添い寝から始まるガウと私の異世界恋愛譚?〜私が抱いたこの感情は恋愛感情だと信じたい
清水花
第1話 初対面、初添い寝
「ーーーーっ⁉︎ やっば……」
目の前の景色がゆっくりと斜めに傾いていく。
私は咄嗟に右手を伸ばし階段の手すりを掴もうとしたが、虚しく空を切った。
あり得ない角度から見る階段の底は信じられないくらいの闇一色でいて、まるで地獄の入り口のように思えた。
宙に浮いた身体の端から妙な寒気が伝わって身体の芯まで凍りつくようだ。
私、死ぬんだ。
鮮明にそう感じた。
恐怖や後悔なんて感じる間もなく、私は瞬時に死を受け入れた。
ーーーー違う。
今思えば私は死にたかったのかもしれない。
仕事に追われ、上司に嫌味を言われ、会社の面倒な人間関係から解放されたかったのかもしれない。
でも、これで……ようやく私は自由になれる。
もう疲れたよ……私。
そうだ、一度くらいは結婚とかしてみたかったなぁ……。
イケメンと出会って、新築の大きな家に住んで、可愛い子供達に囲まれて、幸せになる筈だったのにな……。
なんでこんな事になっちゃったのかな……。
私の意識はそこで途絶えた。
「痛っ……」
鈍い痛みが頭の中を駆け巡る。
身体が押し潰されそうなほどに重たく、全く動きそうにない。
どうにか動いた右手で自身の頭部を触り考える。
私は確か駅のホームの階段でバランスを崩して……それから……。
そこまで思い出したところで私は自身の置かれている状況をすぐに理解した。
死ねなかった。
幸か不幸か、私は一命を取り留めたようだ。
そして今、私は階段から転落したダメージを負い動けないでいる。
怪我の程度が軽い#脳震盪__のうしんとう__#なのか、あるいは下半身不随なのか、今のところは分からないけれど。
とにかく最悪の事態になってしまったようだ。
どうして……どうして死なせてくれなかったの、神様。
そんな事をぼんやりと考えていると、徐々に身体の感覚が戻ってきたようだ。
あれ?
動かないと思っていたけれど、なんとなく下半身も動かせそうだわ。
ずっしりとした重みのせいで思うようには動かないけれど。でも、この重みさえ消え去ってくれたのなら普通に歩く事も出来るかも……。
なんだろう……暖かい……。
もしかしたら出血しているのかもしれない。胸の辺りがとても暖かい。
身体全体を押し潰すようなこの感覚も未だ消えない。
「っ!」
眩しい。強い光が私を照らしている。
きっと病院の治療台の上なのだろう。
ゆっくりとまぶたを開ける。
視界に映る空はどこまでも青く透き通っていた。
白い雲が所々に浮かんでいて、幼い頃に田舎のおばあちゃんの家で見た静かでのどかな青空そのままだった。
そんな青空を眺めていると、悩み苦しんでいた自分が途端に馬鹿馬鹿しく思えてきた。
揺れる枝葉の隙間から差し込む陽の光に当てられていると身体が温まってきた。
気持ちいい。
風が吹いて木々が揺れ、心地の良い音が耳に届いた。
自然が私を癒そうとしてくれている。
現に私の心は今や、雲ひとつない晴天模様だ。
強いて言えば、出血による胸の温かさが邪魔だけど……。
あとは隣に素敵な男の人でもいてくれたら……私の髪を撫でて優しく微笑んでくれたら最高なんだけれど……。
でも、さすがにそんな都合良くはいかないわよね。
「…………」
それから私は、出血の具合を確かめるべく恐る恐る視線を胸の方へと向ける。
そして、
「は?」
そこには到底理解しがたい光景が広がっていた。
私の視線が捉えたもの、それはーーーー。
私の身体の上で丸くなって眠る、非常に端正な顔付きの一人の少年の姿だったのだ。
「えぇっ⁉︎ ちょっ⁉︎ えぇっ⁉︎ 何これ、何この状況! 何で私、階段から落ちてこんな事に⁉︎ っていうか空! 太陽! 木! ここどこ⁉︎ 病院は⁉︎ そして誰この子⁉︎」
突然の出来事に理解が追いつかず取り乱す私であったが、少年はまるで母親に抱かれて眠る子供のように安らかに眠っている。
そして、
「えっ……」
そこでようやく私は気付いたのだ。私の身体の上で眠る少年の違和感に。
私の目と鼻の先にある少年の頭部からは、毛足の長い非常にふさふさとした耳が垂れ下がっていたのだ。
垂れ耳のついた非常に端正な顔付きの少年が、まるで母親に甘えるようにして私の身体の上で眠っている。
だからどういう状況なのよ、これ。
理解なんて全く追いつかない。
もう何が何だか訳分かんないけれど私……萌えるわ! 萌えたぎるわぁぁぁ! 垂れ耳イケメン最っ高!
……じゃない、じゃない。
自身を取り巻く環境が理解できずに取り乱してしまったようだ。
「ーーーーとっ、とにかく!」
私はようやく冷静さを取り戻し、現状を打破するべく右手を天高く掲げる。
「むむむっ……」
目の前の頭部に狙いを定めた私の右手が宙で小刻みに揺れる。
未だ私の胸の上で寝息を立てる謎の美少年をすぐにでも叩き起こそうかと思ったのだが、その穏やかな寝顔を見ていると乱暴に扱うのはどうにも憚られてしまった。
私は振り上げた右手を自身のおでこにそっと下ろした。
「はぁっ……もう……何なのよ、いったい」
まるで小さな子供のような無邪気な寝顔にすっかりと戦意を失ってしまった私は、仕方なく謎の美少年の頭を撫でてみた。
すると、それに反応するように美少年の側頭部の辺りから垂れたふさふさの耳がふるると動いた。
「か……可愛いじゃないの……」
悔しいけれど何だか負けちゃった気がするわ。
「…………」
でも、何だか不思議。見知らぬ美少年にいきなりベッド替わりに使われているのに何だか妙に落ち着く。優しい気持ちになるって言うか、だんだん愛おしくなってくるって言うか……。
子供を産んだ事はないけれど、母親ってこんな気持ちなのかな?
こんなにも穏やかな気持ちなのかな?
していると、突然謎の美少年は上体を起こし顔を左右にふるると振って垂れ耳、垂れ目の寝ぼけまなこで私を見つめ、
「がう……」
と、小さく呟いたのであった。
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