離婚から始まる教え子との青春リスタート

紫ユウ

第一章 浮気されフラれた俺に女子大生がぐいぐいくる

第1話 妻の浮気が発覚した夜に


『仕事と私どっちが大事なの!?』


 そう怒鳴ってきた嫁は、俺……有賀慎太郎ありがしんたろうに“離婚届”を突きつけて出て行ってしまった。


 まさに晴天の霹靂。

 急転直下の出来事で、地獄にたたき落とされたような気分になった。予想もしていなかったことに、俺は何も言えずその場で固まるだけ……。


 でも、嫁が言うことは尤もだ。


 若くして結婚した俺達は、貯金なんてそんなになかった。

 学生同士の恋愛から、流れるように卒業して結婚。

 そうなると……当然、金なんてあるわけがない。


 けど、俺からしたら些細なものだった。

 お金がなくても妻がいればそれでいい。

 恋愛の延長からの結婚だったから、最初は本当に楽しかった。


 でも、将来のことを考えると……やっぱり不安は募る。

 妻に苦労はさせられないし、辛い思いはさせたくはなかった。


 だから——死ぬほど働いた。


 仕事はなんでも引き受け、無心で働き、とにかく残業をしまくって稼ぐ。

『全ては今後の人生のため!!』って、そう思っていた……。



「その考えが間違いだったんだろうなぁ……」



 金を稼ぐばかりで、寂しい思いをさせたいんだろう。

 記念日は忘れたことはなかったし、プレゼントも用意して、休みの日は絶対に一緒にいて……それだけでは足りなかったのだろう……。



 ——そういう心理が働くのは仕方ない。

 学生と違い、社会人になると遊ぶ時間は減る。

 だからこそ、彼女はそのギャップに耐えられなかったのかもしれない。



「……酒でも買うか」



 放心状態だった俺は重い腰を上げ、ふらふらとおぼつかない足取りで近くのコンビニに向かうことにした。

 もう夜中だからか、人と会うことはなく俺は壁に何度も体をぶつけながら前へ進んだ。


 酒を飲まないとやっていけない、そんな気分だった。

 体をぶつけて痛くても、麻痺したように痛みを感じない。



「……虚無感の方がはるかに痛いわ」



 そんな、愚痴が口から溢れた。


 缶チューハイを買いコンビニを出る。

 すると、目の前に信じられない光景が飛び込んできて、俺は持っていたコンビニの袋を地面に落としてしまった。



「ハハハ……そういうことか」



 口から渇いた笑いが溢れる。

 でもこの状況、笑わずにはいられない。


 コンビニを出て行く車の中に、見覚えのある人物の姿があった。運転しているのは、自分よりも若さそうな派手目な男。


 そんな男性と一緒にいる人物……それは、元嫁だったのだ。



「……浮気かよ。そりゃあ、離婚したいわな」



 俺はため息をつき、天を仰ぐ。

 真っ暗な夜空は星ひとつなく、まるで自分の心を投影しているようだった。



「なぁに浮気されたの、おにいーさん?」



 コンビニ横のフェンスにどかっと寄りかかったところ、そこに先客がいたのか、声をかけられた。


 本当だったら、無視して帰るところだろうが、傷心中だった俺はその声につい反応してしまう。



「うるせー」



 不満そうに返すと、「こんな無愛想だったら浮気されるねー」と、気持ちを逆撫でする声が聞こえる。


 暗がりと涙で姿をはっきりと見えないが、どうやら若い女性のようだ。

 こんな時間だから、仕事帰りのOLとかキャバ嬢とか……そんなところだろう。



「良ければ、話を聞くけどー? ちょうど、退屈だったし」


「……じゃあ、愚痴にちょっとだけ付き合ってくれ」


「おっけー、おっけ〜」


「軽いなぁー。まぁ今はその方がいいか」



 変にしんみりするよりはいい。

 溜まりに溜まった気持ちを吐き出すのに、付き合ってもらおう。


 俺はそう思い、話を始めた。



「俺ってそんなにつまらなかったかなぁ」


「えっと、それは知らないけど……なんで?」


「休みはデート、わがままも聞いてあげて、自分の金は彼女を楽しませるために使う……。記念日は、思い出の地で……」


「え、十分じゃない?」


「けど、物足りないってさ。挙げ句の果てに『仕事と私どっちが大事なの』だって……」


「うわぁ、定番中の定番な感じ。なんか別れる理由が欲しかっただけな気がするねー」


「やっぱり、そう思うか……? いや、考えてみればおかしいこともあったんだよ。朝帰りが増えたり、専業主婦なのに家にいないことが多かったり……」


「それは、疑わないとダメなレベルじゃん。もしかして、馬鹿?」


「初対面で酷いこと言うなー」


「あ……ごめんなさい」


「いや、いいよ。変に気を遣われるより、よっぽど楽だわ」



 気分が更に沈むよりはマシだ。

 このぐらい明るい方が気軽だし、楽しく思える。


 今はそれでいい。



「ねー、問い詰めたりしなかったの?」


「疑いたくないじゃん? 仮にも永遠の愛を誓ったわけだし、信じたかったんだよね。ま、物の見事に裏切られたわけだけど……」


「そっか」



 新しく入ってきた車のライトに照らされて、俺は手で目を隠す。

 すると横から「あ……」という声が聞こえてきた。


 このタイミングでの車、もしかしたら彼女を迎えに来たのかもしれない。



「あの……せん……なんでもない」


「どうかした?」


「なんでもないってば! 私、迎えが来たし、そろそろ時間だから帰るね」


「そっか。まぁ付き合ってくれて、ありがとな」



 横にいた女性は前に進み、車の前で立ち止まり、振り返らずに話を始めた。



「そんな不幸のどん底って顔してないでさ。元気出しなよ」


「無理に決まってんだろー。しばらくは仕事も出来そうにない……」


「え……それは、困る」


「困る?」


「いやいや、こっちの話だから」



 俺が首を傾げていると、こっちを振り返らずに彼女は俺にひとつ提案をしてきた。



「じゃあ、最高の復讐を考えようよ」



 その提案に、何やら黒い感情が疼く。



「……最高の復讐?」


「そ!」



 でも、振り向いた彼女が笑みを浮かべているようで、そんな感情は引っ込んでいった。

 ……こっち向いたのに、涙で顔がまともに見られないや。



「それはね、自分がその相手より幸せになることだよ! 相手が泣いて悔しがらせて、気分も爽快って感じ!」


「ははっ。なんだよ、それ」


「でもさ、いい考えでしょ? 恨みだけの復讐ってやたらと労力がかかるし、幸せになる方が何も残らないよりよくない?」


「幸せね……。そうかも、しれないな……」



 何かをやり返して、貶めるような復讐は何も残らない。

 ただ、虚しいだけだ。


 はは。

 自分が幸せになる……か。

 それもありかもしれないな。


 そんなことを考えていると、彼女からクスッと笑い声が聞こえてきた。



「ま、私で良ければその復讐の手伝いしてあげるからさ!」


「ありがと、リップサービスでも嬉しいよ」



 明るめで馴れ馴れしい彼女は最後までそのまま。

 でも、それがおかしくて思わず苦笑してしまった。



「んじゃ、おにーさん」


「また会えたらな」



 こうして、俺と彼女は別れた。

 きっと、もう会うことはないだろう。


 彼女のお陰か、来た道を戻る俺の足取りは少しだけ軽かった。

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