第5話
ゴルトンが出ていくのを見送り、咳き込むロラゲに水の入ったコップを渡して息をつく。
──昨日から先生たちが出ていくのを見てばかりね。
別に珍しいことじゃない。
図書委員などやっていれば、やってくる人間を見送るのが常だ。
また来る、など言葉を置いていく人もいれば、軽い礼だけ残していく人もいる。
──まあ、大概はまた来てくれないと困るのだけど。
本の返却があるからだ。延滞は困る。延滞されると、我らの図書委員長が貸出カードに仕込んだ爆弾が爆発するからだ。つい先日も二年の教室で爆発した。その後はみんな仲良く全校集会。犯人捜しが始まる前に委員長が前に出て、全ての図書館利用者に「反省してまーす」と宣戦布告を行った。絶対反省していないし、なんならこの前会ったとき「さらにパワーアップしてやった」とほくそ笑んでいた。おかげで図書室の別名は〝爆弾書庫〟。
「延滞は少なくなりましたけど」
「どうしたの? 嬉しそうな顔して」
「いえ、別に」
嬉しくない。心外だ。爆弾魔一味と呼ばれるのは避けたいのだ。顔に出してはダメ。
そんなことより、と話を逸らす。
「さっきの、ゴルトン先生のご休息場所、とはどういう意味なのかな?」
「え?」
枕に頭を預ける彼が手の甲を額に当てて、考える。病人の頭を使わせてしまったが、眠るまでの世間話だ。
「あー、ほら、ここ休む場所だから」
「でも、先生は勘違いするなって。ここは休息する場所じゃないってことでしょ?」
「うーん、あ、ここは病気や怪我を直す場所だって意味で言ったんじゃないかな?」
「元気になったらすぐ帰れ、と?」
「うん今日は、本当は閉める予定だったみたいだし」
なるほど、とティロルは得心する。
時折、ここへ授業をサボりに来る生徒がいると聞いている。ゴルトンも一応は迎え入れるようだが、それでもベッドを占領されることにいい顔をしていなかった。
今のロラゲは病人だ。ベッドを使う権利は大いにある。
「治ったら病人じゃないものね」
その時点で、権利は失うし、ゴルトンからすれば貸し出す義務がなくなる。
「確かに、ここはご休息場所ではありませんね」
☆
ゴルトンは頭を抱えた。
衛生科教師として。
エルゼール士官学校の保健体育教育を取り纏める教諭として。
「カリキュラムを見直したほうがいいのか……」
煙草に火をつけるためのマッチを忘れたことに気が付いて、戻ってきたらこれだ。
ちょっと意識させていい雰囲気にさせてみようと吐いた冗談が、まさかそのままの意味で受け取られるとは。しかもご都合な解釈まで添えて。
人生の楽しみが恋愛やその先にあるものだけとは言えないが、しかし知っていると知らないとでは大きな違いだ。
知っていてなお、自分には必要がないと選択するならばいいが。知らないまま、通り過ぎていけば、いつかあったかもしれない思い出に後悔することになる。
「特に君には時間がないんだよ。フレダ・ティロル」
いつか来る終わりまでに。少しでも多くの幸福を体験してほしい。
それが長く、先に生きてきた教師たちの願いであった。
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