11話 宣戦布告?

  ギルドに登録した翌日、緋夜達は酒場にいた。


「お前、酒飲めんのか?」

「一応。ですがどれだけ飲めるか分からないので弱いものがいいのですが」

「だとよ」

「聞こえてる」


 ガイの言葉に店主と思しき中年の男性が返事を返した。


「もしかして常連さんですか?」

「まあな」


(よく来てんだろうなこの男)


「それで、お前魔法どのくらい使えるんだ」

「何です? 突然」

「別に。気になっただけだ。嫌なら答えなくていい」

「いやではないですよ。ただ自分でも把握しきれていないもので」

「あ? 自分のことだろ」

「そうなのですが……」


 ガイの質問に対して緋夜はさてどうしたものかと考える。ガイの前では氷しか使っていないが緋夜は全属性持ちだ。加えて、どれほど魔法を使えば魔力が枯渇するのか試したところ、枯渇どころか魔力不足を感じるようなこともなく、結局緋夜の気疲れの方が勝ち、魔力の限度を測ることが出来なかった。下手に誰かに聞かれて騒ぎになっても面倒だが、ガイが緋夜を利用するような人間とは思えない。それでも極力隠した方がいいだろう。


「今はまだ秘匿、ということで」

「あ、そ」

「あなたはどうなのです? 魔法使えますか?」

「いや。でも剣がありゃ倒せんだろ」

「……それはガイさんが強いからですよね」

「しょうがねえだろ。実際倒せんだから」

「羨ましいですね」

「あ?」

「私……剣とか槍とか使えなくて。弓はできますけど、剣はいくら練習してもダメだったんです」

「逆に魔法以外なら何使えんだ」

「えーっと……弓、と銃といった遠距離ものならなんでも」

「近距離は?」

「……」

「全部ダメか」

「全部ではないです……多分」


 緋夜は幼い頃から様々なことを嗜み大抵のことはできる。ただ、武術に関しては出来るものと出来ないものが極端に偏っている。自分でも驚くほどに。そしてそれは見事に近距離と遠距離なのだ。剣や槍、薙刀、柔道、空手、合気道といった接近戦は全くと言っていいほど出来ない。逆に拳銃、ライフル、弓といった遠距離ものは大の得意である。


「とりあえずお前は前線に出るな」


(魔法が使えれば前線いけるんじゃ……)


どうやらガイの中で緋夜は既に前線NGで決定しているようだ。緋夜的には不本意だが接近武器は扱えないのは事実なので何も言い返せない。

 いつの間にか酒瓶がテーブルに置かれておりガイは既に一杯空けていた。


「飲まねえのか?」

「じゃあ、少しだけ。飲むスピード早くないですか?」

「普通だろ」

「……兄さんみたいなこと言わないでください」

「お前、兄弟いたのか」

「はい。上に二人」

「家では蔑まれてたっつってなかったか?」

「家では、とは言いましたけど、家族に蔑まれてた、ましてや家族がいないとは一言も言っていません」

「そうかよ」


 反応しながらもまた酒を煽るガイを見ながら、緋夜もとりあえず口をつけた。


「あ、美味しい」

「ああ、ここはいい酒扱ってるからな」

「なるほど。常連になるはずです」

「俺はうまけりゃ何でもいいが」

「その辺の雑草でも?」

「流石にそれはねえよ」

「冗談ですよ」




 それからしばらく雑談した後、二人は酒場を出てそれぞれ、別行動になり、緋夜は気ままに町の中を歩いたあと本屋に入った。店内に然程人は多くなく、ゆったりと読めるスペースもあるため、使い勝手が良さそうである。


(ジャンルは大体向こうと同じだけどやっぱり魔法関連の本があるのが大きな違いだね)


 魔法が当たり前にあるこの世界では魔法関連の本も普通に売っている。他にも精霊の歴史や魔物に関する研究書なども売られているようだ。


「ミステリーコーナー……『月夜の黒猫』『霧の女』『悪女シェリリスは毒を好む』……」


 何気なく手に取って中を見てみると当たり前のように魔法が使われている。いろいろ見てみると物理や化学を利用した地球のミステリーとは違い、魔法具の使い方などが工夫されているようだ。


