第166話 ダンテの襲撃

「村長さんはじめ、村では私たちを客人扱いにしてくれているはずです。こんなことをして、ただでは済まないのでは?」


「ふん、村長か。あいつに俺をどうこうすることなんかできるわけはないのだ。『英雄』の息子である俺を支持する者は、この通りたくさんいるわけだからな」


 確かに、ダンテに対する村長さんの腰の引けっぷりは普通じゃなかった。それだけ火竜の出現ってのは、この村の人にとってインパクトの強い事件だったのだろうけど……だからといってこのおかしな熊獣人が、好き勝手やっていいということにはならないと思うわ。


「私たちが降参すればどうなりますの?」


「殺しはせん、おまけの二人は遠くへ売り払うだけで許してやる。お前は俺の三番目の嫁にしてやるから、ありがたく思え」


 はあっ? 意味不明のことばっかり喚き散らす、こいつの嫁? ありえないわ。それにしても、一番目と二番目のお嫁さんがいるんだ……とっても可哀そう。


「そうですねえ。私にはもう心に決めた方がいるので、貴方の妻にはなれないですね~」


「お前に選択権なんかあると思ってるのか? ほれ、黙っておまけの奴らに武器を捨てさせろ。こいつらが、死んでもいいのか?」


 こんな心洗われない会話をダラダラ続けていたのには意味がある。これだけの人数不利があって、しかも近接戦闘になったら、私は単なる足手まといだ。近接戦闘だったらクララとカミルは十倍の敵をものともしないだろうけど、問題は三人いるらしい弓手だ。やつらを先制攻撃で片付けなくてはいけない、そのための準備に、時間が必要だったんだよね。


 そして、時は満ちた。


「雷光よ!」


 小高い位置からクララに狙いをつけていた二人の弓手に、聖女の力「雷光」が相次いで突き刺さる。本気でやると黒焦げにしてしまうから、殺さない程度に出力を調整するのが難しかったけど、いい感じに決まったわ。


「ロッテ様、感謝します!」


 すかさずクララがものすごい速度で飛び出す。一人だけ残ってカミルを狙っていた弓手が慌ててクララに狙いを変える頃には、彼女は敵に肉薄し、すでに弓では同士討ちになる距離。迷いながらも再度カミルを狙おうとした弓手を、私が「雷光」で気絶させる。うん、私の乏しい精神力ではレイモンド姉様みたいに雷光をばんばん連発することは難しいのだけれど、ここまで威力を絞ればあと二~三発はいけそうね、これはいい経験になったかも。


 遠隔攻撃をつぶせば、私の役目は終わり。クララが縦横無尽に敵中を暴れまわって、山刀や古めかしい長剣を操る男たちを、次々と峰打ちで倒していく。カミルは私のそばを決して離れず、襲ってくる男たちをロングソードで「殴り」倒している。


 ああ、二人とも、村の人を殺さないように気を使ってくれてるんだ。そうお願いしたのは私だけど、これだけ人数差のある戦いでもそれを忠実に守ってくれているのを見ると、逆に心配になってしまう。あくまで私が大切なのはクララやカミルなの、私も無茶なお願いを優先して、危険を冒しているんじゃないかしらと。


 だけどそんな心配は、まったく杞憂だった。訓練された騎士ならともかく、肉体労働で鍛えた程度の「普通の獣人」さんが多少集まったって、彼らを倒すことなど所詮できないのだから。ものの数分間で、立っているのは熊獣人のダンテ一人になっていた。


 唆されたのであろう村人さんたちは一人も殺していないけど、簡単に立ち直られて数の暴力に負けちゃうのはイヤだから、みんな骨の一本か二本は折ってある。気の毒な気もするけれど、私の大事な家族を殺そうとしたのだから、このくらいは当然の報いと思ってほしいわ。


「お、お、お前ら……」


「私たちはこの村の方と平和にお付き合いしたいと思っていますが、飛んできた火の粉は払います。そして、もし私の家族の安全が侵されるようなことになったら、ためらわず敵とみなして倒します。ねえダンテさん、貴方はまだ私たちに、敵対するのですか?」


 物わかりの悪い熊獣人は、それでも無様なうなり声をあげて、私に向かって飛びかかってきた。迎撃の態勢をとるクララ。だけど彼女の横を大きな影が一瞬で追い越して、熊獣人を一撃で突き倒す。そして数瞬の後、ダンテのみっともない悲鳴が上がったと思うと……そこには毛深い熊の腕を口にくわえた、雄々しいサーベルタイガーの姿があった。


「ヴィクトルっ!」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 村の狩人兼自警団を率いるフェレンツさんとその部下が程なく駆けつけて、現場の惨状に眉を寄せる。


「ダンテ、お前はここまでやるのか……」


「フェレンツ! そいつらを捕まえろ! 俺たちはそいつにやられたんだ!」


「こんな大勢が全員武装して取り囲んだ挙句、『やられた』って言うのか?」


 当然フェレンツさん達は何が起こっているか把握してくれていて、ダンテの阿呆な抗議を相手にしていなかったけれど、酢を飲んだような顔をしている。後処理の面倒さを考えているのだろうな。


(すまないロッテ。こいつの仲間にすっかり騙されてしまったようだ)


 もぎとったダンテの右腕を汚いもののようにぺっと吐き捨てたヴィクトルが念話を伝えてくる。どうも妖魔討伐にヘルプを求めてきた村人も、おかしな熊獣人の仲間であったらしい。私から護衛を、特に近接戦闘最強のヴィクトルを引きはがすことが目的だったみたいなの。なかなか現れない妖魔を探して引きずりまわされている途中、たまたまフェレンツさんが指揮する狩人団に会ったことで、嘘がバレたってことみたい。妖魔退治って本来はフェレンツさんたちの仕事だからね。


(さすがに三度目はもう許せないから腕一本もらうことにしたけど、ロッテの望み通り、殺してはいないからな?)


 妙なところで律儀なヴィクトルなのだった。

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