第21話

 ロジャー・スウィーニー。

 薬の仲介人として名前を耳にしたことがある。

 どんな経緯があるのかは知らないが、感想としてはもしかしたら彼女は潜入操作をしているんじゃないかということだった。

 そうすればすべてに合点がいくがオリビアの場合直接聞いたとしても口を割ることはおそらくないだろう。となれば方法は絞られてくる。

 だから俺は彼女の跡をつけることにした。

 幸い、彼女の行動は把握していた。

 仕事を終え帰宅し数時間後にドレスアップを終えて出てきた彼女から目が離せなかった。

 髪は綺麗に巻かれ顔にも華やかさが増しドレスに身を包んだ胸元には瞳とお揃いの宝石が輝き彼女の美しさを彩っていた。

 思わず階段を降りる彼女に引き寄せられ手を差し出してしまいそうになるのを堪え、タクシーを拾い街中を歩く姿をつけていく。

 視線を合わせないように彼女の靴を目印に付いて行く。

 人並みを横切って角を曲がった彼女に沿うように路地に入るとふわりと花の香りが鼻を掠めて瞬きののち気がつけば身体が外壁に押し付けられていた。

「私をつけるなんて、いい度胸じゃない」

「いつから気づいていたんですか」

「最初からよ」

 彼女の吐息が顔にかかり、唇に目がいく。

「その口紅は誰のためのものですか?」

 いつもは化粧っ気のない彼女の唇は赤く染まって魅惑的に艶を放っていた。

「あんたには関係ないのよ」

 紡いだ言葉によってもれた吐息に喉が鳴るのを隠すようにふたりの間で電子音が鳴った。

「出たらどうですか」

「あんたがどこかに行ったらね」

 彼女が首元に押し付けていた腕が離れる瞬間、オリビアの瞳がわずかに揺らいでいるように見えてその腕を掴んで引き寄せる。

「俺はあんたの相棒じゃなかったのか」

 ヒールでたたらを踏んだ彼女を抱きとめると腕を伸ばして拒否するように距離を取っていた。

「相棒に決まってるじゃない」

「じゃあなぜ俺と組まない」

「今はあんたも色々経験しておいたほうがいいってだけの話よ。もしかして最近やけに突っかかってくると思ったら理由はそれ?」

 気まずくなり目を逸らす間近で短い息遣いと「⋯⋯ばかね」小さな柔らかくもらした声が、すっ、と心に溶けいって、赤い唇が妖艶に口角を上げる。

 目を細めたオリビアに心臓を掴まれる。

「言ったでしょ。あんたは相棒だって」

「そう、だな」

 彼女の言葉には俺に対するすべてが含まれていてそれ以上言葉にすることができなかった。






「本当にいいのかい?こんなことして」

「こうでもしないとオリビアの本音はわからないからな」

 あきれたようなルーカスのため息を無視して耳に当てた機械に神経を研ぎ澄ませる。

 布の擦れるノイズの向こうでヒールが地面をコツコツと鳴らしていく。

 やがてそれも止まり予約を問う男の声にオリビアが答える。

 案内を受けて礼を述べると別の男の声が近くから聞こえ直感的にこれがオリビアの待ち合わせていた人なのだろうとわかった。

「遅かったな」

 深く重厚な声に聞き馴染んだ声が答える。

「あなたに会うためだもの」

 慣れたように唇を重ねたリップ音から弦楽器が流れている中を進んでいるようだ。

 注文をし他愛のない会話が続く。

 時折微笑みながら言葉を交わし食事を終えると出てきたふたりが車に乗り込んでいく。

「なあ、ジル。もういいだろう。そろそろ戻ろう」

「俺は残る君は帰ればいい」

「これ、うちの機材なんだけど。バレたら僕が怒られるんだってわかってる?」

 呆れたような悪態を吐いたルーカスが車を走らせる。

 バンの後部では解析機材が半分を占めそこに無理やり体を捻じ込んでヘッドフォンからから聞こえる音に耳を澄ませる。

「よかった」

「私もよ。今日はありがとう」

 橋を渡りダウンタウンへと進み仕事を終え帰宅する車の中を距離を離し進んでいる。

 彼女の家とはちがった方向に向かっていた。

 車間距離が空いて音が途切れノイズが耳をさす。

 気づけば路肩に停車していた。

「悪いがこれ以上は危険だと判断した。僕が手伝えるのはここまでだ」

 彼らの車はあれだ。と付け加えたルーカスの示す先には路肩に車が止まっていた。

 縦型の一軒家で、知っている限りそれは彼女の自宅ではないはずだった。

 男が手を取り車から彼女をエスコートしていた。

 金色に無精髭が生え焼けた肌からは頬骨が浮き上がっている。

 それは確かにロジャー・スウィーニーだった。

 流れるように引き寄せられ唇を重ねる姿は恋人同士のようでオリビアが応えるように男の背中へと両手をまわす。

 離れ難そうに顔を近づけ、言葉を交わす。

 それから、手を離していく。

 オリビアが建物に入ったところで車が発進した。

 どうしたものかと首を捻ったところで他に出入り口はないかと見て回っていると、裏手の離れた家から人が出てきた。

「つけてきたの」

「俺がいなかったらあんた死んでただろ」

 呆れたため息を吐かれた。

 仕方がないわね。と一瞥される。

「あんた銃は?」

「ある」

「あんたのことだから調べてるんでしょ」

 まさかここまで来るとは思わなかったけれど。と彼女の背中が苦笑気味に続ける。

「帰ったら話があるの」

 なんですかと聞き返すことはできなかった。

 聞いたら終わってしまいそうな予感がした。

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