(まあ、魔法がある世界だからね。ノックスの十戒とかヴァン・ダインの二十則には根本的には当てはまらないものも結構あるよね。魔法がこの世界には当たり前にあるし。魔法の世界でのミステリーの法則とかもあるのかな)


 など考えながらいろいろなジャンルを見ていると緋夜はある棚で思わず足を止めた。


「あれ……? これって…………」


 そのまま手に取ってパラパラとめくり、無言で閉じた。


(この世界にもあるんだ……)


 その本は、男性同士のラブロマンス……即ちBLと呼ばれる本だった。


(いや、別にあるのは構わないけど、もう少し控えめにあるものだと思ってた)


 つい驚愕してしまったのも無理はない。色事に対しては同性という観点はこの世界ではあまりひけらかさない、というよりは基本的に女性は素足を見せるだけで娼婦だなんだと言われるのだ。そんな世界において同性恋愛小説が棚であるという事実に緋夜は固まった。だが、棚であるということは読む人間もそれなりに存在している証拠だ。騎士同士の話が多いようだが。


「……他のところに行こう」


 偏見は一切ないが、買う勇気もないので、別の棚に向かった緋夜は目を輝かせた。その棚は緋夜にとってのパラダイスである。


「ファンタジーもの! まさかの異世界でファンタジーもの! 最っ高!」


 ファンタジーな世界にいながらもファンタジーものに目を輝かせる緋夜は根っからのオタクであった。お気に入りを見つけたことによりしばらく歓喜に浸っていたが、すぐに現実へと引き戻された。そう、買えるだけのお金が足りないのである。仕方ないのでファンタジー作品は諦め、当初の目的だった魔物図鑑を買うことに。

だが、緋夜は諦めてはいなかった。お金を貯め、必ずやファンタジー小説の棚を空にして見せる、と。



       ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


 緋夜が宿に戻るとちょうどガイと鉢合わせた。


「なんか買えたのか?」

「お金が足りなかったので魔物図鑑だけ買ってきました」

「そうかよ。まあ必要なもんだからさっさと買っておく方が無難だろ」

「それは……そうですけど……」

「なんか元気ねえな」

「お気に入りのジャンル買えませんでした……」

「ご愁傷様」

「心のこもっていない励ましをありがとうございます」

「だったらさっさと金貯めるんだな」

「わかっていますよ。今のままでは装備も揃えられませんし」

「金もだが、素材も足りねえだろ」

「……そうですね。確かに」


素材自体は持っている。シネラに入国する前に倒した魔物が、冒険者ギルドに行く前に買った空間収納のポーチに全て入れてある。緋夜自身の空間収納でもよかったのだが、厄介事に巻き込まれることは極力避けたい、という理由だ。緋夜は誰かに利用されるのは大嫌いなのだ。


