第380話 アルベルト様


「聖女をお連れした。王女と王太子妃をお引き渡し願いたい」


「確認した。こちらに、王女殿下と妃殿下が居られる」


 将校たちの儀礼的なやりとりが為され、マーレ姉様と第一王女様は解放され、私は叛乱軍の虜となった。この将校さんたちは決して悪い人ではなかった……ほんの一分ほどだけど姉様と話す時間をつくってくれたのだもの。


「ロッテ……ごめん。私が捕まってしまったせいで、ロッテを巻き込んでしまって……」


「大丈夫。無事に帰って来られるように、うまく立ち回るから」


 もちろん、そういう「立ち回り」こそが私の一番苦手とするところだってことは、マーレ姉様もよくわかっている。気丈な姉様が少し悲し気に目尻を下げる姿はぐっとくるものがあるけれど、ここは明るく別れるべきよね。


 姉様の男前な性格からすると、私と人質交換されるってわかったら、自ら舌を噛みかねない。それをやらなかったのは恐らく、一緒に第一王女殿下も返還されるからだ。王女殿下が敵の手中にある限り、国王陛下は憂い無く叛乱軍に立ち向かえない。早く内乱を収め、民に平穏を取り戻すことを考えて、大人しく従っているのだろう。


 王女殿下も、おそらくその辺の機微を理解されておられるようで、私の右手を両手でぎゅっと包み、涙の膜がかかった綺麗な眼でただ見つめて下さった。


 姉様、王女殿下。どうか幸せになって下さい。これから私の処遇はどうなるかわからないけれど、私のちっぽけな自由と引き換えに購った貴女たちの未来を、存分に楽しんで頂きたいのです。


 私はそんなことを思って、高い高い王都の城壁を、もう一度見上げた。城壁を照らす今日の夕陽は、やたらと紅く見えたんだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 王都に連行された私は、縄を掛けられることも手枷をはめられることもなく、王宮にいざなわれた。そして地下にある牢に放り込まれることもなく、落ち着いたしつらいの客室へうやうやしい態度で迎えられる。う〜ん、いきなり処刑とかはないだろうと思っていたけど、人質交換で連れてこられたのにこのお客様扱いは、何だか居心地が悪い。


「聖女様、早速お召し替えを」


「ええ? 着替えるのですか? 何に?」


「もちろん、ドレスでございます。その前に湯浴みも致しましょう」


 いかにも年季の入った感じのメイドさんが、まるでお姫様に向かっているかのようにかしずいてくれるのは、もっと居心地悪い。


「いや私は虜の身です、この神官服で十分なんですが……」


「いえ、聖女様は陛下のお客人でいらっしゃいます、最高のおもてなしを致さねば、私どもが罰せられます」


 はあ。その「陛下」ってのは国王陛下ではなく、たった今王都で国王を僭称しているアルベルト殿下のことよね。なんだか複雑だなあ。


 そして、ぼうっとしている私は数人の侍女さんたちに囲まれて、無理やり湯殿で全身磨かれてしまう。確かに気持ちいい……だって、この遠征の間は湯浴みなんて一度もしていなかったんだもの。ビアンカが毎晩濡らした布で全身拭いてくれていたから、臭くはないと思うのだけれど、やはり年頃の娘として、たまには髪など洗いたくなるのだ。そして、冷たい水で拭かれるのと違ってじんわり身体を温めてくれるお湯は、やっぱり最高だ……最初はびくびくしていた私も、しまいには半分眠りかけるくらい、快適だったわ。


 湯から上がると左右からがしっと侍女さんに捕まえられて、鏡台の前でこれも久しぶりのメイクなどされてしまう。次は大嫌いなコルセットかと身構えていたら、比較的お腹の楽なふわんとしたドレスを着付けられた。ああそうか、今こんなに磨きあげられちゃうのは、これから晩餐に連れ出されてしまうのだからなんだな。ぎゅうぎゅう締め付けたら、食べられないものね。ここのところどこへ行っても神官服で通していて、お腹まわりに自信のない私としては、ほっとするわよね。


 久しぶりにおしゃれした自分を姿見で確認してみたら、なかなか決まっている。普段は身に着けない若草色のお嬢さんっぽいドレスも、私の真っ黒な髪と相性が悪くないようだ。あれこれ飾り立ててくれた侍女さんも、満足そうにため息を吐いているから、会心の出来なのだろうな。


「それでは、そろそろ晩餐の間に参りましょうか」


 年配のメイドさんに促され、私は背筋を伸ばして立ち上がる。侍女さんたちから小さな感嘆の声が漏れるのがちょっと気持ちいい。ロワールのお妃候補だった頃から「立ち姿とカーテシーだけは最高に美しい」と評されていたのよ。「だけは」って言葉が付くのが、すっごく微妙な褒め言葉なんだけど。


 王宮の廊下は、以前訪れた時より、何か微妙に違う気がする。物の位置が微妙に曲がっていたり、掃除がちょっとだけ行き届いていなかったり、なんか荒れている感じなのよね。まあ、王都を包囲されている状況なのだ、仕方ないんだろう。


 やがて私たちの前で、重厚なダイニングの扉が、ゆっくりと開いた。


「やあ、シャルロッテ。ようやく逢えた、もう離さないからね」


 そこにはものすごく甘く優し気な表情をしながらも、ヤンデレのレベルを完凸したような雰囲気をびんびん漂わせている、栗色の髪と切れ長の青い瞳を持つ超絶美男子の王子様がいた。

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