第155話 ヘンな熊獣人
「ジェシカ……」
「兄さま、私……」
金髪イケメンが、美しさを取り戻した妹の手をぐっと握り込んで離さない。そしていつまでも見つめ合って二人の世界に浸っているようなので、お邪魔かなとは思うんだけど茶々を入れてみる。
「あの……それで、痛みとか違和感とか、ないでしょうか……」
我に返った二人が、同時に頬を染める。ジェシカさんのそういう姿は可愛らしいけれど、フェレンツさんの方は、妹が絡むとちょっと残念なイケメンになってしまうみたいね。
「あっ、はいっ、自分でもびっくりするくらい、何の不自由もなくて」
ああ、良かった。グルヴェイグに焼かれたビアンカの火傷も治したことがあるから、たぶんイケるんじゃないかとは思ったのだけれど、あれだけひどく損傷した上に半年も前の火傷となると、やっぱり心配だったのだ。
「ああ、これは失礼した……お嬢さん、いや妹の言うように、聖女様かもしれないな。ありがとう、もう消えないと思っていた妹の傷を癒してくれて。この恩は獣人の誇りにかけて必ず返す」
「はい、いえ、どういたしまして……」
金髪イケメンにグイグイ迫られ、キョドってしまう私。いや別に、ときめいちゃうとかそんなんじゃないのよ、うん。イケメンの金髪なら、もうヴィクトルがいるんだもん。
「父さん、俺はこの人たちをデブレツェンまで案内するよ。そこへ行くのが聖女さん達の望みなら、叶えてやるのが俺達の務めじゃないかと思うんだ」
「うむ、儂もそうすべきだと思う」
村長父子の間でトントン拍子に話が進む。これはありがたいわ、何しろ私達はデブレツェンの森なんて行ったことはない、頼みの地図もアルテラ領内に関してはあやふやで当てにならないのよね。
「お願いできるならぜひ……」
「ちょっと待て!」
フェレンツさんの言葉に甘えようとした私の言葉をさえぎって大声をあげたのは、彼が村を出ることにさっきも反対した、熊獣人。ゆっくりと席を立って、私に近付いてくる。その眼はなにかぎらぎらと、良からぬ感情に燃えているように見える。
「ダンテ! 客人に失礼はいかん!」
「客人ね……所詮は招かれざる客だ。本来ならば生かしてこの村を出すわけにはいかん所だが、その癒しの力は惜しい。だから殺すのは勘弁してやろう、その代わり一生この村で、我々の役に立ってもらおう」
何なのこのダンテとかいう獣人。村長さんのいうことに耳も傾けないで、自分に都合のいいことばっかり言ってる。
「私達には帰らねばならないところがあります、この国でやるべきことをしたら、バイエルンに戻ります、皆さんのことは誓って明かしませんから」
「くっくっ……黙って村を出すわけにはいかんと言っておるのだ」
熊獣人が、伸びたもみ上げをぽりぽりと掻きながら、好色そうな眼を私に向ける。さすがに鈍い私でも、この欲望に忠実そうな脂ぎった男が何を考えているのか、よくわかる。
「なあに、女なんてものは孕ませてやれば言うなりだ。せいぜいその妙な力を有効に使ってやるから……」
男は最後まで台詞を言い切ることはできなかった。虎型のままだったヴィクトルが一瞬で男を跳ね飛ばし、倒れたところを前脚で押さえつけて動けなくする。すかさずクララが馬乗りになって、その首筋にファルシオンの刃をぴたりとあてる。
「もう一度言ってごらんなさい、その首が胴から離れますわ。さあ、女なんてものは、何だとおっしゃいましたか?」
「こ、この、女の分際で……」
「あらあら、その『女』に生命を握られている哀れな男性は、どなたでしょうね?」
クールな表情で薄笑いを浮かべるクララは、かなり怖い。熊獣人は真っ赤になって怒っているけど、ヴィクトルの前脚だけで制圧されていて動けない。まあ、最強の護衛が付いている今の私をどうこうしようなんて、考えが甘いわよね。
「いや、申し訳ないお客人。そやつの短慮は、儂がお詫びする。きちんと罰も与えるゆえ、どうか殺すことだけは勘弁してもらえんだろうか」
村長さんがあわててとりなす。
「ロッテ様に対しあのような無礼、許すわけには参りませんね」
(俺もこいつを許す気にはならない。殺さないにしろ、痛めつけないと気が済まないな)
いつも冷静なクララとヴィクトルが、珍しくエキサイトしている。私のために怒ってくれるのは嬉しいけど……ここは止めないと。
「うん、二人が怒ってくれてるのは、私を大事にしてくれてるからだよね。とても嬉しい。嬉しいけど、ここは我慢して欲しいの。そのちっちゃな男は許さなくてもいい、でもこの村の人とは、良い関係を築きたいの、お願い」
私が「ちっちゃな」と言ったところで、何やら熊獣人の怒りのうめきみたいなものが聞こえたけれど、もう知ったことかって感じ。クララのファルシオンを止めてあげただけでも、感謝してほしいわ。
「それでは、できるだけ早急にこの脂っこい『生ゴミ』を捨てて下さいますわね、それとも『粗大ゴミ』でしたかしら?」
クララが美しくも冷たい微笑を浮かべると、村の人達は皆ぞっとしたような表情を浮かべつつも、こくこくとうなずくのだった。
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