「俺の素材やってもいいぞ」

「…………え?」


唐突な提案に思わず目が点になった緋夜に不敵な笑みを浮かべながら腕を組む。


「ですが……」

「どうせそんな使わねえもんばっかだ。手に入れようと思えばいつでもできる」

「……なんですそのセリフは……じゃなくてお金は?」

「出す」

「いや、あのですね」

「金まで出されんのが嫌なら後で報酬に追加しろ」

「ええ……」

「文句あんのか?」

「文句『は』ないですけど」

「ならいいだろ。まあなんだ、俺を雇わせたお前への投資だ。せいぜい楽しませろよ?」

「……へえ? いいんですかそんなことを言ってしまって。後悔しても知りませんよ?」

「俺が後悔? はっ、くだらねえ。やれるもんならやってみろ」

「その宣戦布告、受けさせていただきます」

「上等だ」


挑発的な笑みを浮かべながら互いに宣戦布告をした緋夜とガイ。これからなにが起こるのか、それは誰にも予想はできないことである。



      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



「じゃあ行くか」

「どこへ?」

「装備作りに行くに決まってんだろ。冒険者が普通の町娘の格好でどうすんだ」

「今からですか?」

「どうせ予定ねえんだろ。早い方がいい」

「それもそうですね」

「腕のいいのがいる。行くぞ」


 そう言ったガイが緋夜を連れて向かった場所は裏路地にある……少々(?)不気味な雰囲気の建物だった。


「なんですここは」

「店の雰囲気は気にすんな。こんな見た目でも職人は腕利きだ。変人だが」

「変人……なんですか?」

「変人っつーか……まあ、会えばわかる」

「?」


緋夜は首を傾げながらもガイを追いかけて店内に入ると……外見を裏切らない内装をしていた。


「これ……店主の趣味ですか?」

「俺に聞くな」


眉間に皺のよっているガイを見た緋夜は無言で店内を見渡す、と。


「あらぁ~お客様かしら? いらっしゃ~い」


独特の口調にそぐわない低音ボイスを響かせながら奥から出てきたのは、軽くウェーブのかかった金髪を後ろで束ねた、ガイと同じ背丈の男性だ。その儚げな雰囲気は独特の口調によって見事に崩壊しているものの、容姿だけ見れば結構な美丈夫である。


(キャラ濃っ!)


強烈な人物の登場に思わずガイの腕にしがみついた緋夜は無言でガイに視線を送ると……その眉間には彫ったのかと思うほど深い皺ができている。


「出やがったなカマ野郎」

「やぁだ、そんなツンケンしないでよ。あなたとアタシの仲じゃな~い」

「うるせえ。依頼に来ただけだ仕事しろ」

「依頼? ガイちゃんが? アタシに?」

「ガイ……ちゃん?」


あまりにも似合わないちゃん付けに、やや引いてしまった緋夜はガイからそっと離れる。


「おいこらなに離れてやがる。似合わねえのはわかってんだよ」

「あら、どちら様かしら?」


ガイに釣られて男性が緋夜に視線を向ける。


「こいつの装備作ってくれ」

「装備? いいけど……まさかこのコ、冒険者なの?」

「なりたてだがな」

「ってことはガイちゃんが冒険者の付き添いしてるの?」

「ああ」

「…………え゛え゛え゛え゛え゛!」


途端、店内には男性らしい野太い声が響き渡った。あまりの大声に緋夜とガイは同時に耳を塞ぐ。


「ガイちゃんが!? 付き添い!? 女の子の!? あ~り~え~な~い~わ~!」

「うるせえ!」

「あんっ! もう! 相変わらず乱暴なんだからガイちゃんは!」

「し・ご・と・し・ろ!」


向こう脛を蹴られ、艶っぽい声をあげて男性がしゃがみながら抗議する。この二人、意外と仲が良さそうだ。


「……ふう、もう。それで依頼だったかしら? このコの装備の製作って言ってたわね?」

「ああ」

「作るのはいいけど、素材はあるの?」

「俺のやる」

「あら? 随分と贅沢ね。それだけこのコに期待してるってことなのかしら? ……まあいいけど」


そう言いながら男性は緋夜の前までやってくると艶やかに微笑んだ。


「初めまして子ウサギちゃん。アタシはシュライヤ。よろしくね」

「ヒヨと申します。こちらこそよろしくお願いします」

「あら、随分と礼儀正しいのね。ほとんどの人は普通にタメ聞いてくるから、ちょっと新鮮だわ~。仲良くしましょうね。それでヒヨちゃんは何か希望とかあるかしら?」


そう聞かれたところで、緋夜は装備のことはよくわからないため、なんとも言えない。


「もし特に希望がないんだったらこっちで全部やっちゃうけどいい?」

「そうですね。お願いします」

「わかったわ。まああなたなら全身鎧以外はどんな装備でも映えるでしょうからあんまり気にしなくていいわよ」

「ありがとうございます」

「大体一週間程度でできると思うから。できたら知らせるわ」

「知らせるって……」

「それは秘密よ。待っててね」

「はい」

「それじゃあガイちゃん素材はあっちの工房にお願い」

「ああ」

「じゃあヒヨちゃん、冒険者は大変だけど頑張ってね」

「ご期待に応えられるように頑張ります」

「やぁだそんな固くならないで。楽しめばいいのよ」

「ありがとうございます」

「おい行くぞ」

「あ、はい」


素材を出し終え店の扉の前に立っていたガイに呼ばれ、緋夜は側に行く。


「あら~もう帰っちゃうの~?」

「うるせえ。依頼が終われば用はねえよ」

「つれないわね。まあいいわ」

「シュライヤさん。それではよろしくお願いします」

「は~い。楽しみにしててね~」


二人が店から出て気配が完全に遠のいた瞬間、シュライヤは意味深な笑みを浮かべた。


「面白いことになりそうね~あの二人」

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