怪異トレーナー空道
「見たら呪われる幽霊…………?」
「そ、そうなんだよ! 兄さん、知り合いに除霊やってる人いたよね!!?」
そう慌てまくりながら、帰ってきたばかりの僕に言ってきたのは顔だけにいい癖に現実主義者でひたすらにくそ生意気な僕の妹、空道楓。
幽霊なんて普段なら、は? 幽霊なんているわけないじゃないバカ兄さん。とか言っているのにどういうわけか滅茶苦茶手のひらを返している。
「……もしかしてお前の学校で人死にが出たか? その……見たら呪われるなんて幽霊の噂が出た直後くらいに」
「まだ死にはしてないけど…………隣のクラスの
なるほどなるほど。確かにそれはヤバいね。ただの偶然で片付けられないくらいの怪事件。そして楓の狼狽えっぷりの凄さからして多分、
「そ……それで……あたし、見ちゃったの」
「もしかして夜の校舎で幽霊でも見た? 昨日帰ってくるの遅かったけど」
「なんで兄さん先読みしてくんの!? …………そう、そうなの。忘れ物を取りに行ったら教室の中に……うずぼんやりとしていて……学生服を着ていたんだけど、顔も青くて……女の子が! そ、それに。少し浮いていたんだよっ!!! 多分絶対おそらくあれは昔イジメが原因で首を吊った学生とかそんな感じのやつ!」
興奮した様子でまくしたててくる。
……命の危機だからこんな風になっているのか。
…………実際、ただの偶然の事故じゃないなら、こういう発生をした怨霊は厄介だ。授業中に現れでもしたら40人以上が被害に遭うし、除霊に行くには夜に忍び込まなきゃいけないからめんどい。
「おっけーおっけー。じゃあ僕の知り合いに頼んどくから安心しておいてくれたまえ妹よ」
「……あ、ありがとうっ! 兄さん!」
「ははは。礼には及ばぬ。ついでに金は立て替えてやるから」
おお、妹の尊敬と頼もしく思ってくれる目がいい感じだ。心の栄養が満たされていくのを覚える。
しかし問題なのは、その幽霊が友達だってことなんだよな。
「ってわけでお前さんさっさと逃げた方がいいぜー? その内怨霊払いとか秘密組織が来るからよ」
「はー!!!? ウソだろウソだろあたし地縛霊なんだけどー!!!??」
この幽霊少女ノゾミちゃんは、数年前僕がこの学校にいたころからの知り合いだ。
その頃にはもうイジメを苦に自殺して地縛霊になっちゃっていたが……なんか呪いをかけて死の淵に追いやるなんてびっくり仰天だ。弱くてか細くてこっそりお弁当のおかずを盗み食いしながら生きてきた彼女が、よくもまあそんなに強くなったもので……
「…………わかってるだろ!」
「おう。僕はお前が怨霊だとは思ってない。だから対魔師も呼んできてないけど……まあその内嗅ぎつけた誰かがやってくるだろ」
この礼雄中学校には悪霊がいる……ことはわかったが、気配的に多分こいつよりももっと強くて悪質で隠れるのがうまいやつだろう。多分、俺の知り合いでこれを見つけられるのは少ない上、見つけられるようなやつには幽霊に友達がいるなんて教えられないようなやつばっか。
「ぐわあ…………なんで新入りなんかにあたしの存在を脅かされなきゃならねえんだよ…………」
「多分、後付け人工怪異だろうな。お前みたいな弱くて逃げれもしない地縛霊がいるから、悪い奴らが隠れ蓑とスケープゴートにしてるってやつ」
「おお……許すまじ…………人間…………」
言葉だけは怨霊っぽいけど、全く実がない。けれどやけっぱちになってもらっても困るので、
「まあ安心しなよ。僕がどうにかしてやるからさー」
「見つけ出して始末してくれるの!?」
「いや、違う違う。幽霊に触れないのは知ってるだろ? だから」
ぽんぽんと肩を叩くジェスチャーをしてやって、
「お前をすっごい優良な地縛霊にしてやるから、頑張って隠れてるやつをぶっ殺してやれ」
数週間後
休日の中学校の廊下を、偉そうな人と、背丈の高くて厳つい顔の、粗野そうなスーツの男が歩く。
「おお……業界で有名なエクソシストの
「ケッケッケ。俺様が見事に祓ってやるのですぜ」
角を曲がって、知見原は顔をしかめる。
その先にはあまりにも強大な力が暴れ回っているかのような……彼の57年の対魔生活で育まれた第六感がそれを察知する。
「臭う、臭いますぜ。幽霊の臭いが……この教室か!!」
大きな物音を立ててながらドアを開けると、その中には、
「うおおおああああ! 空道師匠直伝のカラテをくらいやがれええええ!!」
「げぼぁああああ!?」
………巨大な蜘蛛の化物を、蹴り殺している少女……の、幽霊がいた。
「おお、教頭先生! それに……対魔師の方ですか!!」
「……えーっと、何をやってるんでございますぜか?」
「見ての通り、悪霊退治にございます! ほら、これが例の悪霊であれば! あたしを退治なんてしないでくださいよ!! 守護霊ですから、あたし!!」
「ひいっ! 知見原さん、なんか声が聞こえますし、教壇のあたりがぬるってしてますよう!?」
蜘蛛の怪物の上で明るく笑う少女を見て、おおよその事情を察した知見原は、気まずそうに笑って、
「…………あー、教頭先生。祓っておきましたぜ。悪霊」
彼は、割と融通が効くタイプだ。
「あ、兄さん! 今病院の藤見ちゃんが目を覚ましたって! それに神隠しにあってたみんなも帰ってきてる!」
「おー、それはよかった。よかった」
僕は楓のその言葉で彼女が勝利した事を知り少し小躍りしたくなるくらい喜ぶ。
夜の学校に忍び込んでは毎日毎日トレーニングを行う日々が、ようやく報われたのだ。
「本当にありがとう、悪霊払いの人に連絡してくれて…………あれ、隈ができてるよ。兄さん。ちゃんと寝てる?」
「寝てない」
少しだけ不安なのは知見原さんが勢い余って殺してないか……ということだけだが、まあ多分大丈夫だろう。
…………しかし、今思うと問題なのは地縛霊のまま強くしちゃった彼女のことだ。守護霊っぽく仕立て上げたけど本質は未練で動く地縛霊だし、うっかり目の前でイジメが起きたりしちゃったら、さあ大変だ。
「んー……まあいいか。アイツが悪事やったらぶっ殺せばいいし」
眠くなったから寝る。肩の荷が降りたから寝る。妹の不安を取り除けたから寝る。とにかく今の僕は寝ること最優先で━━
「空道師匠ー!!!! ありがとうございましたー!! これからはあなたに取り憑かせてください!!!」
ドアを、すり抜けて。バカがきた。
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