お題用

くろかわ

「架空の長編で世界観や設定の説明が粗方おわったタイミングに出すようなエピソード」

 ことりとカップを置く。二人分のコップの中身は別々で、魔女にはココア。俺はコーヒー。本の匂いが立ち込める書斎に二つの香りが混じり、立ち込める。

「ほう」

 こちらをみてニヤニヤとする魔女を尻目に、今日の課題と睨み合う。


「なかなかいいものだな」

 一人で楽しげに呟く女を無視。代わりに、世界は数字であるという認識を持て、という言葉が目に飛び込む。


 使い古された本だ。大量のメモ書き、付箋、ペンで囲まれ印を付けられた言葉。

 本は食い物だ、と以前言っていたのはこのことだろう。では吐瀉物か排泄物を食わされているのか、俺は。確かに消化そのものは、生の本よりも遥かにいいだろうが。


「豚の趣味もなるほどやってみれば理解できるものだな」

 こちらを覗き込む魔女。髪の毛が顔にかかって鬱陶しいことこの上ない。

 そして甘ったるい匂い。こぼしたらただじゃおかないぞ、と心の内で呟く。


「気が乱れてるぞ。集中しろ」

「お前がぶつくさうるさいんだよ」

 応えると魔女は片眉を上げて、

「おや、私のせいか。すまんすまん」

 くつくつと笑いながら自分の席に戻る。


 全く、と辟易しながら目の前の本に立ち向かう。

 ……気がついた時には日も傾き、蝋燭の明かり無しにはこれ以上の読み込みは難しそうだった。

 我ながら随分と集中したものだ、と伸びをして、ふと魔女の妨害が無かったことに気付いた。


 見渡せば、窓際で目を瞑っている。

 寝ているのか。

 なら、起こすのは飯を作ってからにするか。


 ぐいと身体を伸ばし、背中のこりをほぐす。

「今日は終いか」

 唐突に掛けられた声にびくりと反応し、思わず小さく悲鳴を上げる。我ながら情けないが、こいつの気配の無さは異常だ。


「あぁ、暗くなってきたからな」

 平静を繕って応えるが、魔女はにやにやと笑っている。いい性格してやがる。

「先程の話だが」

「さっき?」

 いつだろうか。思い返せば、何か言っていた気もするが。


「なかなか良いな、と思ってな」

「何が」

「便利な召使いがいるのも、悪くないな、と」


 その時の俺はあからさまに仏頂面だったろう。魔女はそれを見据えたまま続ける。

「豚の趣味もこうでな。男を侍らせて何が楽しいのかと理解できなかったが、なるほど一度やってみると楽しいものだ」

 そういえばそうだ。あの時も周りに沢山の筋肉だるまがいた。人を家畜のように扱う。反吐が出る。金や力があれば相手を思うままに操れるなんて、腹立たしい。だが、事実でもある。


「戦争してんだろ。なんでそんな仲良いんだあんたら」

「魔法使いは絶対数が少ない。説明したろう」

 そうじゃなくて、と頭を振る。

「仲良しグループならわざわざ戦争しなくてもいいだろ」


 人差し指を一本立てた魔女はそれを横に振り、

「技術は金になる。それだけの話しだ」

「そうかい……いや待て、そんだけの金を何に使ってるんだアンタ」


 くつくつと、昼過ぎに見た笑みを再び見せる魔女。

「ガキを拾って育てるのに、金が不要だとでも?」

「主人なのか保護者なのか、立場をはっきりさせろ」


 ふむ、と指を組む魔女。

「確かに世界はゼロとイチで説明できるな」

 教本の通りだ。こいつの魔法はそういうものらしい。つまり、別の魔法は別の形で世界を捉えている……らしいのだが、細かいことはよくは解らない。


「私の立場はこうだ。保護者であり、主人であり、師であり、同士である。何故か解るか?」

 考えろ、と俺に視線で促す。黒く長い髪の向こうから、紫色に光る鋭い眼光。初めてみた時と印象は変わらない。

 焦点はしっかり合っているのに、どこかこちらを見ていない。否、この世界が見えていない。そんな眼。


「……切り替わる、のか?」

「言語化しろ。明確に、だ」

 息を呑んで考える。

「立場が保護者の時は主人でも師でも同士でもない。別の形として、立場が主人の時はそれ以外の何者でもない。今は師だな?」

 ぱん、と手を叩く魔女。驚いて椅子から少し浮き上がる。

「正解だ。そう、この場合、どれかがイチとして起動していたら他はゼロになっている。もちろん、複数のイチが同時に並列する場合もあるが……今回はそんなところだ。うん、やはりいいな」


「いい……って。召使いがか?」

「違うよ」

 じゃあ何が、と問おうとしたところで魔女は立ち上がった。


「さて、夕飯は何がいい。今日は特別に私が作ってやろう」

「特別に、じゃないだろう。今夜の当番はあんただ」

「なんだ、私が寝たふりをしている時は作る気だったろうに。損したな」


 にやにや笑いの女に心底うんざりする。

「うるさい。共同生活ってのはそういうもんだろう」

「あぁ、そうだな」


 存外良いものだ、という囁きは聞かなかったことにした。

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