第326話 火竜討伐の真実(4)
魔獣の王であるはずの火竜はまったく抵抗することなく、「中の下」冒険者でしかないイムレとキンガに惨殺された。普通の剣や槍では火竜の鱗を貫くことができないことも、かえって残酷さに拍車をかけた。竜の眼に槍と剣を何度も突き込んでは、脳をかき回して生命を奪ったのだ。
「イムレ! これでアタシたちは大金持ちだね!」
「ああ、火竜の鱗なんて高く売れるだろうなあ!」
その場の凄惨さに不似合いなやたらと陽気な声を上げ、火竜の死体を解体しようと奮闘している二人。しかし剣も通らぬ鱗を持つ火竜の解体を、素人がそう簡単にできるわけもない。半日もかけて彼らが得たのは、見たこともないほど大きな紅い魔石と、鱗が数十枚。
「よし、明日はこれを街に売りに行くぞ!」
「魔石は、最後に取っておくのがいいんじゃないの?」
「それもそうだな。だが、アレは売っちまおうぜ」
イムレが指さす先には、火竜の卵があった。あの火竜が自らの生命と引き換えに、守った卵が。これまで二人の蛮行をただ見ていた私も、さすがに口を挟んだ。
「ちょっと待て! 火竜との約定では、これを洞窟に残して手を出さないはずだが」
「はぁ? その火竜は死んだんだぞ? 約束を守る必要なんてあるのか?」
「そうそう、気持ち悪いから早く売っちゃおうよ」
イムレとキンガの反応に、私は頭を抱えた。
「『竜の呪い』というのを知っているか。竜の怒りに触れたものは、薬師も回復魔法も効かぬ高熱に侵され、散々苦しんだあげくに死ぬんだ。お前たち、そうなりたいのか?」
「はぁん? 何を恐れているんだ?」
「あの竜は死んだんだよ? 約束がどうとか、確かめられるはず、ないじゃない?」
そりゃ人の常識で計れば、それが正しいのだろう。だが竜は、常識を超えるからこそ、魔獣の王たり得るのだ。のどまで出かかったその言葉を、私は飲み込んだ。二人の眼はもう欲望にギラギラと光っていて……とても説得が通じるとは、思えなかったから。
◇◇◇◇◇◇◇◇
村に帰るなり、イムレとキンガは火竜を討伐したことを大げさに触れ回った。最初は疑っていた村人も、紅く輝く巨大な魔石をどんと眼の前に置かれては、彼らの言葉を信じるしかなかった。
そのストーリーは、現実に起こったこととまったく異なる、彼らに都合の良いものに書き換えられていた。
火竜がこの村を襲おうと近くの岩山に拠って準備しているのを見つけたキンガが、イムレに急を告げる。住民を守る義侠心に駆られたイムレは魔法使いの私と盾戦士のジュラを引き連れて火竜に挑むが、怯懦心に駆られた私とジュラはその場から逃げ出す。残る二人は絶体絶命の危機に陥るも、キンガを喰らわんとする火竜の頭にイムレが飛び付き、その眼に鍛え抜いた槍の一撃を見舞う。かくして火竜は斃れ、村の平和は守られたのだと。
名誉を傷付けられる酷い捏造ではあるが、私には反論する自由が与えられていなかった。娘ギゼラが嫁いだばかりの夫は、イムレの取り巻きであったのだから。余計なことをしゃべれば娘を裏山に埋めるとまで脅されては、私の抵抗する余地はない。ジュラもかねてよりたった一人の妹をネタに同様の脅しを受けていたようで、黙然としてイムレたちの勝手な言い分を聞いていた。
村人たちは狂喜した。火竜に襲われてはこのような山村は、全滅するしかない。しかしこの若き二人が、それを未然に防いでくれたというのだ。彼らを英雄と呼ばずして、何というのだろう。かくして村は二人の英雄を讃える声に満ちた。
翌日、私とジュラには何も告げず、イムレたちはマリアツェルの街に向かった。やっとのことではぎ取れた数十枚の鱗と、あの卵を売ってきたらしいが、思ったような値が付かなかったらしくイムレはおかんむり、キンガはそのカネで趣味悪い金のアクセサリを購って上機嫌で帰ってきたようだった。
売られた卵は、どういう扱いを受けるのだろう。まさか料理に使われるとは思わないが、帝都あたりに行けばゲテモノ好きな金持ちがいる、絶対ないとは言えない。
もっともありうる線は、腕に覚えのある魔獣使いに買われることではないか。孵化したときから世話をすれば火竜も主を慕うであろう、さすれば最強の魔獣を自らの思うが通りに使役できるのだ。テイマーと呼ばれる者なれば、竜使いとなるのは一度は夢見ることだ。この道ならば火竜の子は手ひどい扱いを受けずに済む、あの火竜のためにも、そうあって欲しい。
そんなことをぼんやり考えていると、ふと自身が熱っぽいことに気づく。もう十年以上ひいていなかった、風邪だろうか。そう思いつつ、その日は寝苦しい夜を過ごした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ジュラが死んだ。昨日ものすごい高熱を出して、今朝はもう息をしていなかった」
村人の知らせに、私は悟った。この発熱は、火竜の呪いなのだと。ジュラが死んだからには、私もその運命から逃れられまい。
私は覚悟を決め、せめて村に流布している英雄譚が悪質な虚構であることを後世の者に知らしめるため、この書状に真実を記している。自己満足、あるいは偽善かも知れぬが、それくらいしか私にできることはないのだから。
(追伸)
たった今、イムレとキンガの夫婦がそろって死んだと聞いた。私ももはや意識がぼんやりしてきている、もう長くないだろう。これにて筆を置く。
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