イルヨ
口一 二三四
イルヨ
お爺ちゃんの家の間取りが変だった。
山村に広がる田畑。
春には桜。秋には紅葉。冬には枯れ木。
夏には青葉の影が揺れ、動植物が四季を彩るそこは都会と比べて色々なモノが足りないけど、だからこそ都会っ子である私には新鮮に映った。
お父さんの実家。私にとってはお爺ちゃんの家。
その前には田んぼとよくわからない大きな木々が並び、ミンミンうるさいセミをよく虫網を持って捕まえた。
捕まえては逃がし捕まえては逃がし。
虫網を振り回しながら駆け回り、飽きたら家に戻って寝るのが夏休み定番の過ごし方になっていた。
村でできた子供と遊んだり、庭で花火をしたり。
思いつく限りの楽しいことをひと通り済ませたある日。
いつもみたいにセミを捕まえ逃がしを繰り返し、なんとなく後ろを振り向くと、当たり前だけどお爺ちゃんの家が見えた。
デカいなデカいなとはしゃぎながら歩き回るほど大きな木造家屋は、遠く離れたところから見てもやっぱり大きくて。
全貌が見える位置にいるからこそ気がつく違和感があった。
どうにもなぜか、合わない気がした。
外から見る大きさと、内で知る大きさとが。
頭の中で間取り図を開いて照らし合わせる。
セミの鳴き声を聞きながら頭の中で家の中を歩く。
想像で廊下の突き当りに向かい、同時進行で外観を再度確認する。
「……やっぱり」
立ち止まった場所は壁の前。けれど家の外からだと『その先』がある。
もし今見ている外観が正しいのであれば、『壁の奥にひと部屋存在する』。
頬から落ちる汗を合図に家へと戻った。
今まで過ごしてきた遊び場になにやら秘密があると気がついてセミを捕まえるどころではなかった。
お父さんとお母さんはお婆ちゃんの付き添いで買い物。
お爺ちゃんは村の寄り合いとかで出掛けている。
あと二、三日もすれば自分の家に帰ることになる。
調べるなら今日しかなかった。
玄関を抜けて土間から部屋をいくつか越え二階へ上がる。
木製の階段が軋む音はいつ聞いても怖かったけど、その時ばかりは好奇心で気にならなかった。
さっき外で思い浮かべた間取りの順路で実際に進み、問題の壁の前までやってくる。
昨日までは気にもとめていなかったそこに疑いの眼差しを向けると、他の壁とは違い後から付け足したような痕跡を見つけた。
推理は確信に変わりどうしてだろうと近付いてみる。
耳を壁に当て中の音を探ろうとしたが、外からのセミの音がうるさくてなにも聞こえない。
「……すみませーん」
気づけば私は壁の向こうへ呼びかけていた。
「誰かいませんかー?」
外から見ても内から見ても扉も窓も見当たらない部屋だ。
あっても物置とかだろう。まさか人がいるわけないだろう。
返事なんてあるはずないのに。わかっているのに。
「すみませーん」
私は何故か、そうしないといけない気がしてひたすら声をかけ続けた。
「……………………イルヨ」
返事が戻ってきた。
壁の向こう。あるはずの部屋から、あるはずのない声が、確かに。
驚いて壁から耳を離す。恐る恐るまたつける。
「………………イルヨイルヨ」
向こう側の声はさっきよりも大きく聞こえた。
「…………イルヨイルヨイルヨ」
それがこっちへ近付いてきているのだと気づいたのは、床をする音が聞こえてきたから。
「……イルヨイルヨイルヨイルヨ」
言い知れない恐怖がこみ上げてきたのは、壁から耳が離れなくなっているのに気がついてから。
「イルヨイルヨイルヨイルヨイルヨ」
助けも呼べないまま、壁一枚隔てただけの距離で聞かされる声は人間とは思えないぐらい冷たく、重く。
「キミモ、ハイリナヨ」
壁の奥の部屋にいる『何か』は、私を連れて行こうとしているのだと直感的にわかり。
「いっ」
「ハイリナヨ」
突然伸びてきた白い手を振り払うこともできず。
私はそのまま、壁の中へと引き込まれていった。
誰もいなくなった木造家屋。
外から聞こえるセミの鳴き声が、不気味なほど響き渡った。
イルヨ 口一 二三四 @xP__Px
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