第22話

 慣れたように貸倉庫に車をつけた車内に会話は無い。

 車のトランクから銃を取り出し装備をしていく。

「いい?絶対生きて帰るわよ」

 オリビアが指で視線の先を指示する。

 その先の男の風貌には見覚えがあった。

 数人の集まっている中に先程までオリビアと親しそうにしていた男だ。

「警察よ」

 訊く間もなく銃撃戦に突入していく。

「私が気づいていないとでも思ったかミシェル。いや、オリビアだったか」

 吹き抜けの棚に積まれた荷物が銃弾に晒され距離を離すよう応戦する。

 オリビアとは逸れたが銃声でおおよその位置を把握する。

 数人の頭に銃弾を打ち込み彼女のもとへと向かう。

 鏡に映った彼女の手元が差し込んだ光の中で浮かび上がる。

 身を翻し反射的に撃ち込んでいた。

 迷いはなかった。

 銃弾が彼女の腹部へと命中し、薬莢が転がる。

 生きていたければ殺されるな。

 この世界に身を投じて最初に習うことだ。

 腹部からは掌で押さえた指の隙間から血が流れ床に落ちていく。

 そこで、手に持っていた銃が、銃だと思っていたものが彼女の手から滑り落ち弾かれ足元に転がってきた。

 液晶画面からは彼女を呼ぶ男の声が漏れ出ていた。

 彼女が向けていたそれは銃ではなかった。

 彼女は銃を持っていなかった。

 銃を、持っていなかった。

 その言葉が頭をぐるぐるまわる。

 銃に思えたものは連絡用の端末だった。

 いつもなら、こんな間違いはしない。

 決してしない。

 仲間に銃を向ける、ましてやオリビアになんて絶対に。しない。

 だから彼女が銃を持っていないことを信じることができなかった。

 なんで、どうして。確かに銃を。

 彼女は俺に銃を向けていたはずで。これは正当防衛になるはずだった。

「⋯⋯馬鹿ね、なんて顔してるのよ」

 オリビアの呆れたような声が届いて頭がぎこちなく動いた。

 彼女は呆れたようにため息を吐いていた。

 銃弾を撃ち込まれた反動によって壁にもたれていた身体が力無く地面にずり落ちていく。

 銃声を聞きつけた数人の男たちの頭を反射的に撃ち抜いて薬莢が落ちる音が響く。

 見なくても人を殺すことができる。

 銃の腕前は抜きん出ていると自負していた。

 逃れた数人の男が奥に逃げて行くのがわかったがその場から動くことができなかった。

「怪我は?」

 喉が張り付いて言葉が出ずに頭をふって伝えるとオリビアは柔らかく顔に微笑みを乗せていた。

 こっちにきて。と口にした彼女に吸い寄せられるように足を運んでいく。

「ジル。今から言うことをよく聞いて。私は組織を裏切った。あんたは不正を暴いた。上にはそう言いなさい。いい?わかった?わかったわね」

 言い聞かせるように早口で言い置いて息を吐き出すと彼女は派手に咳き込んで吐血したことで金色の綺麗な髪が赤く染まっていく。

 あーあ。結構気に入ってたのに。と言葉のわりにはどうでもよさそうに口にして「・・・でもまあ。あんたが死ななくてよかったわ」隙間風のように細い息に胸が締め付けられて泣きそうになった。

「ちょっと、なに黙ってんのよ」

 口を開いたらこぼれ落ちてしまいそうだった。

「⋯⋯⋯⋯ジル、名前を呼んでくれる?」

 顔は見れなかった。

「オ、リビ、ア」動かし方を忘れたように酷くもつれて掠れた声が口から漏れでた。

 伸ばした彼女の華奢な手が頬に触れた。

「ああ、ごめん血がついたわね」

 そう言って離れた手には真っ赤な血がついていた。

 血溜まりとなり床についていた手にまで広がっていた。

 元を辿るとオリビアの腹部から血が流れ出ていた。

 思い出したように抑えた場所は止血の意味をなさず手は真っ赤に染まっていく。

 心臓が鼓動を取り戻したように速く打ち付ける中、震える手で携帯電話を拾いボタンを押していく。

 無機質なコール音が途切れた。

「捜査官負傷!捜査官負傷!すぐに救急隊を寄越せ。がたがたぬかすな調べろお前の仕事だろさっさと寄越せ」

 電話を投げつけても彼女の状態が変わることはない。

 血が止まらない。

 身体が震えている。

 顔が蒼白い。

 こういう時どうするんだった。

 どうすれば助かる。

 思い出せ思い出せ思い出せ。

 倉庫奥で爆発音が上がり、建物が揺れて細かい粒子が降ってきた。

 視線だけで奥を見てオリビアは息を吐いていた。

 行きなさい。と目で語っていたが無視した。

 人がいたのか肉が焼ける独特の臭いが漂って嗚咽が漏れる。

「死ぬな、オリビア、死ぬな頼むから」

 俺はあんたが。

「ジル、」「オリビア喋るな傷に響」「愛してる」

 ぷつりと、彼女を繋ぎ止めていたものがその言葉を最後にそこで消えていったような気がした。

 彼女が、彼女の身体が、途端に空虚なものに見えた。

 それから糸が切れたように頭が支えていた腕から力なくずり落ちた。

 半開きの目は虚空を見つめ、事切れた彼女の目からは光が消えていた。

「オリビア?」

 返事はない。

「オリビア、おい、オリビア?なあ。おい」

 死ぬのがあなたじゃなくてよかったわ。

 先程まで生きていた途切れ途切れの言葉が再生される。

 まるでこうなることをわかっていたようにいつものように口角を上げて屈託なく笑った。俺を責めるでもなく。

 ただ彼女は笑って死んでいった。

 途端に、彼女が本当に裏切り者なのか分からなくなった。

 もしかしたら俺はとんでもない間違いを犯したのではないかと思ったらもうそれ以上考えていたくなかった。

 彼女が死んだ。殺したのは俺で。その事実を受け入れたくなかった。

 叫びとも唸り声ともわからない崩れ落ちるような声が自身の口からもれ出ていく。

 自分で殺しといてなにを言おうとしたんだろう、とふと気になってかわいた笑いがもれた。

 彼女の言葉が、最後に口にした言葉が忘れられない。そうは言っても彼女が死んだ事実は変わらない。

「おい、こっちだ」

 今になって到着した応援部隊がなにか言ってたが耳に入ってこなかった。

 オリビアを信じてる。

 そう言っておいて結局のところ一番信じられていなかったのは俺だったのだと突きつけられた。ただそれが現実となっただけだった。最悪な形として。

 オリビアが死んだ。

 俺が、殺した。

 この手で。

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