クリスマスキャロル
椰子草 奈那史
クリスマスキャロル
クリスマスに何が欲しい?
そう聞いたら「ママのアップルパイ」と答えたあなた。
あなたが生まれた時のことを、ママは昨日のことのように憶えているわ。
小さな手でママの指を握ったあなた。
よちよち歩きでママの後を追いかけてきたあなた。
胸いっぱいにお皿を抱えてお手伝いをしてくれたあなた。
あなたはママの全て。
ママはあなたの幸せだけを望んでいたの。
それなのに。
あの時、ママがあなたの手を離さなかったら。
あの時、あの運転手がお酒を飲んでいなければ。
あなたの身体は冷たくなって、小さな箱になってしまった。
ママは泣いて泣いて涙も枯れるほど泣き続けたの。
でも、あなたはもういないのに、街にはクリスマスキャロルと幸せそうな人たちで溢れてた。
ひどい。ひどい。ひどい。ひどい。
あなたの好きだったアップルパイを作ってあげたかった。
あなたと一緒にツリーを飾りたかった。
なのにあなたはこんなに小さくなって、もう抱きしめてあげることさえ出来ない。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。
もうその歌はやめて。
聞きたくない。二度と聞きたくない。
ママは祈り続けたの。
クリスマスなんてなくなってしまえ。
クリスマスを祝う人なんて消えてしまえ。
もう何日、何週間祈り続けたかしら。
ずっと眠らず、ご飯も食べないで願い続けたママの前に、ある日、三本の角の生えた黒い神様が現れたの。
黒い神様はこう言ったわ。
「お前の願いを叶えよう。その目でしかと見届けるがよい」
次の日から、この世界では不思議な病気が流行り始めたの。
それは昨日まで元気だった人が、突然身体中から血を流して死んでしまう謎の奇病。
その病気は、北の寒い国の人も、南の暑く乾いた国の人にも平等に訪れていったわ。
百、千、万……死んでいく人の単位は日に日に膨らんでいって、誰もどうすることもできなかった。
そのうち、世界のあちらこちらで戦争が始まったの。
病気にかかっても、かかってなくても誰もが血を流して死んでいく。
この愚かで滑稽な幕間劇を、ママはしばらく楽しむことにしたわ。
だって、黒い神様がこう言ったの。
「お前は一番最後にしてやろう。全てを見届けた後、私のもとへ来るがよい」
あれからどのくらいの時間が過ぎたのかしら。
テレビは映らず、ラジオも聞こえず、新聞も届かなくなって久しいわ。
でも、ママにとってはそんなことは些細なことなの。
とてもよい知らせがあるわ。
昨日、ママの口から血が流れたの。
今日は爪の間からも血が流れているわ。
わかるかしら?
ついにママの順番が回ってきたの。
そう、それはもうママのほかに、この地上には誰もいなくなったということよ。
なんて素敵なんでしょう。血が止まらない!
ママはもうすぐ行くわ。
どこへ?
それはわからないけど、……出来るならあなたのそばに。
ああ、これで最後になると思うわ。
さよならクリスマスのない世界。
さよなら。
あなたのいない世界。
クリスマスキャロル 椰子草 奈那史 @yashikusa
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