奏は……今回のデート楽しみにしてくれてたんだろ?」


「うん! 念願のだからねぇー。前日はお目目がパッチリって感じだった!」


「それでよく起きれてたなぁ〜。眠くないのかよ」


「アハハッ! 人は原動力が有れば、眠気なんてないに等しいんだよ。なんて言ったって、バイタリティが違うからねっ!!」


「バイタリティねー」


「あらら、納得してないの? ほら、喩えばめっちゃ楽しみにしていた旅行前日で夜更かししても、始発で起きたり出来るでしょ? 逆に“朝早く起きて勉強”とかは、無理じゃん??」


「確かに言われてみればそうだけど」


「そ! だからは全てはやる気次第!」



 やる気があれば眠気もないってことか。

 ほんと、昔から体力はあるよなぁー。


 まぁ、そうは言うものの痩せ我慢って可能性は全然ある。

 無理してても隠そうとするところがあるからね。

 それが……ちょっと不安だ。


 今日を楽しみしていた奏の気持ちを考えていると、余計に『こんなんではダメだろ』って気持ちが湧き上がってくる。



「なぁ奏。だったら、余計にまだデートを楽しんだ方がいいんじゃないか?」


「私は十分楽しんだけど?」


「本当か……?」


「本人がそう言ってるから本当なの〜。それを、し、しんたろー……が言う必要はなし!」


「名前で噛むなよ」


「か、噛んでないしっ! とりあえず私としては、有賀っちのことがよりわかってホクホクなんだからッ」


「何を知られたんだよ……俺」


「ふっふっふー。それは秘密だよッ」



 ふふ、と笑って舌をちょこんと出して見せている。


 どんなことを知られたんだ……?

 でも悪いことではないのだろう結論づけて、やれやれと肩をすくめてみせた。



「デートが終わりか……」



 今日は大したことはしていない。

 少しアスレチックをやったぐらいで、後はのんびり散策をしただけだ。


 自然の中、綺麗な花達を眺め……。

 ただひたすらにマイナスイオンたっぷりの自然を満喫しただけである。


 回らない寿司や高級フレンチを堪能し、夜景を見に車を走らせプレゼントを渡す……。

 そんなことをしたわけではない。



 俺自身、こんな何もしなかったデートって初めてだった。



 でも、それなのに……。

 どうして心がこんな休まり、充実した気分になるんだろう。

 温かくて、疲れてなくて……。

 ——俺、こういうデートが好きだったんだなぁ。


 そう思うと俺の口元が自然と綻び、



「……終わるのは寂しいな」



 と、呟いていた。

 そんな俺の呟きを聞きとった奏は、ニカッと屈託のない笑みを浮かべる。

 それから、握手を求めるように手を差し出してきた。



「何言ってんのー? 帰りはするけど、デートはまだ終わりじゃないよっ!」


「え?」


「だからね。しんたろー、いこ??」



 見入ってしまうような眩しい笑顔。

 気がついたら俺は、彼女の差し出した手を握っていたのだった。





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