第369話 そっちの王都なの?
伝令騎士さんはひたすら「一大事」としか言わない。具体的な内容を言えないほどヤバいことなんだろうと察した私たちは、全速力で郊外の駐留拠点に引き返した。
「一大事とは、一体なんなのだ?」
本営の天幕に入るなり、テオドール様が第一声を放つ。それに答えるローゼンハイム伯の頬は、緊張に強張っていた。
「王都で叛乱が起きました」
「先日、王都からの叛乱勢力を、叩きだしたばかりじゃないか?」
「ロワールの王都ではありませぬ、叛乱が起きたのはバイエルンの王都です!」
「なっ……」
伯爵様の言葉に、テオドール様だけでなく、私も凍り付いた。クリストフ父様、カタリーナ母様、ハインリヒ兄様……大事なハイデルベルグ家のみんなが、王都にいる。そして、マーレ姉様は、いまや王太子妃として、王宮に住まっているのだ。みんな、無事だろうか。
「それで、王都の状況は、どうなっているのだ?」
驚きで言葉が出なくなった私に代わって、いち早く我に返ったテオドール様が口を開く。
「王都は完全に叛乱側の手に落ちております」
「国王陛下の安否は?」
「いち早く叛乱の動きに気付いたハイデルベルグ候が、陛下を守って王都から脱出、現在はハイデルベルグ領を行宮として、抵抗するための勢力を集めています」
そうか、陛下はご無事……そしてさすがは腹黒のクリストフ父様だ、やることはしっかりやってくれるわね。
だけど、バイエルンで叛乱って、一体誰が? ロワールと違って、バイエルンには深刻な後継者争いはなかったはず。おかしな第二王子マルクス殿下を担ぐ一派が軒並み失脚したことで、後嗣は王太子ルートヴィヒ殿下に定まったと思っていたのだけど。その疑問を口に出した私は、意外な返答に息をのんだ。
「叛乱の首領は、第三王子アルベルト殿下だ……」
え~っ、嘘でしょ。昨年、甘々の言葉で私を口説こうとした、あの王子様じゃないか。
そう考えを巡らせた瞬間、思い出してしまった。カミルとクララは、アルベルト殿下が発する負のエネルギーと言うか、オーラが見えると指摘していた。そして私も、甘い言葉の間にほんのわずか覗く影のようなものを感じていたんだ。だけど、あれは王位簒奪を狙うようなギラギラ上向き前向きなエネルギーではなかったと思うのだけれど。
「私には、アルベルト殿下が王位を望んでいるようには見えませんでした。彼を神輿として担ぎ出した黒幕が、いるのでは?」
「そうだ」
「首魁は、どこの家でしょう? 面と向かって反王太子になるような有力貴族は思い当たりませんけれど」
「そう、黒幕は貴族ではないのだ。アルベルト殿下の後ろにいるのは……西教会なのだ」
「何だと!」「そんな……」
私たちは絶句する。しょうこりもなく、また西教会なのか。ロワールの後継者争いにさんざん口を出し、今回の内乱を引き起こしただけではなく、バイエルンの政権転覆までやらかそうというのだろうか。
「バイエルン西部には西教会の信徒が多い。貴族も四分の一は西教会を信仰している……彼らがことごとくアルベルト殿下に付き、王都に兵力を潜伏させて突然蜂起したというわけだ」
西教会と東教会は、相容れない関係だ。奉ずる神は同じでも、教えの解釈がかなり違う。違いを認めて住み分けるのならばともかく、自教会のテリトリーでは相手の教えを徹底的に弾圧してきたのだ。
ロワールは西教会地域、東教会の布教はもちろんできない。バイエルンは東西教会のちょうど端境に位置する国、国教は東教会だけど、西部地区に一定数存在する西教会信徒を弾圧したりはしないできた。
だが今回の動乱で、バイエルンが西教会の国になったらどうなるだろう。西教会は東教会より教条的で、不寛容な傾向が強い。国内貴族や民衆に、西教会への転向を強制することになるのは、容易に想像できる。もちろんそれに反発する貴族もいるはずで……バイエルンはしばらく、暴力と混沌の国となってしまう。
そして何より、西教会は獣人を人間と等しき者と認めていない。彼らが政権を握ったら、ロワールなどに比べ緩かった獣人差別が、さらに激化するのは確実だ。獣人の権利を大いに拡大したシュトローブル辺境伯領の政策も、放擲するよう圧力がかかるのだろうな。
「させない……」
そうだ、そんなことを許しちゃいけない。せっかく造りかけた、人と獣人が等しく交わる社会をこんなことで壊させはしない。ビアンカやクララ、そして次世代のファニーやクリスタの生きる道を、狭めちゃいけないんだから。
「そうだ、こんなことを許すわけにはいかんな。シュトローブル領に帰るついでに、王都の叛乱ってやつを、さっさと潰してやろう!」
いやまあ、さすが脳筋国家の皇弟様だ。すっかり混乱から立ち直って、戦意をめらめら燃やしておられるわ。単純な人だけど……すぱっと明快に割り切って、ぐっと前を向いて突き進む姿はとっても頼もしくて、素敵だ。また少し、ぐらっと来てしまったかも。
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