ツリーが友達になりました

リリィ有栖川

 クリスマスツリーが海岸でうなだれていたらどうする?


 時刻はもうすぐ深夜零時の少し前。


 月明かりが明るいから、その人の顔は見える。無表情で泣いているの。


 そして私は残業終わり。ヘトヘトなわけで。


 これは間違いなく関わらない方がいいなって思うんだけど、その悲壮感ったらあまりにもあんまりで、これを見て見ぬふりをしたらなんか人としてダメなんじゃないかって思えてきて、近くの自販機でホットコーヒーを買ってしまった。


 ただ、なんて声をかけていいかわからない。こんな格好でこんなに落ち込む理由って何?


 友達とケンカして帰れなくなったとか? クリスマスにケンカは確かにくるものがある。あとはなんだろう、呼ばれてたと思ったクリパに行ったら実は呼ばれてなかったとか? ありえそうだ。


 とりあえず、話しかけてみよう。もう缶コーヒー買っちゃったし。


「あ、あのー」


 クリスマスツリーが力なくこちらを向く。


 化粧が崩れてほぼツリーのオバケだったけど、もう声をかけてしまったから後戻りはできない。覚悟を決めてニコリと笑い、缶コーヒーを差し出した。


「大丈夫ですか? これ、よかったら」

「あ、ああ、どうも」


 涙も吹かずに震える手でプルタブを開けようとして、何度も失敗するので仕方なく開けてあげる。


 ちびりとコーヒーを飲んでからまた涙があふれだした。水分を取った分だけ流す機能でもついてるの?


「その、なにが、あったんですか?」

「聞いてくれるの?」

「聞きますよ」


 乗り掛かった舟ってやつだし。


「まずね、彼氏が浮気してたの。サプライズで家に行ったら、セックスしてやがったの」

「あの、もうきついんですけど」

「それでね、顔面に一発入れて、あいつの家の鍵、ケツに入れて帰って来たの」

「よくそんなことできましたね」

「気が済まなくて」


 あ、ちょっと笑った。かわいいな。いや違う今そういう場合じゃない。


 というか今笑うところだったかな? 照れたの? 照れるところ?


「それで、友達に連絡してクリパ入れてもらったの」


 笑ったから力が抜けたのか、少し落ち着いた雰囲気になる。


「良かったじゃないですか」

「それではっちゃけようと思って、このツリーを着たの。カラオケで」

「はい」

「で、だいぶ落ち着いてから何があったか皆に話したのね」

「はい」

「そしたら、私の男を見る目がないっていうのね。ブチキレるじゃん?」


 確かに傷心の人に言うことではない気がする。


「ええと、まあ、なんでお前に言われなきゃなんないんだ、とはなりますね」

「でしょ? そこに、どうやら誰かが教えたみたいで彼氏が来たの」

「え」

「で、あいつなんて言ったと思う?」

「ええと、ケツに鍵はない、とか?」

「なんだ、楽しそうじゃん。だって」

「は?」


 嘘、顔も知らない人にこんなにイラついたの初めて。一気に沸点超えたのも初めて。


「私も、は?ってなった。だからマイク投げつけてドロップキックかまして、引いてる友人たちに絶交宣言して家に帰ろうと思ったら、カバン置いてきちゃって何も出来なくて途方に暮れてるの」

「あー……」


 クリスマスにこんな悲しいことが多発するってある?


 そんな不幸のプレゼント誰も望まないじゃん。というかよく此処まで来たな。


「ここまではどうやって来たんですか?」

「家がこの辺だから、定期だけポケットにあって、もう逃げたくて必死で。家の前について、絶望した。ははは」


 乾いた笑いを初めて聞いた。こんなに心に来るものとは思ってもいなかったよ。


「と、とりあえず、そのカラオケってどこですか? カバン、取ってきますよ」

「あるかな」

「さすがにカラオケ店に置いてくれてるんじゃないですか?」

「あいつらカスだから、元カレにわたしてるかも」


 この不運さならありえそうで怖い。というか話聞いている限りならありえそうだ。


 そうすると、下手したら家に元カレが来ている可能性もある。さすがにこの状況で会わせるのは酷すぎる。


 少しくらい、この人にも良いことがあってもいいじゃないか。クリスマスなんだから。なんだか怒りがこみ上げてくる。


 今あったばかりなのにおかしいのかもしれないけど、でも、ほっておけないと思ってしまった。


「クリパ、やり直しません? 私と」

「え?」

「私も、残業でこんな時間だったんですよ。飲みたいなって気分で」

「でも、私、何も持ってないよ?」

「とりあえず、電話してカバンがあるか確認しましょう。それから、私の家で飲みましょう。クソ男とカス友人の話、もっと聞かせてくださいよ。その代わり、私のゴミ上司の話聞いてくださいね?」

「うううう、ありがどおお」


 ようやく人間らしく声を上げて泣き出したその人に、なんだか同情というよりは、親しみを感じてしまっている自分がいる。


 クリスマスツリーに話しかけなかったら、たぶんこんなに愉快なことにはなってなかったんだろうなぁ。なんてツリーを抱きしめながら思う。愉快なんて言ったら失礼かもしれないけれど。


 ツリーは日下部美麗さんというらしく、カラオケにその名前で電話をすると、カバンは流石に店に預けてくれたらしく、明日取りに行くことにして、私の家を目指す。


 ツリーはすれ違った数人にもれなくぎょっとされたけれど、なんだかそれが楽しくなっている自分がいて、コンビニで買い物をしている時に、レジで美麗さんが「ツリーですいません」と頭を下げたのには我慢できずに笑ってしまった。


 美麗さんも笑っていて、家について二人で寝落ちするまで愚痴を言い合って笑った。


 まさか大人になってツリーの友達が出来るなんて、思ってもいなかった。悪くないね、クリスマス。



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